文太郎の日記帳

景気、財政赤字、国際経済、政治・政局、世界情勢、日米関係など現代の諸問題を広い視野で解明します。

エコノミストの時評

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菅首相続投の前途は?

 民主党代表選の結果は、菅直人首相と小沢一郎前幹事長が獲得した党員・サポーター票の大差が大きくものをいい、総ポイント数で菅氏(721ポイント)が小沢氏(491ポイント)に圧勝した。国会議員票でも412対400ポイントで菅氏が上回ったことは小沢氏にとって痛い誤算であっただろう。
 党員・サポーター票が圧倒的に菅首相支持に回ったのは、マスコミ各社の世論調査で、菅首相の党代表としての再選を支持する意見が小沢氏の代表就任を支持する意見を大きく上回っていたことに強く影響されたものである。国会議員票も、そうした世論に相当程度影響されたことは疑いない。その意味では、菅首相の代表選勝利は「世論(ただしマスコミ調査による、という限定つきの)の勝利」と言えるだろう。
 ところが、そうした世論が菅再選を支持した理由は、「首相が短期間で代わるのはよくない」(読売、8月30日)、「小沢氏を支持できないから」(日経、同)というもので、菅首相の政治実績や指導力が支持されたわけではない(当「診断録」8月31日号参照)。
 この結果は、私見によれば、世論と民主党は「首相をコロコロ代える」ことを避け、「言うことがコロコロ変る首相」を支持したことを意味する。
 
 政策論についてはあとで述べるとして、新たな出発をする菅首相があらためて直面するのは「ねじれ国会」である。そこで、本当に政権の安定を図るために首相としてまず行うべきことは、参院でも与党で過半数を確保できるような新連立政権形成への努力である。
 民主党代表選が終わった直後の民主党内及びマスコミの主たる関心事は、おきまりの党役員人事と内閣改造である。菅首相は14日にはそれは「白紙」であると語っていたが、本来ならば、党三役人事だけを行った上で、まずもって新連立政権への交渉が他党との間で行われるべきであり、内閣改造にはその新連立の結果を反映させるべきなのである。それを、現連立政権の枠内で内閣改造を行ってしまえば、連立に伴う内閣の組み替えは行わないという意思表示になってしまう。
 予想された通りだと言ってしまえばそうだが、日本では政局安定のためのそうした努力はなおざりにされがちで(当「診断録」9月11日号参照)、マスコミもそれを当然のように考えている。
 
 菅首相は従来も連立の組み替えによる新たな多数派の形成には熱意(というより自信)がなく、政策ごとに野党との合意を図る「部分連合」でねじれ国会を乗り切る意向で、党代表に再選されたあとも同じ構えで臨むつもりのようだ。そうだとすると、菅内閣は今後たちまちそうした「部分連合」に関して難題に直面するだろう。
 例えば、こんどの代表選の過程で菅首相が急に叫びだした「法人税の引き下げ」案の扱いである。
  まず、この案についてすぐに思い起こすのは、同首相が参院選の過程で突然始めた消費税引き上げの論議である。この構想は、民主党が参院選で大敗したあと、そして民主党の代表選を前にしては、「社会保障と税制の一体的改革」という方向に軌道修正された。
 ところが今度は、経済界・労働界の代表や日銀総裁らをメンバーとする「新経済成長戦略会議」(議長は菅首相)の初会合を9月9日に開催した際には、「2011年度からの法人課税の実効税率引き下げを検討するよう指示」している(日経、9日夕刊)。
 
 首相が代表選の中で法人税に関して行った演説を聞くと、法人税引き下げで企業の海外移転を防ぐことが、雇用維持のキー・ポイントだという。だが同首相は、いま日本中が急激かつ過度の円高で企業の海外移転が促進されると憂えていることには一切触れない。これなども、菅首相の思いつきでの政策提案と、その朝令暮改ぶりをよく表していると言える。
 それはとにかく、経済産業省は11年度税制改正要望に法人実効税率の5%引き下げを盛り込んだが、そのためには「1兆円超の財源を探さなければならない」(日経、10日)。では、そのような財源をどこから見つけ、そして、それをどのように野党に承認させるのか。
 そうした話し合いを持ちかけられる野党が自民党であれば、同党はその条件として、「子ども手当」などの民主党マニフェスト予算の修正を持ち出すに違いない。あるいは、一挙に消費税の引き上げを交換条件として主張する可能性もある。いったい、菅首相はそうした野党の要求にどう対処するつもりなのだろうか。もし、そうした点で菅内閣が野党と「部分連合」を成立させようとすると、こんどは民主党内からの猛反発を喰うであろう。
 
 いま述べた子ども手当にしても、10年度と同じ内容の手当を11年度にも支給しようとするなら、予算案と平行して、予算案とは別に、あらためてその実施法案を成立させなければならない。
 10年度予算で子ども手当を実現させた際には、その法案には社民党(当時は連立与党)のほか、公明党と共産党が賛成した。だが、同じことを11年度にも続けようとしたとき、例えば公明党がすんなりとまた賛成するかどうかは疑問である。おそらく、公明党は同党なりの条件をつけてくるだろう。菅内閣はそれらを呑むのかどうか。
 さらに、菅内閣と与党が野党との部分連合を必要とするのは、予算関連の個々の法案だけではない。そもそも予算の赤字をまかなう特例国債を発行するための法案成立にも野党の協力を必要とするのだ。
 
