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政府は10月26日に2010年度補正予算案を閣議決定(各紙、26日夕刊あるいは27日)、29日に国会へ提出した。ところが、急激なドル安・円高で輸出主導の景気回復に黄信号が点灯し、内需の振興が急務となっている時なのに、この補正予算はマスコミによっても市場によってもあまり注目されず、論議もされていない。
ただ、自民党など野党が、小沢一郎前民主党代表の国会への喚問を政府与党が認めなければ補正予算審議に応じないと主張しているのが、すくなくとも国会においては補正予算をめぐるほとんど唯一の論議(いわば場外闘争)だと言っていいぐらいである。 では、なぜ予算に対する注目や期待が低下したのか。それは、おそらく、財政赤字の累積で財政危機論が朝野で優勢になり、景気支持あるいは景気刺激については財政には頼れず、それは主として日本銀行の金融政策に頼らざるを得ないと考える傾向が支配的になっているからだと考えられる。 しかし、そうした考え方は財政論としても金融論としても適切ではない。 私見では、今回国会へ提出された10年度補正予算案は、財政健全化への要請に応えることを最優先し、景気回復を促進する役割については二次的に考えたものであると判断する。
ここでまず、10年度補正予算政府案の概要を見ておこう。歳入の補正は、税収の増加(主として景気回復による法人税収入の増加)が2兆2470億円、前年度剰余金の受入れが2兆2005億円、税外収入の減少が183億円で、差引4兆4292億円の増収である。この歳入増を歳出の増加に振り向けるわけだが、補正の財源として新規の国債の発行を見込んでいないことが今回の補正予算案の大きな特徴である。 このように、新規国債の発行なしに補正予算を編成したのは1999年度以来11年ぶりのことで、その点で政府は財政健全化路線を堅持したと言えるだろう。 他方、歳出の補正は、①「円高・デフレ対応のための緊急総合経済対策」に4兆8513億円、②その他の経費に1968億円、③国債整理基金特別会計への繰入が8123億円、④既定経費の減額(マイナス要因)が1兆4313億円で、差引4兆4292億円(歳入増加額と同額)である。 この補正の結果の10年度予算を09年度の予算(1次、2次の補正後)及び10年度の当初予算と比較しておく。
▽予算規模(歳入、歳出は同額)は、09年度補正後予算、10年度当初予算、10年度補正後予算の順に 102兆5582億円 92兆2992億円 96兆7284億円 ▽国債発行額は、同じ順に 53兆4550億円 44兆3030億円 44兆3030億円 ▽歳入の国債への依存度は、同様に 52.1% 48.0% 45.8% 以上の通りである。 民主党の鳩山由起夫内閣は09年度予算について第2次補正を行ったが、予算規模は自民党の麻生太郎内閣が編成した09年度第1次補正のそれをそのまま受け継いでおり、したがって鳩山内閣による2次補正後の09年度の予算規模は自民党政権による決定のものと同額である。ただし国債発行額は、09年度の進行中における不況の進行の影響で、当初の33兆2940億円が補正後には53兆4550億円へと大幅に膨らんだ。
10年度予算は、鳩山内閣(当初予算)と菅直人内閣(補正予算)による編成である。これを見ると、民主党内閣は予算規模においても国債発行額においても(当初、補正後のいずれでも)、自民党内閣時代のそれを大きく減額していることがわかる。 ところが、鳩山内閣による10年度予算の編成に際しては、自民党もマスコミも、それを09年度当初予算(予算規模は88兆5480億円、国債発行額は33兆2940億円)と比較し、あたかも鳩山内閣が放漫財政に走っているかのように非難したものである(当「診断録」10年3月4日号参照)。 しかし実際には民主党政権は、財政健全化を求める自民党、経済界、マスコミの大合唱に押されて、財政について“よい子”になろうとし、景気回復の促進、デフレの克服のための方策については二の次になったのであり、その延長線上で10年参院選に際しての菅首相の消費税増税発言が出てきたと言える。
上記のような10年度予算(当初)の編成について、私は当時「財政面で追加策がとられなければ、有効なデフレ対策とはなり得ない」と批判した(上記「診断録」)。今回の10年度補正予算の編成・提出は、こうした予想通りの結果であるが、この補正予算はなお財政健全化優先の編成であると思う。 この補正予算の規模は、政府が9月10日に閣議決定した「円高やデフレへの緊急対応」における約2兆円の財政措置(予算予備費9182億円と国庫債務負担行為1兆円などによる)に比べると拡大しているが、10年度に入ってからの税収の増加(注)や前年度の剰余金が合わせて4.4兆円以上見込まれることが明らかとなった現在においては、この規模でも控えめ過ぎと言うべきであり、補正後でも10年度予算は09年度予算(補正後)の規模を下回っている。 (注)留意すべきは、景気が回復すればそれに応じて税収が増加するものであるということ、したがって、差し当たっての財政赤字の拡大が見込まれても、それによって経済成長率が高まると、税収増により結果として予想された赤字が必ずしも現実化しない、ということである。
