「開かれた市政をつくる市民の会」編集者ブログ

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 今年になってから読んだ記事の中で、一番衝撃を受けたのが次の記事でした。今の日本で子を持つことは「ぜいたく」なのか?」

以下、この記事の概要。

① 2012年のOECD報告によると、子育て世代(30〜40歳代の男性)を経済力別にグループ化して子を持つ人の比率を比較すると、日本の年収の低いランクの男性では子を持っている人の比率が著しく低い。世界最低のレベルと言ってよい。日本の一部の男性の間では、生物としての当然の本能である子孫を残そうとする意欲すら断念せざるを得なくなってきているらしい。

 この記事では数値表だけなので、主要諸国を抜き出してグラフを作ってみた。下に示す。日本だけが、年収と子供を持つ比率の相関傾向が他国に比べて段違いに高いことは一目瞭然だ。これでは、急速な少子化は当然の結果である。


 (図−1)
イメージ 1


 カトリック信者は離婚できないので結婚をためらうことが多いという説が一般的だが、上のグラフのスロベニア、フランス、スペイン、イタリアはいずれもカソリック教徒が大半の国である。にも関わらず、傾向がバラバラなのは不思議というほかはない。

 イタリアと言えば、「女性を見ればすぐに声をかける、チョイ悪オヤジだらけの国」というイメージが強いが、こと子作りに関しては日本とそう変わらないようだ。イタリアの事情については次の記事が詳しい。

 また、韓国では日本以上に格差が大きく、若者の多くが結婚を断念しているとの記事を最近よく目にするが、このグラフを見ると、年収と子供の有無の関係については韓国は欧州諸国とほぼ同じ傾向である。「貧乏人が子供すら持てない国」とは、韓国ではなくて圧倒的に日本のことなのだ。韓国叩きを売り物にして閲覧数を稼いでいる某全国紙系列のメディアがこんなデータを載せる事は絶対にないだろう。


 そもそも、韓国社会は日本よりも経済格差が大きいというイメージが既に一般的だが、各国のジニ係数 (この数字が大きいほど経済格差が大) を比較してみると、国民全体のジニ係数で韓国が日本を上回ったと言うデータは過去に皆無のようだ。そのような印象を持つのは、某紙のような特定のメディアが特定の年齢層(韓国の場合は高齢者層)だけを故意に取り上げて比較した記事を何度も書き続けているからだろう。記事の出所元も確認もせずに読んでいると、いつの間にやら洗脳されてしまうという典型例にほかならない。


 上に示した各国のジニ係数の比較図でみると、むしろ日本は経済格差が小さいどころか、主要先進国の中ではアメリカ、イギリスに次いで格差が大きい国なのである。そして、日本のジニ係数は近年急速に上昇し続けているのである


 なお、上に示したジニ係数に関する二つのサイトで特に注目されるのは、子供を持つ男性の比率が全ての年収ランクで90%以上と極めて高いスロベニアがOECD各国中でジニ係数がほぼ最低ランク、即ち、国内経済格差が最も小さい国であるということ。貧富の差が少ない社会だからこそ皆が安心して子供を作れるのだということを、スロベニアのデータは示しているのである。


 ちなみに、スロベニアの一人当たりGDPは日本の半分程度でしかない。決して豊かな国であるとはいえないスロベニアでは、大半の男性が子供を持ち育てると言う人生の基本的な幸福を享受している一方で、一人当たりGDPがスロベニアの約二倍の我が国では、自分の子供を一生持つことも無い男性の割合が年々増え続けているのである。国民の幸福とは、その国の一人当たりGDPの平均値によってのみ示されるものだろうか?はなはだ疑問に感じてしまうのである。

② 日本の総務省の2012年の報告によれば、正社員の年齢による年収カーブを既婚者と未婚者で比較すると、すべての年齢層において未婚者の平均年収が既婚者のそれを大幅に下回っている。 元の記事にはグラフしか載っていないので、それから読み取った正規職男性平均年収の具体的な数字を下に表で示しておく。

(表−1)
イメージ 2




 特に、45〜49才の未婚男性の平均年収は、同世代の既婚男性に比べて三割近く低い。既婚男性の多くには扶養者手当が付くはずだが、それだけではこれほどの差は説明できない。年収が低い男性ほど結婚が困難であるという傾向は明らかだろう。

③ 同じ総務省報告によると、正規職女性に関しては男性と逆であり、未婚女性の方が既婚女性よりも年収が高い。男女の賃金格差が大きいことと、結婚後は男が外で稼ぎ家事と育児の大半は女が引き受けるとの風潮が未だに根強いことが、その原因である。