  ところが、部分連合が可能で、ねじれ国会はそれで乗り切れるという根拠として、菅首相は今回の代表選の過程でたびたび1998年当時のねじれ国会の例を持ち出していた。
 この時は同年の参院選で自民党が惨敗してねじれ国会となった。そしてその年の通称「金融国会」では、小渕内閣が提出した「金融再生法案」が衆議院で可決されたが、参院では野党(民主党:菅代表)が反対、修正案を提示した。これを受けて、与党がそれをほとんど「丸呑み」して成立に漕ぎ着けた。菅首相は、自らが関わったこの野党による法案修正の例を誇らしげに語り、国家社会に必要な法案なら、この例のように与野党の合議が整うものだと説いているのである。
 
 この例示を聞いて私が直ちに思ったのは、菅首相は、政府提出の法案が衆議院で可決したあと参院で審議が難航しても、どうしてもその法案を成立させたいときには、野党が修正案を出せばそれを「丸呑み」することで成立させるつもりらしい、ということだ。つまり菅首相は、重要法案成立のためなら相当な妥協も辞さない、というつもりのようなのだ。
 そういう考えなら、たしかに部分連合はスムースにいくだろう。しかし、それは政治が完全に野党ベースで進むということ、すなわち民主党のいわば自殺行為である。果たして、そうしたやり方を民主党の大勢が容認するかどうかだが、おそらく容認しないだろう。
 
 菅内閣が直面する難題は国会乗りきりだけではない。いったい、普天間問題をどう解決するつもりなのかがまったく見えないのだ。
 菅首相はその就任以来、6月23日の沖縄の「慰霊の日」に現地を訪問して戦没者の慰霊を行ったが、それ以外には普天間問題で沖縄を訪問して現地の人たちに政府案を説明し、現地側の意見を聞くということを行っていない。要するに何もしていないのだ。わずかに仙石官房長官が東京で仲井真沖縄県知事に面会しているぐらいだ。
 そうこうするうちに、9月12日には名護市会議員選挙が行われて、その結果、市長支持派すなわち普天間基地の名護市辺野古への移設に反対する議員が27名の定員のうち16名を制することとなった。
 今後は、11月に沖縄知事選挙が行われるし、オバマ米国大統領の来日予定もある。目下のところ、それまでに普天間問題が解決される見通しはまったく立っていない。菅内閣は、この問題をめぐって立ち往生する可能性がある。
 
 以上のように見ると、菅首相はこんご政策実行で行き詰まる可能性が大である。すなわち、行き詰まって総辞職に追い込まれるか、仕方なしに衆議院解散をせざるを得なくなるかである。あるいは、法案成立のために野党に対し過大な妥協をして、党内から反撃を受ける可能性もすくなくない。
 民主党内の小沢派(菅首相批判派)は、今回の代表選で敗北したからといってすぐに党を割ることはしないだろうが(挙党態勢は代表選中の約束でもある)、菅首相が民主党の政策を大きく変えそうな場合になれば、それに真正面から反対するだろう。
 いずれにせよ、菅首相が順調にあと3年(すくなくとも次の民主党代表選が行われる2年後まで)その座を維持することは至難の業だ。したがって、「首相をコロコロ代える」ことに反対した人たちは、意に反して、似たりよったりの短命政権を作ることに手を貸した、ということになりそうだ。
 
 ところで小沢前幹事長だが、同氏が今回の代表選での大敗で大きな打撃を受けたことは明らかだ。それも、小沢氏の「政治とカネ」についての国民の疑問が敗北の主因となったことは特に痛手だと思われる。もし、検察審査会が近く「起訴相当」の議決をすることがあれば、同氏は当分は政治の表舞台から消えなければならないのではないか。
 しかし、もし起訴を免れれば、逆に小沢氏は息を吹き返し、引き続き民主党内で大きな影響力を発揮しそうである。
 また、これまでの小沢派の人たちは、小沢氏の今後に関わりなく、その主力は結束を保って党内発言力を保持していきそうである。もっとも、菅首相と反小沢派も小沢派分断のあの手この手を打つであろうが。
 いずれにせよ、民主党代表選で菅首相が大勝したけれども、これで民主党も政界も平穏化することはあり得ず、2010年から11年にかけて新たな政治動乱があると思われる。      (この項 終り)

政権短命化の原因

 最近日本の首相=内閣が頻繁に交代することが国内外で問題になっており、そのことは日本の政治の劣化を示すもののように論じられることもしばしばである。
 例えば外国では、NYタイムスは9月7日の社説で、日本の「指導者の交代はめまいがするほどで、ますます非生産的だ」との懸念を示した(読売、8日夕刊)。もっともこの社説は、今回の民主党代表選でまた首相交代が起きるのでは、との想定(危惧?)でこの問題を論じているようだ。
 その代表選においては、菅首相の再選支持派は菅支持の理由として「短期間でコロコロ首相を代えるのはよくない」と強調している。
 では、実際のところ、わが国で最近内閣の短命化が起きているのはなぜなのだろうか。
 
 まず、そうした短命化が日本の政治制度(議院内閣制)そのものから生じているものではない、ということを確認しておこう。 
 戦後、新憲法下の首相(鳩山由起夫まで28人)についてみると、その連続しての在位期間が2年(730日)を超えたものに、吉田茂(2251日)(注)、鳩山一郎(745日)、岸信介(1241日)、池田勇人(1575日)、佐藤栄作(2708日)、田中角栄(886日)、三木武夫(747日)、鈴木善幸(864日)、中曽根康弘(939日)、海部俊樹(818日)、小泉純一郎(1980日)の11人があり、これに2年に近かった福田赳夫(714日)を加えると12人になる。とくに吉田は6年以上、池田は4年以上、佐藤は7年以上、小泉は5年以上も首相を続けた。このような例を振り返ると、日本では一般に政権が短命だとは言えないだろう。                                   
 