10年度予算は景気回復の点で効果を上げたとは言えないが、新興国などの高成長とそれら諸国へのわが国の輸出増で、今年度の景気回復テンポはこれまでは当初の政府予想を上回ってきたのであり、税収増はその所産である。 ここで、今回の補正予算による支出内訳を見ると、その主内容である「円高・デフレ対応のための緊急総合経済対策」の4兆8513億円の中身は、①「雇用・人材育成」に3199億円、②「新成長戦略の推進・加速」(レアアースの確保など)に3369億円、③「子育て、医療・介護・福祉等の強化による安心の確保」に1兆1239億円、④「地域活性化、社会資本整備、中小企業対策等」に3兆706億円(うち地方交付税交付金が1兆3126億円)となっている。
この地方交付税交付金の増額1兆3126億円は国の税収の増加によって自動的に決まるものだが、「年度内に地方に配るのは3000億円で残りは11年度に繰り越す」見込みである(日経、27日)。また「子育て、医療・介護・福祉等の強化による安心の確保」の1兆1239億円のうちの「現行高齢者医療制度の負担軽減措置の継続」2807億円は現行施策の単なる継続である(日経、同)。 したがって、「緊急総合経済対策」の新規支出分は正味では3.5兆円余である。しかも、それらの支出は分散していて、まとまった需要効果を期待できるものが乏しい。 大きく内需を振興し、デフレ解消へ前進するためには、本当はまとまった、かつ景気刺激に象徴的な事業を推進する必要があると思う。私は地域の需要の実態についてはつまびらかではないが、あえて思いつきで例示すれば、地方で合意を見ている整備新幹線計画を大きく進めることが考えられる。それによって併せて新幹線技術の向上を図れば、その外国への輸出にも貢献できるはずだ。
問題はそうした計画のための財源であるが、私は亀井静香金融相(当時)が10年度当初予算の審議に際して提唱したのと同様の方針、すなわち不足する政府資金は日本銀行による国債(私案では無利子・無期限)の直接引き受けによる調達が望ましいと考える(上述の「診断録」10年3月4日号参照)。 この場合には、調達した資金は政府支出となって需要増に寄与する。これに対し、現在のように日銀が国債を民間(金融機関)から買い上げて資金を民間に供給する方法は、実質的には日銀による国債の引き受けにほかならないが、資金は民間の金融機関を通して金融的に(貸付等で)流れるために、往々にして実需に結びつかず(民間投資が不活発な場合には)、しばしば投機資金と化するのである。 本稿では詳論は省略するが、現代の中央銀行は一国の資金の調達と使用に関して独占権を持つに至っているけれども、本来はそのような特権を持つ正当な根拠はないのである。現代の中央銀行券(管理通貨)、例えば日本銀行券は「日本銀行」という名を冠しているが、実質的には国家紙幣であり、本来は政府が発行と使用の権限を持つべきものである(詳細は当「診断録」09年3月4日号、同6日号参照)。
したがって、本来ならば、予算で決めた範囲で、政府が現金通貨を日銀に引き渡した際に(現在、日銀券は国立印刷局によって製造され、印刷費と引き換えに日銀に引き渡されている)、それと同額の政府預金を日銀の勘定に設定し(つまり政府が日銀券を日銀に有償で引き渡すことを意味する)、それを引き当てに政府が財政支出を行えばいいのである。 しかし、そのためには根本的な制度改革が必要なので、その代りの当面の便法として、私は国債の日銀引受けを活用(財政法上の特例で実行可能)するように主張しているのである。 そうした制度改革論は措くとしても、とにかく現在のような経済の停滞とデフレを克服するためには、従来のような型にはまった財政規律論(単純な健全財政主義)と中央銀行への過度な期待・依存を打破する必要があるということだ。この点は日本以外の先進国にもおおむね妥当することである。
そうした政策のイノベーション(革新)ができなければ、新興国などの高成長経済による刺激、あるいは予想外の技術革新の発展がある場合を別とすれば、先進国が経済停滞から抜け出すのは困難であろう。 はじめに戻って、今回の政府補正予算案があまり注目、論議されないのは、野党やマスコミ好みの「財政危機論」をあらためて叫ぶ余地が同予算案にあまりなかったことと、野党もマスコミも一層の景気刺激策を政府に求める論拠を持てなくなったためだと思う。
もっとも、自民党の伊吹文明元幹事長は政府補正予算案の審議に際し、「バラマキの廃止」を唱え、「政府が子ども手当や高校授業料無償化などを廃止しなければ自民党は反対すべきだ」と主張している(産経、29日)。これなどは、相変わらずの財政規律優先論であり、また、補正予算審議の機会に民主党の基本的な政策方針まで否定しようとする無理を通そうという主張で、政策論としては意味をなさない。それは、現時点での財政論に関して方向を見出せなくなった議員達の無策を露呈した一例と言うべきであろう。 このような混迷の中、政界、マスコミ、市場のいずれも、財政ではなく、ひたすら日本銀行や米国FRB(中央銀行に当たる連邦準備制度の理事会)の動向に注目し、一喜一憂しているのが現状である。(この項 終り)
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エコノミストの時評
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10月22、3日に韓国慶州で開催されたG20(主要20ヵ国)の財務相・中央銀行総裁会議は、最近の世界的ないわゆる通貨安競争にどう歯止めをかけるかが主要な課題だったが、会議後の共同声明はその点について、「われわれは為替相場が一層よく市場で決定されるような為替レートシステムーそれは基礎にある経済の根本的条件(ファンダメンタルズ)を反映するーを目指し、そして通貨の競争的な切り下げを差し控える」との抽象論を述べるだけに終り、具体的な対応策を何一つ示さなかった。
