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こん○○は、田舎人です、、、
悲しい出来事です、中川昭一先生が自宅にて急死なされたと言うニュース
本日、地元自治会の日役から帰ってきた我が目を疑いました、嘘だろ、現実で有ってはいけない、正直頭の中で自問自答、、、、答えを出したくとも、昭一先生の死と言う事実を翻せるものでないと言う事実のみ・・・
なんと言う悲しい出来事でしょう、自民党ではない、日本国家にとっての最早回復できない甚大な損失
・・・
先見の明を持った経済通であり国益重視の卓越した力量を持った方を、若い世代での政治家で今の日本には彼以外いなかった・・・
アメリカに物怖じせず言うべき事を言い、中国からの外圧にも負けない、北朝鮮の蛮行にも力強く対応してきた希有な政治家・・・
彼の実績は・・・
・中川氏は、農林水産大臣としてポジティブリストを導入し、中国等から無差別に輸入される毒菜に一定の歯止めをかけた。
・中川氏は、財務大臣として金融援助をIMFに一本化し、韓国やアイスランドなどから申し込まれた二国間融資は全て断った。
・中川氏は、政調会長として、自民党内の人権擁護法案推進派の意見を断固として撥ね付けていた。
・中川氏はリーマンショックの影響後すぐに政府保有株の売却凍結、空売り規制強化を決定した。
・IMFへのSDRを使った緊急融資制度「中川構想」を提案し、金融危機後、初めて新興国への融資を再開させ、ウクライナは感謝声明を報じた。
・中川氏は、拉致問題に早くから取り組んできた政治家の一人であり、拉致議連の会長もつとめた。
・中川氏は、経済産業大臣の時、親中派の二階俊博が打ち出した「東アジアEPA(経済連携協定)」構想に意義を唱えた。
・中川氏は、毎年靖国神社に参拝することも欠かさない。
・中川氏は、非核三原則の堅持は当然”としながらも日本の核武装の是非について繰り返し“論議すべし”と言及した。
・中川氏は、日教組に対し「日教組の一部活動家は(教育基本法改正反対の)デモで騒音をまき散らしている」「(デモという)下品なやり方では生徒たちに先生と呼ばれる資格はない。免許剥奪だ」と、その活動を強く批判している。
・中川氏は、官憲(役人、特に警察関係)による慰安婦募集の強制性を認めた1993年の「河野談話について早期に見直しを検討・すべきだとの考えを示した。
・中川氏は、中国の脅威に対抗するために、インドやオーストラリアとの連携を促進するための議員連盟「価値観外交を推進する議員の会」の旗揚げに貢献した。
・中川氏の勉強熱心は有名で、官僚にとっては渡した原稿をそのまま読んでくれない、
扱いにくい大臣だったとのこと。
そして、中川前大臣が心血を注ぎ麻生前総理、与謝野前大臣と頑張って来られた政策の結果がリーマンショックで落ち込み6000円代に行きかけていた株価が、麻生政権が有ったこないだまで1万700まで回復していたこの現実・・・
明日は中川氏の死が相場にも悪影響を与えてしまうのではないでしょうか・・・米国の雇用状況の依然とした不透明感に加えて、日本自身の閣僚、内閣、政府の無為無策・・・
他国にしてみれば、これほど楽しいことはないのかもしれない・・・『六韜』と言われる大昔の古代中国にて編纂された国家戦略、戦術などを纏めたいわゆる兵法書・・・
その中で、
「交渉の為に隣国から使者が来て、もしその者が有能な人間ならば何一つ与えず返しなさい。
交渉の為に隣国から使者が来て、もしその者が無能ならばなんらかの成果をくれてやり、歓待なさい。
そうすれば、隣国では無能な者が重用され、有能な者が失脚するでしょう。
そしてやがては滅ぶのです」
そして
「まわり(マスコミ)が褒める人間を賢者だとみなし、貶す人間を愚者だと決めつけると、
仲間の多い人間だけが昇進し、少ない人間は退けられてしまいます。
こうなると腹黒い人間が登用され、その結果、
世の乱れはいよいよ激しくなって、ついには滅亡に至るのです」
六韜の中にある一説がコレほど当てはまる今の日本・・・
まさに亡国への階段・・・不安でなく明確な恐怖を感じる・・・
今はただただ昭一先生のご冥福をお祈りするばかり。
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