 (注)第1次吉田内閣(1946年5月〜47年5月)は368日在位したが、新憲法になってから最初の総選挙で敗れて下野しており(その後は片山内閣と芦田内閣)、約1年5ヵ月後に再度政権に復帰した。したがって、ここでの吉田の連続しての首相在位期間とは、第2次吉田内閣(1948年10月〜)から第5次内閣までの期間の通算である。
 なお、吉田の最初の首相就任は、総選挙によるものではなく、総選挙(旧憲法下)で勝利した自由党の鳩山一郎が首相に選任される直前に占領軍によって追放されたため、その後任者として占領軍の暗黙の支持の下で急遽就任したもの。
 
 以上の逆に、小泉内閣までの時期に異例に短期(1年未満)だった首相は、片山哲(292日)、芦田均(220日)、石橋湛山(65日)、宇野宗佑(69日)、細川護煕(263日)、羽田孜(64日)である。
 このうち片山と芦田は、社会党中心あるいは社会党を含む連立内閣の不安定性が影響して(細かい事情については省略)短命となり、石橋は病気により引退。宇野はリクルート事件、消費税導入(いずれも前任の竹下内閣時代)それに宇野のスキャンダルが影響して自民党が1989年参院選挙で惨敗した責任をとるかたちで辞任。
 細川と羽田は自民党の最初の下野に伴う非自民連立内閣の首相となったが、細川は小選挙区制導入を果たしたものの、国民福祉税構想の突然の提起などが契機で行き詰まり、細川の後を受けた羽田は、社会党の連立離脱で打撃を受け、予算を成立させたものの、野党の内閣不信任案提出を見て内閣総辞職をした。
 結局、以上の短命首相の6例は、病気の石橋のケースを除くと、非自由党(片山と芦田)ないし非自民党(細川と羽田)の連立政権の下で起きるか、自民党の参院選敗北によって引き金が引かれたもの(宇野)である。
 
 小泉内閣以後は、安倍晋三(366日)、福田康夫(365日)、麻生太郎(358日)、鳩山由起夫(266日)と、1年前後あるいはそれ未満の首相が続いた。これが、最近になって日本の政権短命論が盛んになった原因である。
 このうち、安倍は2007年参院選での自民党の敗北が影響して退陣、福田は「ねじれ国会」の苦境を民主党との連立で打開しようとして失敗して辞任、麻生は09年の総選挙で敗北して退陣した。鳩山については一般の記憶にも新しいと思われるので省略する。
 要するに、小泉以後の自民党政権(正確には自公政権)は、参院選敗北に伴うねじれ国会を乗り切れないか、総選挙の敗北によって退陣したわけで、いわば自民党の衰退の流れの中で起きた現象である。
  
  このように見てくると、日本の短命政権の多くは、議会(両院あるいは参議院で)で過半数を制する与党が存在しない場合に、作り上げた連立内閣が不安定であるか、あるいは中心与党がそもそも安定した連立を作れない場合に起きている。このことは、日本では連立政権を組織し、それをうまく運営するという習慣ができていない、ということを物語っていると思う。
 ところがドイツの場合は、下院(ブンデスターク、連邦議会)の選挙制度はやはり小選挙区比例代表併用制だが、その要点だけを述べると、①まず比例代表選の票数によって州ごとの各政党の議席数を決め、それと②各選挙区ごと候補者ごとの獲得議席数とにより調整するというものなので、一つの党が単独で議席の過半数を占めることがない仕組みになっている。したがって、連立政権が常態となっている、つまり、今のドイツ政治は連立なれしているのだ。
 
 その連立には、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)あるいは社会民主党(SPD)という二大政党のいずれかが中心となって組む連立と、CDU/CSUとSPDの「大連立」という場合がある。したがって、連立が崩れない限り、政権は持続する(現在のメルケル内閣は、大連立ではなく、CDU/CSUと自由民主党《FDP》との連立)。
 下院議員の任期は日本と同様に4年で、連立が崩れなければ内閣は議員の任期いっぱい続く。もちろん、議会が内閣を不信任決議で退陣させることは可能だが、その場合には、議会(すなわち各党)は予め次期の首相を内定していなければ不信任を決議できないという「建設的不信任決議」の制度があるので、不信任決議による内閣の退陣が起きても政治の空白は起きない仕組みになっている(政府による議会解散は可能)。
 このような一種の安全装置は、ドイツでは第1次大戦後の民主制(いわゆるワイマール共和制)の下で、短命内閣の連続で政治が極度に不安定化し、その間隙を突いてナチスが政権を奪取し、独裁制を敷いたという経験の反省から第2次大戦後に制度化された。
 