また会議では、米国が提案した「経常収支の不均衡を是正する数値目標(2010年までに赤字あるいは黒字の対GDP比率を4%以内に縮小する)の設定」について多くの議論が費やされたようだが、そのような数値の設定は見送られ、代わりに共同声明で、「過度な不均衡を削減して経常収支を持続可能な水準に維持することへ導くあらゆる政策を追求する」という決まりきった原則論を述べるにとどまった(声明の文言はG20 Information Centre 公表のコミュニケによる)。 共同声明が言う「為替相場が一層よく市場で決定されるような為替レートシステムを目指す」という部分が、人民元の為替相場を人為的にコントロールしている中国を目標としていることは明らかだが、おそらく中国はそれに対しては、“中国もすでに市場の実勢を為替相場に反映させるように相場の弾力化を進めている。ただし、そうした弾力化を急激に進めるのは好ましくない影響をもたらすので漸進的に進めているところだ”と弁明するだろう。その意味で今回のG20の合意も、中国に人民元の思い切った切り上げを迫る上での効果は弱い。
そもそも人民元の切り上げを最も強く求めてきたのは米国(対中貿易収支の赤字が米国の全貿易赤字の40%を越す)だが、これまでの米国の直接的な対中切り上げ要求も大きな効果を上げてこなかった。そこで、米議会ではすでに下院が中国に相殺関税を課す(人民元安を一種の輸出補助金と見なして)法案を通しており、中間選挙後には上院も同様の法案を採択する見通しが有力だが、そうなった場合でも、実際にオバマ政権がそうした権限を発動するかどうかは不透明だと言われており、なにか米国が中国に対する強硬策をためらっているような印象を受ける。そうした点を念頭に置くと、今回のG20の声明は一層迫力不足に感じられる。 経常収支の不均衡幅(対GDPの%)を2015年までに4%以内に縮小するというガイトナー米財務長官の提案も中国の大幅な経常黒字(IMFの推定で2010年には4.7%)を念頭に置いたものであることは明らかだが、この数値目標に対しては先進国の中からもドイツ、ロシア、イタリーが反対したとされる(NYTimes電子版、23日)。このうちドイツは10年の経常黒字が6.1%(IMF推定)で、仮にこのような数値目標が設定されれば、中国とともにその主要なターゲットとなるはずのものだった。
ドイツの反対理由は明らかではないが、その一つは、4%という数値自体が恣意的なものだという批判からであろう。また同国は従来から(1960年代の頃から)、国際収支の不均衡を是正する責任を主として負うべきなのは、黒字国ではなく赤字国である、という主張をしてきている。今回も多分にそういう考えにもとづいての主張だったのではないか。 ちなみに、米国の2010年の経常赤字比率は3.2%であったが、1982年以降は、91年を除いて、連続的に赤字であり、2006年にはこの比率は5.7%に達した。その後は、不況による輸入の減少が主因で赤字比率は09年には2.6%にまで低下している(Economic Indicators による)。
このような慢性赤字国である米国は、これまでは赤字の削減策としてはほとんど黒字国に黒字の削減を求めるばかりであった。そのような米国が経常収支不均衡削減の数値目標を提案しても、他国に対する説得性がないのである。 なお、日本の経常黒字の対GDP比は09年が3.3%、10年が3.1%(IMF推計)で、現在すでに4%未満である。 共同声明の「通貨の競争的な切り下げを差し控える」という部分にも説得性が乏しい。そもそも、最近の「通貨の競争的な切り下げ」を行っている国(あるいは国々)とはどこなのか。多くの国が念頭に置くのは一つは中国だが、「新興国の多くは、先進国の金融緩和で高成長の新興国に大量の投資資金が流入し、ドル安・自国通貨高を招いていると批判している」(日経、23日)。
その場合、指摘されている金融緩和を主導しているのは米国である。日本もそれに追随しているが、投機的資金の流入で自国通貨高に見舞われている点では日本も多くの新興国と同様である。 この点につき、ドイツのライナー・ブリューデレ経済相は、「私の見解では、貨幣の恒久的な創造は為替レートの間接的な操作である」と述べ、「事実上、国際的に批判されている中国と同様に米国も通貨の弱化を引き起こしていると警告した」(NYTimes 同上)。 このあとの記者会見でガイトナー米財務長官は、「米国の政策は強いドルをサポートすることだ」と述べたが(同前)、これは全くのとってつけの弁明であろう。米国は、意図的にドル安政策を実行しているとはいえないとしても、現在の(および近い将来の一層の)金融超緩和政策(金融偏重の景気支持策)とその結果としてのドル安を「差し控える」(G20声明)意図がないことは明らかである。 結局、慶州でのG20財務相・中央銀行総裁会議は、これといえるような具体的な(抽象論ではない)国際合意を達成できなかった。したがって、これ以後に、通貨安競争のような傾向に大きな変化が出るとは期待できない。
日本としては、米国がこのような(結果としての)ドル安政策を実行している限りは、「先進国は為替相場の過度の変動や無秩序な動きを監視する」とのG20声明に則り、かつは「強いドルをサポートする」というガイトナー財務長官の意図に沿って、過度のドル安・円高に対しては、ドル支持と過度の円高阻止のため、ドル買い・円売りの市場介入を遠慮せずに実行すべきである。 そうしなければ、回復途中の日本の景気も腰砕けになる可能性がある。 (この項 終り) |