 上の記事の①は30〜40代の全ての男性に関するものであり、②と③は勤労者世代の正規職男女に関するものである。既に、2015年時点で全勤労者の約四割が非正規労働者となっている。現在、非正規労働者の年収は正規労働者の約1/3でしかないので、既婚男性正規職と未婚男性非正規職の間の年収格差は非常に大きなレベルになっているものと推定される。

 今の日本では、非正規職男性の多くは結婚したくてもできないというのが実情であり、上の図−1のグラフに示した日本の現状の主な原因もここにあるのだろう。昭和の時代までは「貧乏人の子だくさん」とよく言われたものだが、現代ではこの言葉は完全な死語になってしまった。

 さて、この少子化問題の対策だが、一体どうすればよいのだろうか?まず真っ先に、非正規職と正規職の年収格差の縮小が絶対に必要であることは言うまでもない。一年ほど前、安倍総理は「同一賃金同一労働」のスローガンをさかんに唱えていたが、実際に具体的に進んでいるのだろうか?スローガンをとっかえひっかえして、選挙の前だけ声高に叫んでいるだけではどうしようもない。

 経済格差是正こそが最優先条件だが、日本の少子化にはそれ以外の要因もあるように思う。例えば、欧州諸国の失業率は、現在約3%の日本に比べはるかに高く、スペイン20%、イタリア12%、フランス10%、スロベニア8%、等々である。要するに日本以外の国では、「失業中であっても、しっかりと子供を作っている人が多い」ということが言えるだろう。社会保障の厚みが、日本とは元々から違うのだろう。

 ただし日本の場合、将来、同世代間と男女間の経済格差がある程度是正されても、まだこの「収入差に伴う結婚格差」は世界各国並みまでには改善しないのではないかという気がする。それは、わが国に特有の、「自分の人生を自らの責任で決めることをなるべく避けようとする心理」が障害となるように思うからである。

 話がかなり遠くに飛んでしまうのだが、ここで各国別の国民の起業意欲の差を見てみたいと思う。既に存在している会社への就職と、自らが主体となって事業を立ち上げる起業とでは全くその内容が異なる。就職の場合には、既に存在する組織や他の社員に自分を合わせさえすれば何とかやっていける。しかし、自らの力を頼りに商売を立ち上げる起業では、多くの場合、自分以外にはどこにも逃げ場はない。会社の成功・失敗を問わず、自分で事業を始めた以上は最後まで自分に責任がついてまわる。

 どこにも逃げ場がなくて少なくとも結果の多くは自己責任という点では、結婚も起業も似たようなものである。一人の異性(・同性?)と一生をつきあう(つもりで)踏み切る結婚と、会社の起業とは、極めて共通性があるように思うのである。

 各国の起業意欲の比較資料はあまたあるのだが、いずれでも日本人の起業意識は世界で最低との結論である。ここでは次のサイトを紹介しておこう。単に各国の数字の比較にとどまらず、その背景にある意識の内容まで触れているところが興味深い。

 これを読んで情けないのは、去年公表された最新の調査結果であるというのに、今の日本人が一番希望している職種が、未だに「公務員」や「企業の事務職」であるという点だ。自分自身が決断してその結果に責任を持つという場面のなるべく少ない仕事につきたいという意識がミエミエなのである。鳥取県東部特有の「煮えたら食わあ」意識は我が鳥取市周辺に限定の症状かと思っていたが、いつのまにやら日本全体にまん延してしまったらしい。

 筆者は、数年前まで日本と中国や韓国の間を行ったり来たりしながら仕事をしていたのだが、いつも気になっていたのは、中国人・韓国人の仕事に対する意識と、現地で勤務する日本人のそれとの間にあまりにも大きな違いがあることであった。中国人や韓国人は、どんなレベルの仕事をしていても、常に少しでも給料の高い仕事につこうとする努力を惜しまない。それは技術習得の面でも、他社への転職情報の入手でも同じことであった。彼らの多くが思っている夢は、「いつか独立して、小さいながらも店や会社を持って一国一城の主になること」であり、自分の人生に対しては、どういうレベルであれ何かしら自分自身のプランを持っていた。

 他方、現地日本人勤務者のほぼ全てが日本からの(大半は鳥取地区からの)出向者であったのだが、彼らはただ日本の本社の異動命令に従うだけであり、数年間、時々は愚痴を言いながらも、ひたすらに日本に帰る日を指折り数えて時間をつぶすというのが多くの社員の取る態度であった。要するに、少なくとも自己の仕事人生に関しては徹頭徹尾受け身であるというのが、典型的な日本人の処世術なのである。

