にこちゃん !

5月ですが・・・・・やっと?暖かくなりました!真夏のような気温に体がついていけません!

戦争の話

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

護国神社の池

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

  先日6日護国神社に行ったときの写真ですが・・・・・。
  雨が降っていましたのでダメかと思っていましたら
  何と「バッチリ!」ですよ!

  「睡蓮」が咲き出しました。
  アヤメはもう終わりですか・・・・。
  
   フト雨粒が池の水に落ちるのをみましたので・・・・・。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

  雨が降ってもやることはやる?
 中学校の「体育大会」です。
 すぐ近所なので出掛けてみました。

  クラス対抗「ムカデ競争」でした。
  懐かしいですね・・・・。
  「なわとびの「集団跳び!」これも豪快でした!
  一年生が身軽かったようです。

   又紅白リレーも迫力ありました!
   真剣に走っていました!
   勿論「雨は降っていました!」


  そうなんですよね・・・・・。涙雨なんですよね・・・・。

  「護国神社」のお祭りなんですね。

    私も雨の中お参りをしてきました・・・・。
   父を思い出したいのですが何も思い出すとことがありません・・・・・。
   戦争という名の下で戦地に行く途中で死んだのです・・・・。
   私は4才でした。
   何も解りませんでした・・・。
   でも私の父です・・・・。毎年神社に行きますがいつも「戦争は二度と起きてはならない!」
   と言うことです。
   私のような辛い悲しい思いをする人が二度といないようにです。

   「母子像」が何時の日か建てられましたが母親の目を見ると涙が出ているようです・・・・。
   側の二人の子ども達も今は私のように60才を過ぎているのでしょうか・・・・。

母べい!

 お友達に戴いた映画の券で映画を見に行きました。

 思えば2年前に映画を見てから行ってないのですね・・・・。
「蕨のこう」(年寄りが山に死にに行く映画でした・・・・。)でしたが身につまされる思いでした。
それから1年近くたって母が亡くなりました。
そして1年が過ぎ母が先日夢で会いに来てくれました。

 今回の映画は戦争物ででしたが少なくても私より若い人に見て貰いたいという思いがありました。

 思想犯で父べいが牢屋に入れられ母べいが頑張るのですが女の母べいがしっかりと物を言う!(そのころは女が声を出すことは出来ませんでした・・・・。)
そして2人の子供を育てると言うことです。

 が私の母は其れが出来ずに再婚をして大変な苦労をしたのです。
画面と母がダブって涙が止まりませんでした。

 最後に母べいが死ぬのですが死に際に子ども達に「世話になったね有り難う・・・・。」と言います。そして子ども達が「父べいの所に行きなさいね。」と言うと「死んだ父べいになんか会いたくない!」と言うのです。
思わず「母も死んだ父には会いたくないのだ・・・・。」と。
若くして戦争に行き流れ弾にあった父は何も残さずに死んでしまったのです・・・・・。
こんな悲しいことは私たち家族以外に味わって貰いたくないことです!!



 ※ 母べい(かあべい!)・・・・・これは家族でのお互いの呼び方でした。

イメージ 1

 短歌の会の帰りに足を伸ばして美術館まで。

 何回か展示会は来ていたのですが見に行く暇が無くいけなかった「原爆の図」を見てきました・・・・。
広島で長崎で原爆の悲惨さは見て知っては居ますが何度見ても「戦争というお土産!」はいただけません!
 丸木さんの迫力には脱帽です・・・。
ここまで自分の気持ちを表現?出来ることは素晴らしい!の一言です。
「ゲルニカ」にも優れていると思います。
人が人の「悲惨な姿!」を表現した最高傑作だと思います。
黒一色で描き上げた人間の人でない姿・・・・。
苦しみ叫んでいる声が聞こえてくるようでした。

 「戦争は人と人の殺し合いです!」絶対に「戦争を繰り返してはなりません!」と丸木さんが叫んでいました。

命日祭!?

 10月3日は戦争で死んだ父の命日です。
顔も知らない父ですが、私にとって間違いなく「父!」なのです。
姉妹はいますが・・・・・それはそれ。
私は母に連れられて小さい時から護国神社に行っていたのでそうする物?となっていますので今は母がいませんので私が・・・と言うことです。
 今までは母の所に命日祭の通知が行っていたようですが今は母がいませんので私の家に通知が来るように再度お願いしてきました。

 今日は札幌から来られたおばあちゃんが二人とそれに付いてこられた娘さん?お孫さん?
と私と男の人でしたがゆっくりと祝詞を聞くことが出来私の気持ちの中にも今までのような「悲しみ?」が無くなりました。
 母が父の所に辿り着ついたか・・・・。

 今は本当に私があることを父と母に「ありがとう!」といえます。
父が死んで母が苦労して私たちを大きくしてくれた御陰で私は仕事が出来年金を貰い何一つ困ることはありません。
これが「幸せ!」という物だと思えるのです。

 考え方の違いかも知れませんが。
只「命日祭」に行くたびに「戦争は二度と繰り返すことがあってはいけない!」と思います。
私のような悲しい辛い思いを他の人には味わっては貰いたくありませんので・・・・。 

イメージ 1    「山リンゴ?」とオトーが言います。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
san**ura*a200*
san**ura*a200*
女性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事