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10月16日から突如として中国内陸部の主要都市で始まった「尖閣諸島領有権」を主張する中国の若者達の大規模反日デモンストレーションは、実は、同月8日に発表された中国人反体制活動家(投獄中)劉曉波氏へのノーベル平和賞授賞のニュース、及びそれを歓迎する中国国内の声の国内への伝播・広がりを防ごうとする、当局の内面指導にもとづく一種の陽動作戦だと理解される。
現に、北京発のワシントン・ポスト紙の報道は、「中国当局が乱暴な反日デモを認めた」とし、さらに、「香港のアップル・デイリー・ニュースペーパーは、彼ら(デモ参加者達)は政府がスポンサーになっている大学の諸グループによって組織された」と伝えている(同紙電子版、10月18日)。 とにかく、このデモ騒ぎで、ノーベル平和賞問題によってクローズアップされた中国の非民主制と人権抑圧についてのそれまでのマスコミ報道が、中国からも日本からも、そして世界のほとんどからも見事に消えてしまったのである。これは、中国広報戦略の大成功であり、その戦略にはまった日本、特にマスコミ広報の完敗(自身では気がついていない)である。 そもそも尖閣問題については、中国は自らの主張は変えていないけれども、とにかく10月5日に菅直人首相と温家宝中国首相との会談が実現し、9日には中国内で拘留されていた(尖閣問題への中国の報復措置の一つと理解される)日本の建設会社フジタの社員4人のうち最後の1人が解放されるなど、尖閣諸島沖での中国漁船船長の逮捕によって急激に悪化していた日中関係も、ようやく改善の緒についたと思われていた時期に、いわば時期遅れで、突如として反日デモが燃え上がったのである。これはなぜか、まことに意味深長だと捉えるべきである。
日本のマスコミは、今回の反日デモを、10月15日から始まった中国共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)と関連させている。すなわち、対日関係の改善に積極的な、胡錦濤主席・温家宝首相による現指導部に対し、これに反対する党内グループが現指導部に打撃を与えるために組織した運動であるというのだ。しかし、これは余りにも問題を矮小化した、そして胡錦濤指導部を持ち上げすぎた捉え方だ。 ここで、簡単に、10月に入ってからの主な中国関連ニュースを振り返ってみよう。
8日には、上述のように劉曉波氏へのノーベル平和賞の授与が発表された。それとともに、中国の党と政府の当局者は、この受賞を歓迎するような動きを一切封殺するための異常な努力を開始した。北京発の日経新聞報道は次のように伝えた。 「中国共産党は12日までに、北京の主要大学で学生に対する思想調査を始めた。中国当局は若者らの民主化運動の高まりが、大規模な反体制運動を引き起こしかねないと警戒。人権活動家の事情聴取やインターネット規制と合わせ、学生らの動向を徹底監視する構えだ。大学関係者によると、北京の主要大学では、受賞決定の8日夜、各クラスの担任教師らが学生寮の各部屋を戸別訪問。党の理念を下級生に指導する学生党員とともに、祝賀行事などに参加しないようクギを刺した」(同紙、12日夕刊)。 また中国共産党関係者は、「事前に劉氏の受賞を警戒していた党指導部は、関係部門に対応策を検討するよう早くから指示し」、「孟建柱公安相をトップに外交、治安、メディア監督の各部門から幹部を集めた専従班を設置。出来上がったのは『(受賞の)黙視と(関係者らの)監視』という対処法だった。……受賞を取り上げること自体が関心を生む。黙殺と政治運動の封じ込めこそが、混乱の防止に最も有効な措置だった」と述べている(日経電子版、16日)。 ところが、劉氏へのノーベル平和賞授与決定の3日後の11日、指導部の意表を突いて、李鋭・元党中央組織部副部長ら改革派の元幹部ら23人が言論・出版の自由を求める書簡をネット上で発表した。「書簡は『中国の憲法が定めた言論・出版の自由を否定する偽りの民主主義は世界史上の醜聞だ』と国家と党の指導部を非難した」。これは「全く予想外の過激な行動」(政府関係者)で、「慌てた中国当局は、国内のサイトに転載された書簡の削除と転載行為の取り締まりを始めた。しかし、元幹部らの主張を支持する人々が連日、ネット上に書簡を貼り付けている」(同上日経電子版)。 こうして中国の指導部は、尖閣問題とは別個・異質の新しい難題、しかも国家の体制を揺るがしかねない大問題に直面したのである。そういう緊迫した情勢の中で共産党の5中全会が15日に開かれたわけだ。指導部としては、この重要会議の開催期間中における危機の発展はなんとしても避けなければならなかったはずだ。
そのように見ると、16日に至って、すなわち尖閣問題が下火になりつつある時期に、しかもまさに燃え盛ろうとしていたノーベル平和賞問題とは全く別個の、尖閣問題を主題とした反日デモが数カ所の地方都市で相次いで起きたということは、そこになんらかの指導・工作があったことを強く示唆する。 ついでに述べておくと、菅直人首相が14日の参院予算委員会で、服役中のノーベル平和賞受賞の劉曉波氏について、「釈放されることが望ましい」と発言したことが新たに中国指導部を刺激したであろうことは疑い得ない。、 そして、とにかくデモの結果として、中国内外の耳目は、それまでの劉氏へのノーベル平和賞授与に関連する問題から一転して、再び「尖閣問題と反日運動」に注がれるようになった。このようにして、ノーベル平和賞問題で困難に直面していた中国指導部は、アッと言う間に救われることになった(とりあえず、ではあるが)のである。