 日本では、これまでは自民党が第1党で単独政権を作るか、自民党中心の連立政権を作るという方法で政権を安定化させてきたので、その他の連立内閣の例が少なかった。そして自民党支配が崩れて非自民の連立内閣ができた場合に、参加各党が連立なれしていないためにその運営がうまくいかなかったり、あるいは弱体化した自民党が連立をうまく組めなかったり、ということになりがちだった。それが、政権短命化の最大の理由だったと思われる。
 現在、民主党が直面しているのはまさにそうした問題であろう。すなわち、去る7月の参院選で民主党の菅連立内閣の与党が敗北し、参院で過半数割れをしたために、政権運営上の困難に直面しているのである。
 菅首相とそれを支える民主党執行部は、この「衆参両院のねじれ」の下で、新たな連立によって政権を安定させるのではなく、個々の議案ごとの野党との合意形成で「ねじれ国会」に伴う困難を克服できると言っている。
 これに対して、小沢前幹事長と同氏を支持する人たちは、政権の安定のためにはそれを可能にする連立が必要で、小沢氏にはそれを作り上げる力があるが菅首相にはその力がないと主張している。
 
 今の民主党代表選における根本的な対立点は、政権運営という点から見れば、以上のような連立論にあったはずだが、「脱小沢」の可否をめぐって菅・小沢両派の対立が激化する過程で政策論争(それ自体は必要だが)がエスカレートし、根本的な問題点とその解決策をめぐる議論が後景に退いているのが実情ではないか。 
 その意味するところは、仮に菅首相が民主党代表選で再選され、首相として続投することになっても、現在のような内閣と執行部の体制では、安倍内閣や福田内閣の場合と似た危機に直面する可能性が大きい、ということである。つまり、菅首相が新人議員に約束したように、「3年間は解散せずに政権を維持する」ことは絵空事になるだろうということ、すなわちやはり政権の短命化が起きるだろうということだ。 
 その点で、菅内閣と現民主党執行部は政治史から学ぶこと甚だ乏しいし、また政治と権力運営のリアリズムをよくは理解していないように思える。 (この項 終り)
 政府は8月30日に追加経済対策を決定した際、その一つとして「新経済成長戦略推進会議」の設置を決めた(各紙30日夕刊と31日)。
 この会議は、自民党中心の政権下でもしばしば使われた類の、政労使学(政府閣僚・労働界代表・使用者団体代表・学識経験者)によるお定まりの政策議論の場で、そこでの戦略の審議は、首相の主導で国家戦略を決定するという民主党従来の方針からの大きな後退になる。
 
 この新経済成長戦略推進会議は、菅直人首相を議長、仙石由人官房長官ら3閣僚を副議長とし、関係閣僚と日銀総裁、経済3団体代表と古賀連合会長それに伊藤元重東大教授ら学識経験者を加えた会議で、「6月にまとめた法人税率の引き下げなどの新成長戦略の前倒しなどを議論する」予定で、9月9日に初会合を開くという(日経、9月5日)。
 民主党中心の政権は、09年9月に鳩山由起夫内閣の下で首相直属の「国家戦略局」(法制化までは国家戦略室)を設置し、経済・外交などの国家戦略を政治主導で決定することとしていた。ところが菅首相は今年7月にいたり、この国家戦略室を「政策決定の実権を持たない首相の『知恵袋』的な組織に縮小する方針」に変更、「民主党マニフェストに政治主導の予算編成や国家ビジョン策定を担う目玉組織として盛り込まれた国家戦略局構想は大きく変質することになった」(asahi.com、7月15日)。
 そして今回は「新経済成長戦略推進会議」の設置である。これにより菅内閣は、首相主導による戦略決定から、「政策に経済界などの声を一段と反映させる現実路線にかじを切った恰好」(読売、8月31日)である。
 
 そもそも国家の基本戦略は、最高指導者である首相(日本の場合)が決定すべきもの、というより、自らもともと持っているべきものだ。 
 戦後史を見ても、吉田茂首相の“安全保障の対米依存による軍事費の最小化と経済復興の優先”、鳩山一郎首相の“対ソ国交回復による日本の自立化の推進と自主憲法の制定”、田中角栄内首相の“日中国交回復による全方位外交、地域格差是正を図る日本列島改造計画”、小泉純一郎首相の“規制改革(緩和)による市場機能の活用”など、その成果や評価はとにかくとして、数々の国家戦略例が浮かぶ。
 
 では菅首相は、労使学などのお知恵を拝借するとして、自らの腹案のようなものを持っているのだろうか。それが疑問だ。現在行われている民主党の代表選挙に際しての記者会見や立ち会い演説会での意見、演説を聞くと、菅首相は経済活性化の方策として「一に雇用、二に雇用、三に雇用…」と言っている。
 だが、雇用は政策が達成すべき目標であってそのための方策ではない。ということは、菅首相には経済成長戦略とかその政策は実はなにもない(知らないの)であり、そこでその策定を上記の会議に丸投げしようということではないか。
 そもそも、国家戦略室の機能を縮小して、首相の単なる「知恵袋」にするという考えも、その「知恵袋」に戦略を作って貰おうという発想だったのだろう。もともとの国家戦略局(戦略室)の考えは、首相主導で戦略を決定するというものだったから、菅首相にはそれができないので方針を転換したのだと思える。
 
 ここで、念のため、そもそも戦略とはなにか、ということを見ておこう。「広辞苑」(第5版)では次のように説明している。「(strategy)戦術より広範な作戦計画。各種の戦闘を総合し、戦争を全局的に運用する方法。転じて、政治社会運動などで、主要な敵とそれに対応すべき味方との配置を定めることをいう」。要するに全般的な戦力配置と作戦の計画なのだ。
 ついでに strategy とは、Longman 「Dictionary of Contemporary English」によると、「戦争において、軍の作戦行動(movement)と装備を事前に計画する手腕(skill)」、「目標とくに敵対者に対する成功を達成するための、よく計画された一連の行動」である。ここでいわれているのも、要するに戦力配置と作戦の計画である。
 そして、個々の戦闘を勝利に導く方策が戦術(tactic)であり、そうした戦術を包含、総合したものが戦略だと言えるだろう。
 
