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先ほどテレビで「特攻隊員」の生き残った人を取り上げていました。 80才を過ぎて「やはり話をしておかなければ・・・。」とテレビ取材に応じたようです。 特攻隊員=若き飛行士!です。 生き残った人はみんなとはいつも違う自分を持っていたようで「最後の言葉」を書きませんでした。 先輩に色々教えを請うていました。 友達とも仲が良かったのではないかと思います。 その事が最後となるはずの飛行機に燃料を満杯にしたのです。 仲の良い友達が「爆弾を落とした後戻ってくるように!」とそうしてくれたのです。 誰にでもあることではありませんよね。 また 多分真面目でみんなからも慕われていたのでしょうかリーダーになり部下をかわいがったようです。 色々なことがあって特攻隊員でありながら帰ってきたのです。 勿論大怪我をしてですが。 それも2度出掛け2度生還したのです。 でも そのことが生きることに辛い思いをさせたのですね。 自分だけが生き残ったと・・・・。 今まで戦争のことには口をつぐんできたのですが自分が死んだ後戦争が繰り返されることをおそれて話をすることにしたようです。 戦争とは「人と人が殺し合う!」と言うことです。 生き残ってきた人が真実を話してくれることがどんなに今の世の中の人 特に「若い人」にそのことが辛い悲しいことであるかを見せてくれたのではないでしょうか・・・。 私の父の死んだ日が近づいています。
顔も知らない父ですが「戦争の犠牲者!」です。 二度とこんな悲しいことを繰り返してはなりません! |
戦争の話
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昨日は旭川も31.3℃あったそうです。 今日は「終戦記念日」ですよね。 でも私の中からは戦争は消えません・・・・。 私の父は戦争に出掛け戦地に着く途中で流れ弾にあって死にました。 父は「只死に!」の何者でもありません! 私は父の顔も知りません・・・・。 母の泣いている顔を見ながら大きくなりました。 母は「女でも手に職をつけなさい!」といつも言ってました。 母はなにも出来なかったので「再婚」をして辛い目に遭いました。 そのことは今かけませんがそんな母を見て私は「教師」になり定年まで勤め上げました。 勿論子どもたちに「戦争の恐ろしさ!」を教えました。 特に障害のある子ども達との関わりの多かった時期は「あなた達は戦争が始まったらすぐ殺される!」 とまで教えました。 母は私に戦争の悲惨さを話しましたので私はパソコンという時代に生きることが出来ましたので世界に向かって叫びます! 世界中のみんなが助け合って仲良く暮らせる世界を造りませんか! 終戦記念日は日本だけの物ではありません!世界の皆さん仲良くしませんか! そして自分の出来ることを世界に向かって話しませんか?
ユニセフを知っていますか? 小さな力をみんなで大きくしませんか? |
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今日も暑い一日でした! 母の初盆なので家族で9時少し前に出掛けました。が妹の所に着くとお寺さんが早くに来たので午前中に又来ると言って他を先に終わらせてくると言うことで居ませんでした。 私と娘はお供え物を買いにポスフールに出掛け花と母の好きだった果物と盆菓子などを買って家に帰るが待つというのは暑いのも手伝って大変でした! 昼少し過ぎやっと来てくれたがお経が終わるとすぐ父のお寺とお墓に出掛ける。 戦争で死んだ父のお寺にはそのうち母が行くので父も淋しくないと思いますが今日はまだ来ないことを話して帰る。 お墓の父には何故か話すことがなかった・・・・。 帰り道娘とオトーは「オトーが死んだときは親の所に入れる。」というと「家の庭でいい?」というのには私は「びっくり!」
私は嫁に行ったが母たちと一緒にいたいと思うが・・・・娘はどう考えるかそのうち話し合っておかなきゃ・・・・。 とても暑い日でしたが母もこれで安心してくれるだろう。 |

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今夜は若松 みき江さんの講演を聴ことが出来ました。 あまり聞いたことのない名前でしたので行くのを考えましたが行って良かったです。 「約束の夏ー約言(ユエイエン)ー」という演題でしたがなんと戦争での自分のお話でした。 私も戦争には忘れられない思いがありますので眠気が覚める思いでした! みき江さんが生まれて小児マヒになったことから母親の手厚い看病を経て何とか歩けるようになりその後お父さんの仕事の関係で中国は安東え、そして戦争の中での人が死んでいく様子・・・・。たった10年足らずの経験をやっと文章にして本を出したようです。 母親が狂気になるほどの経験をし最愛の弟一人を中国に残して二度と迎えに来ないという約束(約言)をして帰ってきたこと。母親がそのことでどんなに辛い思いをしたか・・・・。みき江さんが親になってそのことがよく分かると言うことでしたが「戦争はしてはいけない!」「中国の人はとても優しかった!」と言うみき江さんの涙ながらのお話を私は胸を熱くして聞いた。 ・人はみな平等なりと助けられ約束の夏「約言」をして ・七歳のみき江は守る母なれど女(おんな)子どもを守れぬ戦争(争い) ・なく声に母は我が子を思い出し狂気の沙汰をこらはみませり
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