あたかも、“そこから誰が利益を得たか”を問うことが犯罪捜査における犯人割り出しの常道であるのと同じように、今回の反日デモの突発で誰が得をしたかを見れば、このデモにおける覆面指導部の存在がいやでも浮かび上がってくる。 単純に考えれば、中国指導部が反体制運動家の劉氏に対するノーベル平和賞の授賞に反対ならば、“劉氏へのノーベル平和賞授与に反対”をスローガンとした運動を指導ないし奨励すればいいはずだ(現に中国政府は、お門違いではあるが、ノルウェー政府に抗議している)。だが、そういうスローガンの運動は、受賞の事実を知らせたくない国民にそれを知らせてしまう危険があるから、政府としてはそのような運動を認めるわけにはいかないわけだ。
これに対し、領土問題をテーマとしたナショナリズムの運動は、通常は国家指導部への国民の結集を指向するから、政権にとっては、中でもナショナリズム以外に国民に対して掲げる価値を持たない独裁的政権にはとくに歓迎すべきものである。 しかも、反日デモの舞台が内陸部の大都市というところも興味津々だ。上記で見たように、北京の主要大学の学生達は、はやばやと党の指導(命令)によって、劉氏のノーベル平和賞受賞に関わる行事に参加することを堅く禁じられている。
そういう締め付けにあった学生達が、急に気持ちを入れ替えて反日デモに燃え上がるなどということは考えられない。ヘタをすると、北京や上海などの先進的な学生達は、仮にデモを始めたとすれば、いつなんどきそれを民主化要求の反体制運動に転化させるかわからない。その点、大都市とはいえローカルな学生達は指導部にとっては“純真”で安心できる存在だったのだろう。ワシントン・ポスト紙が香港の新聞を引用して、「彼ら(デモ参加者達)は政府がスポンサーになっている大学の諸グループによって組織された」と伝えたこともうなずける。 したがって、日本としては、反日デモの鉾先とされたけれども、その実態は中国指導部による国内反体制運動防止策の代理標的にされたことであるから、とくに大騒ぎする必要はない。むしろ、この反日デモの隠された真相と、ノーベル平和賞問題を契機に表面化しかけた、中国内部に蓄積されつつある改革のマグマに注目し、その実態の詳細を把握して、それを世界に向けて発信することが必要だ。
日中関係については、尖閣列島をめぐって新しい問題が発生したわけではないから、引き続き慎重に改善に努力すればいいのである。 (この項 終り) |
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ドル・円相場(東京市場終値)が6月23日以降継続的に1㌦=90円を割るようになり、最近(10月15日に終る週)では80円に接近しているため、わが国では過度のドル安・円高についての危機感がつのっているが、これは単に円の独歩高ではなく、その根底にあるのは世界各国通貨に対するドル安の進行であるとの認識が広まってきている。他方で、いま世界で進行しているのは自国の通貨の為替相場を引き下げようと互いに競う「世界通貨戦」(global currency battle)(例えば、Finacial Times、電子版、10月12日 )であるとの見方も国際的に出てきている。
そうした捉え方が横行する中では、9月15日に日本の通貨当局が実施したドル買い・円売りの市場介入も、そのような「通貨切り下げ戦」への参戦の一例として見られがちである。そのことは、以後の日本の市場介入を実施しにくくしているようだ。 しかし、冷静に見れば、現在自国通貨の為替相場を安くする(すくなくともそうした結果をもたらす)政策を推進しているのは米国で、円高などはその反射にほかならないし、日本としてはそうした過度なドル安を拒否しようとしているだけである。日本以外でもオーストラリア・ドル、ブラジル・レアル、台湾ドル、シンガポール・ドル、南アフリカ・ランドなどが円の場合と類似のドル安・自国通貨高に見舞われている(日経、10月15日、その他)。
これに対し、米国などから為替相場の切り上げを強く迫られている中国の人民元の場合は、基本的にはその為替相場システム、すなわち管理為替相場、言い替えれば為替相場の弾力阻止が問題とされているのであり(注)、日本やオーストラリアなどの場合とは事情を異にする。つまり、意識的に黒字国の為替相場全体の切り上げを狙った政策の一環が米国の人民元切り上げ要求ではない。米国としては、いま特に中国に対して人民元の切り上げを強く要求する根拠があるのだ。それは、米国の対中国貿易の巨大な赤字である。 (注)9月の「診断録」(23日号)に「かたつむり」さんから中国とインドの通貨の為替相場について(だと思われる)質問があったので、簡単に説明する。
中国の人民元は、これまでは人民銀行(中央銀行)の為替操作を通じて基本的にはドルにペッグ(釘付け)してきた、すなわちドルとほぼ一定の為替レート関係を保つようにしてきた(最近はやや弾力化しているが)。そのいずれにせよ、円と人民元との為替相場は、ドル・円相場とドル・人民元相場から換算される相場(クロス・レートという)が基準となる。そこで、元がドルに対して上昇すれば、円に対しても上昇することになる。 しかし、手っ取り早く具体的にその日の人民元・円相場を知るためには、例えば、「Yahoo! ファイナンス」から「外国為替」を開いて、「レート計算」の欄に、中国元と円を入力すればすぐに結果が得られる。例えば先週末10月15日の相場は1元=12.26円だった。 インド・ルピーの場合には、インド準備銀行(中央銀行)が必要に応じて1ユーロあたりと、1米ドルあたりの基準相場を決定し、それを基準に変動している。したがってインド・ルピー・円の相場はやはり上記二つの基準相場からのクロス・レートで計算されるが、手っ取り早くその日の相場を知るには、上の人民元の場合と同様に、Yahoo!ファイナンスの「レート計算」で、ルピーと円を入れれば結果が得られる。10月15日の相場は1インド・ルピー=1.85円だった。 米国の今年(10年)1月〜8月の商品貿易収支は合計で4173億ドルの赤字だったが、そのうち対中国の赤字は1734億ドルで、赤字全体の実に41.6%を占める(米商務省統計)。これは、OPEC(石油輸出国)諸国計に対する赤字658億ドル(全赤字の中での比率は15.8%)、対北米2ヵ国(カナダとメキシコ)の645億ドル(15.4%)、対EU(欧州連合)諸国計の529億ドル(12.7%)をはるかに上回る。