 例えば織田信長の戦略は、徳川と同盟し、東の今川、武田、上杉などの強敵を打ち破った上で、京に上って天下を統一するというものであり、先に京を目指して軍を起こした今川軍を奇襲で桶狭間において撃破するというのはそのための決定的戦術だったと言えるだろう。
 大事な点は、大指導者は戦略も主要な戦術も自ら決定ないし立案し、決断したということである。
 残念ながら、菅首相には経済成長についての戦略も、また戦術も無いように見えるのだ。だから菅首相は、自らの実績として厚生大臣の時代のことを好んで語るのだろう。
 
 経済戦略は、ある面から見ると、財政政策、金融政策、為替政策、産業政策、福祉政策(社会政策)などを適切に組み合わせることから成り立つと言えるし、それぞれの政策は戦略に従属する戦術と見なすことができる。
 そうした点で、いま現在極めて重要な政策(戦術)は為替政策(市場介入などによる円相場安定策)だろう。だが、菅内閣はこの点でもこれまで無策であった。なお、間接的に為替安定を目標とした政策であっても、金融政策や財政政策は為替政策ではない。
 現在、日本の国際経済環境には、アジア・太平洋諸国およびラテンアメリカなどの新興諸国の高成長という好都合なものがある。中国については、その成長のスローダウンが景気の後退につながるのではないかとの危惧も一部で抱かれたが、これは文字通りの成長速度の鈍化に止まるようである。
 問題は主として米国の景気回復のふらつき、それを主因とするドル安・円高である。その意味で、いま為替市場介入(注)を断行して過度の円高を阻止することは戦術上のキー・ポイントである。
 
  (注)為替市場での介入による為替相場の安定化は、当「診断録」前号(9月2日号)で述べたように、財務大臣の任務であり、具体的には財務大臣の決定で、同大臣が管理する外国為替資金特別会計(外貨を保有・管理する政府特別会計)の勘定により、日本銀行を代理者として市場で為替売買を行う。
 この点につき、世間には市場介入は日銀が決定して行うという誤解が広く存在する。例えば「週刊新潮」(9月9日号)には次のような記事が出ている。「民主党議員らで構成するデフレ脱却議連からは日銀に対する怨嗟の声が渦巻いており、直接介入を求める声まで出ているほど」だと。
 最近円高が昂進する度に政府内から日銀に円高対策を要請する声が聞かれたが、上述のような民主党議員は別として、まさか閣僚クラスの人間までが上のような誤解をしているわけではないと信じたい。
 なお、首相は財務相に必要な指示を出すことができるし、むしろそれが必要な場合がある。菅首相は民主代表選と首相としての公務が重なって大変のようにいつも述べているが、こうした政策の決断は移動中の車中においてでもできることだ。                     
 
 それでは、菅首相から戦略の立案をおそらく丸投げされるこの新経済成長戦略推進会議は、期待にこたえて適切な戦略・戦術を立案するだろうか。おそらくできまい。そもそも一般に会議はそのメンバーのうちの誰かがリーダーシップを発揮しなければ、インパクトがある案など作れるものではない。出て来るのは、まったく無難な作文でしかないだろう。政府の審議会の多くでは、事務局が案を作り(官僚主導)、それを審議会でオーソライズする傾向が強い。
 新経済成長戦略推進会議では、菅議長以外でも、仙石副議長とあと二人の副議長(荒井聡国家戦略相、直嶋正行経済産業相)が具体案を示して会議をリードするとは考えられない(そうした政策能力がない)し、白川方明日銀総裁がこういう場で(持ち場である日銀以外の場で)重要発言をするはずはない。
 経済界代表(使用者団体代表)も、おそらく、法人税の早急な引き下げ、財政赤字削減の必要、そのための消費税の引き上げ、各種規制緩和といった、あらためて聞かなくてもいいようなことを主張するだけだと予想がついてしまう。
 
 だいたい、なにも具体策を持たない指導者ほど、こうした会議を作りたがる。そうした会議、諮問委員会を作ってそこに諮問すれば、解決策が出て来るような気がして安心してしまうのだ。
 菅首相が、いまの民主党代表選で代表として再選されるかどうかはわからないが、仮に再選されて首相として続投することになれば、官僚主導の、あるいは自民党ないし財界に歩み寄った、保守的な政策が出て来るだけのように思える。     (この項 終り)
 9月1日に民主党代表選が告示され、立候補した小沢一郎前幹事長と菅直人首相が立候補に伴う共同記者会見を行った。私はそれをTVで視聴した。同人各位もそれを見たか、2日の新聞でその概略を知ったことと思う。したがって、その内容はここでは繰り返さないが、新聞ではあまり触れられていないことで、私の印象に最も強く残った点を書き記しておきたい。
 それは、会見を通して見えた両候補者の首相としての資質についてである。なお、この代表選に関連して、政策問題としての最近の円高についてもコメントしておく。
 