 あらゆる情報や機会をとらえて自分の人生を切り開こうと努力し続けている中国人や韓国人と、一時の島流しか物見遊山気分のままに目標も持たず、無為に、受け身に過ごしている日本人の間には、数年間のうちに大きな差がついてしまうのは当然の結果であろう。かっては日本の稼ぎ頭であった産業の多くで日本企業が衰退し続けているのには、こういう背景があるのだと思う。

 過去の日本では、結婚も就職も、親戚や近所など周りの人の勧めるままにしていれば何とかなったものである。筆者は1970年代後半に大学を卒業した。今でもそうなのかもしれないが、当時の工学部の就職は、研究室の教授の所に集まって来た各社の求人票に対して四年生各自がくじを引いた結果で就職先を割り振られるのが慣例だった。(自分の人生をくじで決めるなんて!羨ましいどころか、むしろ気の毒に感じたものだが・・。筆者は工学部ではなかったので、自力で就職先を探した。)

 1990年代に入り、東西冷戦が崩壊して全世界が資本主義の単一市場になってからは、国際競争も激化して以前のような悠長な時代ではなくなってしまった。既に、自ら「出る杭」にならなければ激しい競争には勝てなくなっているはずなのだが、そのように行動したとたんに、「空気が読めない奴」と周りで脚を引っ張り始める連中は未だに多いらしい。

 結婚に関しても、平成に入ってからは見合いという習慣がほとんどすたれ、町内には必ずいた世話焼き好きのお婆さんたちも、ほぼ姿を消してしまった。地域や親戚の関係性がどんどん薄れているのだが、日本人の、特に男性のメンタリティは、未だに昭和やそれ以前の時代の、「自分からアピールしなくても、いつかは周りが何とかしてくれるだろう」という態度を引きずったままのように見える。

 「男は外で稼ぎ、女は家で家事と育児に専念すべきであり、それすら保障出来ないような稼ぎの少ない男は、元々から結婚すべきではない」との昭和の時代の意識が、この記事の最初に示したグラフの結果を生んでいるのだと思う。時代が大きく変わったのだから、早くアタマを切り替えないといけない。嫁さんが自分より稼ぎが多いのなら、男の方が家事にかける時間を多くすれば、それはそれでうまく収まるのである。

 最後になるが、最近、もう一つ面白い記事を読んだので紹介しておこう。

 OECDによる48カ国の高校一年生を対象とした生活満足度の調査結果である。非常に興味深い内容満載だが、日本に関するところだけをピックアップしておこう。

・女子生徒の生活満足度が男子生徒の生活満足度よりも高いのは、48か国中で日本ただ一国だけ。
・この理由は、現在の日本の女子高生が、古い道徳からも、新しい規範(ファッション等)からも比較的自由だと考えられるため。
・日本の女性全体の生活幸福度も日本男性より高く、男性の幸福度との差は世界でもトップレベルにある。
・日本の男性の生活満足度、生活幸福度が女性に比べて低い理由は、「男はこうあるべき」という過去の道徳観に未だに縛られているからだろう。

 確かに、街を歩いている高校生を見ていると、ほとんどの男の子たちは下を向いてボソボソと話しながら歩いているが、女の子たちはしっかり前を向いてキャッキャッと楽しそうに歩いている。時々、大学生と話す機会もあるが、男の子よりも女の子の方が自分の人生設計をしっかりと持っていて、何事にも積極的だと感じることが多い。

 筆者の知人の娘さんも、学生時代に欧州に留学して以来、毎年のように一週間ほど欧州やその他地域を再訪しては旧交を温め続けている。一方でその弟さんはと言うと、日本から一歩も出ることも無く、ひたすら家にこもってアニメに夢中だ。これからの日本は、女性が主導したほうが日本全体がうまくいくような気がしないでもない。

 以上で紹介した二つの調査の結果から考えると、日本の男は、「男はこうあるべき」との古い道徳観から早く解放された方が今よりもストレスが無くなって幸福になれるし、独身である場合には、より結婚もしやすくなるだろうということ。これが今回の結論でしょうかね。

 中味も無いままに、格好だけ男のメンツにこだわっているようでは、可愛くて優秀な日本の女の子たちは、皆、外国人の所にお嫁に行ってしまうかもしれませんよ!日本の男の子たちよ、もっと、しっかりしましょう!

/P太拝

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