ちなみに対日赤字は374億ドル(9.0%)で、日本はいま米国にその黒字削減を求めて“狙い撃ち”される状況にはない。 このように巨額の米国の対中国貿易収支赤字の原因は、米国の上記期間における対中輸出が558億ドル(全輸出の7.1%)であるのに対して、中国からの輸入が2292億ドル(全体の18.5%で、米国の輸入先の国では第1位)に達しているからだ(ちなみに、米国の輸出先第1位の国はカナダで19.8%)。
このような結果を見れば、米上院のボーカス財政委員長(民主党)の以下のような主張、すなわち「エコノミストは中国の人民元が20〜40%過小評価されていると試算している」、「これを是正すれば米国で50万人の雇用が創出される」(北京市での10月13日の講演。日経、14日夕刊)との主張にも根拠があると言えるだろう。 米国では失業率が依然として9.6%(9月)に高止まりしている。これは先の景気後退下での失業率のピーク10.1%(09年10月)からわずか0.5ポイントの低下に過ぎず、10年1月の9.7%以後はほぼその近傍で横ばいである。 これは、米国の景気回復期としては異例の雇用回復の停滞であり、ここから、景気の失速を恐れる米国の今の景気対策の主要な二つが出てきている。その一つは、FRB(中央銀行である連邦準備制度の理事会)による金融の極端な緩和政策であり、もう一つは、人民元切り上げ、そのための為替相場の完全な弾力化に関する対中国の要求である。この後者は議会の与野党共通の要求である。
前者の金融政策は、結果としてドル安をもたらしているが、必ずしもドル安の推進とそれによる全般的な貿易収支の改善を主目的にしたものとは言い難い。 貿易収支の改善には、主として速効(雇用面でも)が期待できそうな対中国収支の改善、そのための人民元相場の上昇に期待しているのである。それが実現しない場合には中国に対して報復関税を課す構えで、すでに下院ではその法案を可決している(そうした動きの影響か、ごく最近元相場はかなり上昇している。) 以上のような主たる景気対策以外には、米国には目下のところ有効な景気対策はないようだ。特に、民主党政権としてはいわば得意の財政政策の追加的な出動がないことが目立つ。
これは、財政の赤字が巨大化している(09年10月〜10年9月の10財政年度は1兆2940億ドルの赤字で、2年連続で1兆ドル超)ためだ。特に、共和党は今は赤字増となるような景気刺激策に反対であるので、11月の中間選挙で劣勢を予想されているオバマ民主党政権としては、そうした景気策追加には動きにくい。 その結果、当面、実行可能な景気対策としては金融政策と対中国貿易改善策ぐらいしかないわけだ。 ところで、本稿のはじめに引き合いに出したFinancial Times 紙は、米国の超金融緩和と低金利の政策は、ドルの供給増加とドル安を通じて、他国(国際収支の黒字国)の為替相場を上昇に導き、結局はそれら諸国を内需拡大による成長へ追い込むことを意図している、と論じている。それが米国主導の「通貨戦争」であり、米国はインフレを他国に“輸出”しようとしているのだと言う
だが、ドル安・自国通貨高に見舞われる国、例えばその典型である日本では、急激なドル安・円高は経済にデフレ的作用を及ぼしつつあり、まさにFinancial Times 紙の言うインフレとは逆の現象が起きつつある。だから、今のドル安はむしろ“デフレの輸出”になると言うべきだ。その米国自身は、バーナンキFRB議長が15日の講演で「デフレのリスクは妥当と言える水準を超えている」と述べた(Bloomberg電子版、16日)ように、米国は今はデフレへ落ち込むことを恐れており、その意味で外国への“インフレの輸出”などできない相談だ。 そもそも1930年代の大不況期における為替切り下げ競争も、「近隣窮乏化政策」、つまり“デフレ輸出政策”と見なされたのである。 米国としても、自身の金融緩和策とその結果としてのドル安が、日本などに(ひいては世界経済に)デフレ的なマイナス効果を及ぼすリスク(それは米国へもはね返る)は承知しているはずだ。だから、米国は日本の為替市場介入(それは円安政策ではなく、過度のドル安・円高の阻止である)には反対しなかったのだと私は見る。
現に、10月8日に開かれたG7(先進7ヵ国)の財務相・中央銀行総裁会議では、①新興黒字国は為替レートの柔軟性を向上させる改革を実施すること、②為替レートは経済の基礎的条件を反映すべきである、③為替レートの過度な変動は経済金融の安定にとって望ましくない、④G7は為替市場を注視して協力する、などを主な合意事項とした(日経その他、9日夕刊)。 つまり、事実上で中国(新興国と表現)の為替弾力化と人民元の上昇を求めつつ、一般的に為替相場については、過度の変動は望ましくないとして日本が行ったような為替市場介入を黙認したのであり、全般的な「通貨戦争」を仕掛けたとは言えない。 ただし、一層の金融緩和と金利低下で、企業やファンドは米国で低利資金を一層調達しやすくなり、そうした資金を、株価上昇を期待しやすい新興国に投入しているので、これらの国ではたしかにインフレが促進される恐れが生じている。その意味で、これら諸国が米国に過度の金融緩和の抑制を求めることにも根拠がある。