 この記者会見において、菅首相は自らの総理大臣としての日々の“精励ぶり”を誇らしげに語り、その仕事ぶりを首相としてのメリットとして訴えたかったようだが、そこには大きなカン違いがあると思う。
 菅首相が並べ立てたのは、防災の日である9月1日にはヘリコプターに乗って防災訓練の現場に駆けつけ、救助隊員とともにいかに訓練に励んだかとか、他の日には中小企業の現場に出向いてそこでいかに企業の苦しみや要望を聞いたかとか、国会の予算委員会などでは、毎日いかに長時間首相として真剣に論戦に応じたかといった話である。しかし、急激な円高にどう対処したかといった政策上の重要点については冒頭陳述では一切触れなかった。
 
 首相が種々の現場に出向いているという話は、自らの精勤ぶりを宣伝しつつ、暗に“自分は代表選のために大きなエネルギーと時間を割いているわけではなく、その点で小沢さんのような楽な立場にはいない”と言いたいように聞こえた。
 また、予算委員会での論議の話をした際には、「小沢さんが総理として予算委員会で長時間座っている姿を想像できない」と明言した。これは、事実上で“その点だけでも小沢氏には総理は務まらない ”というメッセージを国民に発したものといってよい。これに対しては小沢氏は、「私もかつて閣僚として予算委員会での役目を長時間キチッと務めたことがある」と笑ってやり返していた。
 
 思うに菅首相は、職務に伴う日々の活動をこなすこと、いわゆるルーティン業務を誠実に努めることがトップの役割だと信じているようだ。私も小さな組織に所属した経験(複数)があるが、そこでもやはり、ルーティン業務を熱心にこなしてはそれを吹聴し、そうしたことで嬉しそうに忙しがっているトップを数々見てきた。1日の記者会見を聞いていて、菅首相はまさしくその種の小物のトップであると見えた。
 言うまでもないことであるが、本来のトップの任務は、(ルーティン業務をこなすことは当然として)、先行きを見通し、責任を持って組織が求めている判断・決定を下すことにある。
 
 だが菅首相は、例えば円高が急激に進んだこの約1ヶ月間、その対策をほとんどもっぱら日本銀行に“要請”するばかりで、自ら判断を下し、政府としてなすべきことを示し、あるいは担当大臣に命じることをしてこなかった。
 せいぜい、「円相場の動向を注意深く見守る」といった抽象的な“口先介入”をしただけだ。なるほど、菅内閣は8月30日に予算予備費などを活用する「追加経済対策」を決定したが、それはさしあたっての過度の円高に即効があるものではない。
 
 この機会に述べておくと、「外国為替及び外国貿易法」には、第7条第3項で、「財務大臣は、対外支払手段の売買等所用の措置を講ずることにより、本邦通貨の外国為替相場の安定に努めるものとする」と明記している。つまり、財務相は為替市場に介入して為替相場の安定を図ることを法的に義務づけられているのだ。
 たしかにこの法律には、「基準外国為替相場」などの決定と告示を財務相に義務づけている(第7条第1項)ように、変動相場制の今日にはそぐわない部分もある。
 しかし、変動相場制は不断の不安定相場を意味するものではない。もともと自由変動制為替相場論者の主張によれば、為替相場を自由な変動に委ねれば、投機とその反対投機が相殺し合って、そこに安定相場(均衡相場)が成立するというものであった。ところが、現実にはファンドなどの大口投機者の市場支配力によって、市場での相場が一方的に偏ることがしばしば生ずる。
 そうした不均衡を均衡化するために用意されているのが政府による市場介入である。
 
 このような政府による為替市場介入については、今日のような巨大な為替取引が行われている市場では介入の影響力は大きくないとか、米国、EU などが自国通貨の為替安を容認している現状を考えると、日本単独の介入は国際的理解を得られないし、したがってその点でも介入の効果は限られるだろう、といった介入消極論が政府にも市場にもある。
 だが、当局の介入は個々のファンドに比べると格段に大規模であり得るし、また市場の売り・買いのバランスは限界的な(追加的な)大きな買い主・売り主の登場によって敏感、微妙に左右されるものだ。
 また、国際的な理解は、自らの介入の正当性を確信していればそれを説得するのが当然だし、そうした説得も政府の経済外交の重要な課題である。
 
 ところで、菅首相は今年(10年)1月に財務大臣に就任した際、その就任記者会見(1月7日)で、円相場について実に大胆な(大胆すぎる)発言をしている。おそらく財務省事務当局のレクチャーを下敷きにした発言だったと思う。
 その時の菅財務相の発言は次の通り。「経済界からはそれはやはり90円台、できれば半ばあたりが貿易の関係で適切ではないかという見方が多い。……現状は一時のいわゆる『ドバイショック』の頃に比べれば、円安の方向にかなり是正されていると思うので、もうすこし是正が進めばいいなと、円安に進めばいいなと思っている」と(産経、1月8日)。 
 
 財務相としては大胆な発言を敢えて(気楽に?)した菅氏は、首相という責任ある立場につくと、こんどはまったく逆に、円相場についてはなんの決定も下さない。首相として判断を下し、責任を負うのを避けたいのだろうか。
 類似のことだが、民主党代表選の告示を前に、鳩山由起夫前首相の工作で「小沢降ろし」の計画が進んだ際、菅首相は「トロイカ体制」の再建につき鳩山氏と合意に達し、その旨を記者会見で公言した(8月30日夜)。それにもかかわらず、同首相は翌日午後「岡田外相、前原国交相、枝野幹事長らと会談した際、小沢氏との対決を回避する『話し合い解決』への批判を受け、小沢氏との対決姿勢に再びかじを切った」(産経、9月1日)。
 要するに菅首相は、大事なことにはよく「揺れる」のである。消費税問題でもそうだった。
 