また日本も、世界第2位のドル保有国として、ドルの減価を抑えるよう米国に求める権利がある。その意味でも、なにも過度のドル安を防ぐ(円高阻止と言うよりは)為替介入の実施にビクビクする必要ははないのだ。その点で、日本はドル安・自国通貨高に見舞われている国々と協調することが可能(為替市場への協同介入まではいかなくても)であり、共同して米国とも協議すべきである。 いずれにせよ、為替相場の安定は世界経済の安定と成長のためには不可欠の要件であるが、最近それがいちじるしく不安定化している。その点につき、ブラジルのマンテガ財政相は8日、「変動相場制は最適な仕組みと考えられてきたが崩壊した。(日米欧が1985年にドル高是正で協調した)プラザ合意のような合意が必要だ」と述べた(読売、10日)ことには意味があり、新たな合意(為替相場についての大まかな合意を含む)が必要なことは疑い得ない。
さしあたり、それが今月22,3日のG20(主要20ヵ国)の財務相・中央銀行総裁会議、及び11月11,2日のG20首脳会議の課題である。 日本としては、そういった合意に向けてのイニシアティブを発揮すべきであるし、また、9月の市場介入の後でも再び生じている「過度の為替変動=ドル安・円高」に対しては、「必要なら断固たる措置をとる」と口先で繰り返すだけではなく、適時に介入を「不言実行」すべきである。(この項 終り)
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いささか唐突に、東京第5検察審査会が10月4日に小沢一郎氏を「起訴すべき」と発表(議決は9月14日)したので、前号(10月3日号)で予告したように10日間ばかり休む予定だった当「診断録」子も急遽登板することとした。
小沢氏がいまや苦境に立ったことは明らかだが、小沢氏と民主党小沢派がどうなるか、それを受けて政局がどう動くかなどは、すべて小沢氏本人がどう行動するかにかかっている。ここで小沢氏が挫ければ、長年の“小沢政局”も幕となるが、逆に徹底抗戦に出れば、今後には政界再編成を含めたいろいろなケースが起こり得るだろう。 この後者のケースを考えるに当たっては、かつての田中角栄元首相の逮捕・起訴のその後や、イタリーのベルルスコーニ首相の起訴と裁判のケースが参考になる。 本稿では、上記の他に付論として、尖閣諸島の攻防を想定した日米合同軍事演習についての驚くべき一部の報道を紹介しておく。 検察審査会の今回の議決発表については、まず、なぜ審査会は9月14日(民主党代表選の当日)に議決をしたのかということと、そう議決しながらなぜ10月5日まで発表を延ばしたのかという疑問が湧く。その点については、先日の那覇地検による中国漁船船長の釈放決定のときと同様な政治介入の疑問が起きる。
検察審査会は民間人審査員で構成されているから、政治がそれに介入することは不可能という見方もあるが、審査会には審査補助員として弁護士がつく(このケースは吉田繁実弁護士)から、論理的には介入のルートは皆無とは言えない。 もうひとつは、この審査会議決が、当初に市民団体によって審査会に告発された際の内容にはなかった、「陸山会が小沢氏から借りた4億円を2004年の収支報告書に記載しなかったこと」を「起訴すべき」理由として追加していることだ。検察審査会による強制起訴は2回の議決が前提で、法曹関係者には「1度しか議決していない4億円の借入金不記載を起訴すれば、弁護側が公判で起訴の効力を争う可能性がある」との見方があるという(日経、5日夕刊、毎日jp、5日など)。いったい、誰がそのような智恵(悪智恵、しかも無効な)を審査員につけたのか。
このように問題が多い今回の検察審査会の議決だから、議決を受けて「裁判で無実を明らかにする」との談話を発表した小沢氏は一層強気になることだろう。
その半面、小沢氏にとっては、検察審査会の議決は先の民主党代表選で全力を出し切って敗れた後のことだから、今の立場は従来にない厳しい逆境であるはずだ。 また小沢氏が代表を争った菅直人氏による改造内閣は、早々に尖閣諸島での中国漁船衝突事件という難題に直面し、迷走したけれども、中国がその極端に覇権主義的な対日攻勢の故に国際世論の中で孤立したことにも助けられて、なんとかこの難関を乗り切る方向が見えてきた(ブリュッセルのASEMでの4日夜の日中首脳会談の実現を含め)。また、菅内閣は衆参両院の「ねじれ」に直面して国会乗りきりを困難視されていたが、最近では公明党が与党との協議に応ずる姿勢を示し始めており、その点でも先行きにわずかながら明かりが見えだした。 つまり、そういう点では党内野党としての小沢派が菅政権につけいる余地が従来よりは狭まっている。この意味でも小沢氏と小沢派は苦しい立場におかれているといえるだろう。 さしあたっては、野党による小沢氏の国会政治倫理審査委員会への招致要求に小沢氏と政府・与党がどのように対応するかが焦点だが、政府・与党としては小沢氏自身の判断に委ねるしか方法はないだろう。ヘタに小沢氏に離党勧告などをしたら、それを口実に小沢派が党を割る可能性がある(その際何人の議員が小沢氏と行動をともにするかは未知数だが)。
4日にはやばやと小沢氏に離党を要求し、それに応じない場合の除名を求めた牧野聖修国対委員長代理が、民主党内の反発で5日に同委員長代理の辞任に追い込まれたのもそうした状況を反映している。 問題は小沢氏の態度だが、本当に自らの無罪を信じ、かつ今後も政界での影響力を維持する決意なら、この招致に応じ、当面の修羅場を乗り切ろうとするはずだ。 さて、小沢氏自身はどう行動するかだが、私は同氏は徹底抗戦の道を選ぶと予想する。その場合に待ち受けているのは、法的には刑事被告人となり、長期の裁判に耐えなければならないという試練である。また政治的には、小沢氏には菅首相などに比べて、積極財政や対米自立への志向が強いことから、従来からの「政治とカネ」の問題と併せ、健全財政主義かつ向米一辺倒(こうべいいっぺんとう)的な保守勢力、マスコミそれにおそらくは米国自身からの(陰に陽にの)強い攻撃にさらされるだろう。
もし、そのような試練・攻撃をしのぐなら、たしかに小沢氏には長期戦が可能だし、そしてトップの姿勢が不動ならば、その一党はトップにしたがっていくだろう。つまり、小沢派はなお民主党内、さらには政界全体の中で一大勢力としての地位を保つだろう。 類似のケースを、私たちはロッキード事件で逮捕された田中角栄元首相について見てきた。
田中元首相(1974年に首相辞職、76年7月に逮捕、8月に保釈)は、逮捕とともに自民党を離党したが、以後も刑事被告人ながら無所属で毎回の選挙において新潟3区でトップ当選を重ね、衆院議員として現役であり続けた。のみならず、その間、三木武夫内閣及び福田赳夫内閣(両首相は反田中派)の後の大平正芳内閣、鈴木善幸内閣、中曽根康弘内閣においてキング・メーカーとして大きな政治的影響力を持ち続けた。 裁判では、田中氏は83年10月に懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を受けたが即日控訴。さらに87年7月には控訴審で控訴棄却の判決を受けたが、やはり即日上告。そうしている間に85年2月に脳梗塞で倒れ、90年1月に政界を引退、93年12月に死去した(75歳)。
しかし、政治面では85年2月、自ら病に倒れる直前に田中派が分裂し、竹下登氏が創政会(のち経世会)を立ち上げている。つまり田中派の人たちが、トップである田中氏が「裏の実力者」の立場を脱し得ないことに我慢できなくなって、政治的に田中時代が終わったわけだ。逆にいうと、逮捕後10年近くも政界実力者としての地位を維持したということだ。 イタリーのシルヴィオ・ベルルスコーニ首相(現在、3回目の首相職)の場合はもっと凄い。
同首相はもともと大メディア企業の会長で、1994年1月に右派政党「フォルツア・イタリア」を創設し、同3月の総選挙で右派連合のリーダーとして勝利して5月に首相に就任した。しかし、間もなく、政界入り前の贈賄容疑が持ち上がって地検に出頭する羽目となり、支持率が下がる中で連立政権が崩壊して95年5月に退任した。 その後98年7月に有罪判決を受けたが、直ちに控訴。国会議員であったために収監は免れたものの、政治的影響力は低下した。ところが、2001年には中道右派を率いて総選挙に勝利し、同年6月に刑事被告人のまま再び首相に就任した。そして在任中に、時効を短縮し、それを訴求できる法律を制定、それを適用して2004年12月に裁判で無罪を勝ち取った。 2006年の総選挙で同首相は再度下野したが、08年4月には三度首相に就任して現在に至っている。なお、2001年からの2回目の首相在任中の04年5月に、第2次大戦後のイタリー首相としての継続在任期間の最長を記録している。 おそらく、小沢氏はこうした内外の先例を承知しているに違いない。したがって同氏は、多少年月がかかっても第1審で無罪を勝ち取って、再び首相候補たり得る十分な条件を回復しようと考えているのではないか。そして、そのような展望があるうちは、小沢派は結束を保ち、政界における発言力を維持するだろうし、また小沢派主導の政界再編成がいつ日程に上っても不思議ではない。
しかし、菅内閣が予想外に長期化したり、まして自民党が復活したりすれば、こうした目論見は崩れることになろう。 ここで最後に、本稿の付論として、「尖閣奪還作戦」についての日米軍事演習のニュース(YAHOO ! ニュース:産経新聞3日朝ネット配信、ただし4日の産経紙面には掲載されず)を紹介しておく。
それによると、11月のオバマ米大統領の来日直後から、米海軍と海上自衛隊を中心に、空母ジョ−ジ・ワシントンも参加しての大規模な統合演習が実施されるという。 すなわち、第1段階では尖閣諸島が中国軍により不法占拠された場合を想定。日米両軍で制空権、制海権を瞬時に確保後、尖閣諸島を包囲して中国軍上陸部隊の補給路を断つ。第2段階は圧倒的な航空戦力と海上戦力を背景に、陸上自衛隊の空挺部隊が尖閣諸島に降下し、投降しない中国軍を殲滅する。 演習は大分・日出生台(ひじゅうだい)演習場を尖閣諸島に見立てて実施するが、豊後水道が手狭なため、対潜水艦、洋上作戦は東シナ海で行う。演習に備え、米海軍はすでにオハイオ級原子力潜水艦ミシガンを横須賀基地に派遣、最新鋭のバージニア級攻撃型原潜とともに参加する。 以上の記事はワシントン発佐々木類の署名であるから、米軍情報によるものだと推定される。事実だとすると、尖閣問題は米国を巻き込んで想像以上の展開をしつつあるというべきだ。 (この項 終り)
(再掲:お断り) 当「診断録」は、このあと、急ぎの必要が起きた場合を別として、10日間ないし2週間休みとします(執筆者が学会誌への寄稿論文の締め切りを前にしているため)。ご了承ください。
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