 それにもかかわらず、菅首相は代表選に当たっての会見で、首相続投についての国民の支持が自らにあると信じてそれを誇示していた。具体的には、同首相は国民に対してとして、「総理大臣として両候補者のどちらが適任であるかを見極めて、その意見を民主党の党員・サポーターに伝えて欲しい」との発言を繰り返していた。
 多分同首相は、最近の世論調査において、菅氏と小沢氏のどちらを民主党の新代表として支持するかという問いに対して、多くの新聞と通信社の調査では圧倒的に「菅首相を支持する」との答が多かったことを念頭に置いていたのであろう。 
 しかし、当「診断録」8月31日号で引用したように、支持の理由は「首相が短期間に代わるのは良くない」(読売調査)からとか、「小沢氏を支持できないから」(日経調査)といった消極的なものでしかなく、とても菅氏が自慢できるようなものではない。
 
 それに対して、これらの世論調査で小沢氏を支持する回答の比率は低かったが、同氏を支持する理由としては、「指導力がある」が、読売、日経両調査で断然トップで、菅氏の場合と対照的だった。
 たまたま今朝の新聞に、菅首相による小沢氏についての一種の人物評(実は当てこすりらしい)が伝えられていたのが面白かった。すなわち、同首相は1日夜に野田財務相グループの会合で次のように語った。「明治維新には西郷隆盛の力が必要だったが、西郷さんはああいう(西南戦争で敗れて自決する)末路をたどった。西南戦争があって、本格的な明治政府ができた」と(読売とその他、2日)。
 この会合の出席者たちは、この言葉を、「小沢氏を西郷隆盛に、西南戦争を代表選に例え」て、「政権交代が実現した以上、もう小沢氏は不要だと指摘した」と受け止めた(同上)。
 
 民主党の代表選が戦後政治史における西南戦争に相当するというのは勝手な比喩だが、菅氏が小沢氏を西郷隆盛に例えているのは面白い。菅氏にも小沢氏は「大物」に見えているらしいのだ。
 ついでながら、菅氏は自らが誰に相当すると思っているのだろうか。小沢氏が西郷なら、西南戦争で彼を政敵として討った「官」の指導者、西郷の昔からの友人で同じ薩摩藩出身の大久保利通ということか?だが、大久保は菅直人氏とは似ても似つかない決断の人だった。
 菅氏(山口県出身)は前々から自らを長洲の高杉晋作に擬しているから、菅氏は高杉のように維新前に死ぬということになってしまう。ということは、維新はこれからで、隆盛はこれから活躍することになるのでは?
 
 他方、小沢一郎前幹事長は相変わらずその政治資金問題がアキレス腱だ。1日の記者会見では、小沢氏はその点につき、検察当局による1年間の強制捜査でも起訴理由は出てこなかった、したがって自分には問題はないと断定した。しかし、小沢氏の政治資金団体の収支報告に関し、同氏の秘書が逮捕、起訴されている。そのことをどう考えるのか、といった疑問点について小沢氏は説明することはしなかった。
 それでは、小沢氏は説明責任を果たしたことにはならない。
 
 また小沢氏は普天間問題については、鳩山内閣が決定した日米合意の案を沖縄県民も米国も納得するようなものに修正すると主張している。その点につき、菅首相が「この日米合意案は鳩山首相、小沢幹事長時代に決定されたもので、小沢氏もそれに責任を負っているのではないか」と批判したのに対し、「当時、政府と党は仕事を完全に分け、私は党務に専念していて政府決定には加わっていなかった」と答えた。
 当時の「政・党分離」はその通りだろうが、しかし小沢幹事長は、例えば高速道路無料化修正の方針を政府が決めたときには、それを公約違反だとして猛烈に反発し、党としてストップをかけた。ということは、普天間問題では鳩山内閣の方針に異議を唱えなかった、暗黙裡に承認したことを意味する。
 このような例を見ると、小沢氏は表面のこと、形式を盾にとって自己を正当化しようとする傾向が強いように思える。
 
 以上のように、こんどの民主党代表選を候補者の人物論の観点から見てみると、よく揺れる小物と、責任逃れをしがちな大物との対決ということになりそうだ。事実上で一国の首相を決める選挙としてはさびしいことだが、それ以外に候補者がいない、出てこないのだから仕方がない。
 こうした点から見ても、いずれの候補が勝とうとも、選挙後に政界の激動が来るという予想が出て来るのだ。  (この項 終り)
 鳩山由起夫前首相を仲介者として進められてきた菅直人首相と小沢一郎民主党前幹事長の(民主党代表選における)「全面対決」回避の工作は、8月31日夕の短時間の菅・小沢会談で不調に終わった。そして、その直後に菅、小沢の両氏はあらためて9月1日告示の民主党代表選に立候補する意思を表明した。  
 この両者の妥協を目指す工作は、当「診断録」前号(8月31日午前1:32付)で指摘したように、「小沢氏を引かせることで代表選を無競争にしようとする」、「菅首相自身の利益のため」のものだったから、そもそもそこに無理があった。  
 その意味では、菅・小沢会談で妥協が成立しなかったことは意外なことではない。 
 
 この問題の核心は次の点にあった。すなわち、もし菅・小沢の激突を避けて民主党の代表選を無競争で決着させようとすれば、候補者を一人に絞る必要があるが、その場合になぜ小沢氏が立候補を辞退しなければならないと考えられたのか、ということである。すなわち、菅氏が辞退することも選択肢として考えてしかるべきではなかったか、ということだ。
 その場合の小沢辞退論の主な論拠は、①菅氏は現職の首相であるから、国政の継続性を考えると、現職の菅氏を優先させることに理がある、②小沢氏には、同氏の政治団体の資金のあり方をめぐって、近く検察審査会から起訴相当という結論を下される可能性があり、そういう不透明な問題を抱えた政治家が首相に就任することは望ましくない、ということであろう。
 
 しかし、菅氏には、首相としての最初の大仕事である参院選に臨んで(同首相はこの選挙で自らへの国民の信任を問うと述べた)、従来の民主党の方針を独断で変更して消費税の引き上げの方針を宣明し、それが主因で民主党を大敗北させた大きな責任があり、そのことだけでも引責辞任に値するとの批判がある。また、現在の円高問題への対処を含め、これまで菅内閣として有効な政策を打ってこなかったではないか、という批判もある。
 他方、小沢氏は、その政治資金の問題に関しては、すでに検察庁からは2度にわたり不起訴の結論を得ているので、仮に検察審査会の結論で起訴されても、裁判で有罪とされる可能性はほとんど無いという弁明が可能だ。 こうした点を考慮すると、菅、小沢両氏は代表候補者としてはまったく資格が対等である。したがって、「党二分の争い」を避けようとした場合に、あたかも小沢氏が辞退するのが当然であるかのように前提することはできないはずのものである。 
 
 だが鳩山前首相は、それでも、現職首相を短期で辞めさせるのは好ましくないとの判断から、菅・鳩山・小沢の「トロイカ体制」(それに輿石東民主党参議院議員会長を加えたトロイカ・プラス・ワン)を復活させ、そのかたちの中で小沢氏を党と政権の中枢に復帰させる構想を描き、30日夜の菅・鳩山会談でこの構想を菅首相に承認させた。
 小沢氏もこの構想に心を動かされたようだが、氏自身の言葉によれば、31日になって菅首相の方で前夜(30日)の考えを撤回したようなのだ。小沢氏は菅氏との会談のあとの記者会見で次のように述べている。すなわち、31日に鳩山前首相から聞いたところでは、菅首相は「昨晩は、鳩山前首相の提案に対して、大変自分もそのように思うということで話し合いを持つことに積極的であったということでございましたが、本日、一晩明けてから、ちょっと話し合いを持つことは、密室批判を受けかねないので、そういうことはやめたいと、やりたくないという趣旨の話だった」と(会見全文。読売電子版、31日)。推察するに、菅首相は同首相を支持する主要な人たちから「トロイカ体制」復活について強い反対を受けたのではないか。 
 
 以上のような経過で、小沢氏に代表選からの撤退を承諾させるための秘策も実現することなく消えたわけだ。しかし、すくなくとも小沢氏は仲介役の鳩山氏に対して、「トロイカ体制」の復活を条件に代表選から撤退する可能性を敢えて示したことで、「挙党態勢の構築」という鳩山氏および党内からの要請に応えたことになる。
 では、9月1日に正式にスタートする民主党の代表選の帰趨はどうなるのだろうか。こればかりは、それを占うデータがあまりないから、五分五分と考えておくしかないだろう。
 
 とは言え、菅首相の側には、新聞などの世論調査では同首相の再選を望ましいとする意見が断然多数を占めている、という利点がある。しかし菅再選が望ましいとする根拠は、これも「診断録」前号で述べたように、「首相が短期間で代わるのは良くない」とか、「小沢氏を支持できないから」といった消極的なものでしかない。
 これに対し小沢氏には、その指導力への党内および党外支持者の期待と、党の議員や一般党員などを動かす得意の組織的選挙法がある。
 そして、選挙運動が正式にスタートすると、両候補の政策についての論争が展開されるはずだが、その際には消費税増税の可否、民主党マニフェストの扱いなどが大きな論点となると予想されるが、これは実際の展開を見なくては評価を下し難い。
 
 それでは、代表選の結果なにが起きるだろうか。菅首相が再選を果たした場合には、当然菅内閣が続く(改造はあるにしても)が、「ねじれ国会」へ対処する有効な策(参院での多数派を形成できる新連立政権の構築)を見出せないまま、予算関連法案も成立させられないで立ち往生する可能性がある。そのような際には、民主党内反対派が政界再編成へ動く可能性が大きい。
 逆に小沢氏が民主党新代表に当選した場合には、(小沢氏の実力で)連立の組み替えなどで新たな多数派政権を形成する可能性が大きいが、小沢「新首相」自身が、その政治資金問題で国会において厳しい追及を受け、苦境に立つ可能性がある。
 そういう意味では、菅、小沢両氏のいずれが代表選で勝っても、民主党中心の政権の前途は安穏なものではあり得ないだろう。
 結局は、両候補が新代表となった場合に潜在するリスクを、民主党の議員、一般党員、サポーター達(すなわち代表選における有権者)がどう判断するかで選挙の帰趨が決まりそうである。。
 
 いずれにせよ、日本の政治は、昨年の民主党政権の誕生、自民党政権の終焉に始まる動乱期の、第2幕に入ることになろう。これは、戦後政治が大転換を遂げる過程の動乱であり、ある意味で不可避のものと考えられる。
 それを、多くのマスコミが好んで書くように、「国民不在の権力闘争」と嘆くのは、歴史的視点を持たない者の淺智恵(あさぢえ)でしかない。  (この項 終り)

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