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No.2672
雨が止むかもしれない・・そんな思いで出雲佐田町、須佐神社まで。この神社は
素戔嗚(すさのお)の終焉の地です。日本一のパワースポットと
言われもします。宮には七不思議もあって、年中旅行者や参拝者があります。
当地では「節分荒れ」と言われ、風が強い、今日がまさにそれ。
以前はこの日は吹雪きになったりして、道路も凍結し車で行くのも難儀しました。
今日は雨が止まず、節分祭も外部からの人出が少なかった。
境内で福餅の輪を頂くだけにして、下が濡れているので豆を拾うのはやめました。
カメラも濡れますので・・写真も撮らず。
二年前の写真です。
神社にちなみ、巫女さんの俳句をふたつ
巫女というのは、職業とは云え、とても魅力的だといつも思います(^^♪
舞やお神楽、覚える作法や神事のしきたり、とても大変だそうです。
巫女舞をみるとこちらも神妙な気持ちになります。
特に美保神社では朝夕に神様にお食事を供える。その都度お神楽を舞うのですね。
この舞をみるたび、天女の舞だと思うほどです。
いつまで見ていても飽きることがない。巫女さんの姿勢、ふるまい・・凛として気品に満ちています。
この時ばかりは、神様に嫉妬を覚えることさえありますよ(笑)
「節分祭朝みけ供す巫女の舞」 さんせい」
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神社・神話・風土記
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No.2662
連日素晴らしい天気とは言えませんが、冬としては温いと言っていいでしょう。 畑に菜の花ですね〜。
出雲斐川町。 マガンの群れ。 いつもはコハクチョウが餌を食べていますが・・
この日はマガンに出会えた。
北山につながる「大船山」。この山も「仏経山」と並ぶ、出雲では
神名備山と呼ばれます。
山そのものがご神体。その昔は禁足地だった。
その神名備山の奥
以前から気になっていた、出雲と福岡県の宗像との関係。
古代には九州王朝があったという説、今ではそれを否定する歴史研究家
はほとんどいない。
当然そのころ出雲王朝もありました。
九州と出雲はどんな関係だったか・・そういう手掛かりを文献だけじゃなく
神社の由来で調べてはいましたが、想像でしかない。、お互いに出雲と
九州は行き来があったのだろうと思います。かなり頻繁に。
出雲大社の大国主命は、宗像の三女伸の一人、多紀理比売(タギリヒメ)を。
何番目の奥さんか知りませんが、娶っています。出雲大社の本殿の
すぐ西隣の「筑紫社」にタギリヒメをお祭りしています。出雲はタギリヒメの
存在を特に大事にしているということです。
九州との関わりをいまに残す神社が。
斐川町から行く北山の奥にひっそりと「宿努神社」(すくぬ神社)があります。
「すくぬ神社」の主祭神は大国主命と多紀理比売(タギリヒメ)の孫にあたる、
「多岐都比古命」タキツヒコです。この神様は「古事記」や「日本書紀」に見る
ことはできず、「出雲国風土記」の中にだけ登場します。
出雲在地の神です。
タキツヒコという名前をみますと、宗像三女神のタギリヒメの妹の
多岐都比売(タキツヒメ)を思い浮かべます。つまり祖母の妹の由来を
名乗っているのです。
タキツヒコは大国主の孫であり、あまりメジャーな神様ではないですが、
「九州」の王朝の流れを受け継ぐ重要な神様だということが分かります。
多岐(=滝)。写真は撮れませんでしたが、神社の下を流れる「虹が滝」と
呼ばれる場所があります。
タキツヒコのタキツの意味は早瀬・急流で、激しく水が流れると言う意味です。
滾(たぎ)つです。
何となく九州王朝の血の意気を感じる言葉に思えてしまいます。
出雲一族と九州の宗像一族の痕跡はここ以外は見ることが出来ないです。
夏になったら滝の流れを見に行きたいと思っています。
「妻問ひの命通ひし落葉径」 さんせい
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No.2647
冬としてはお天気はそう悪くはない。
とにかく雪さえ降らなければ、快適に過ごせます。
正月7日の昨日は、各家庭で七草粥、これも無病を願う行事のひとつ。
各神社では、初詣も終わり、それぞれの地域に根差す神事などが始まっ
ています。
松江市の笠浦漁港では、今年の漁の安全と豊漁を願う「龍神祭」が行われた。
稲藁で作った小舟(2m)を祝い唄を歌いながら海へ送り出す。漁村の人や、
見物人が静かに手を合わせる。
島根町では、農業の豊作を祈るお祭り。大人が牛の面をつけ「も〜」鳴き、
四つん這いで神社の拝殿を牛のように歩けば、参加者が竹の先に餅を付けて
牛の尻を叩く。女性らは餅を持って稲を植えるしぐさをし、共に豊作を願う。
隣の大田市「物部神社」では、大勢の参拝客の中、「鬼」と墨で書かれた
弓の的に向かって神職が矢を放つ「奉射祭」が行われた。弓の会員や中高生
の弓道部も加わり、弓の上達を願う。
祀られる神は武道・武術の神。今年の事始めの大祭である。
美保関の「片江」では無病息災を祈る有名な「墨付けどんど」。
神社に集まった町の女性が炭を粉にして、お神酒を混ぜて溶き、
神輿の男衆に同行。外に出て祭りを見る町民や見物客の顔に
その墨を塗りつけるという奇祭。沢山顔に塗られるほど福が多いとされる。
このお祭りでは、結婚や子供が初めて生まれた家、良いことのあった家の
若い男は漁村の男衆に担がれ海に放り込まれる。
ことほど左様に、しばらくは近郷では奇祭、福を願うお祭りが目白押しです。
墨付けどんど」美保関、片江地区
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No.2637
神楽という伝統芸、これは年中通して島根地方ではお祭りやイベントなどで
披露されます。
大分県の高千穂地方、広島県の山間地にも神楽社中が多いです。
特に田舎の神社では秋祭りのとき、神楽の社中を招いて余興として拝殿の
畳の上で舞われることが多い。神楽の演目の数はどのくらいの数かは知り
ませんが少なくても五〜六十はあると思います。
郷土の言い伝えや、古事記に書かれた神話を勇壮に舞います。
代表的なものは、スサノオが大蛇を退治する話。
天の磐戸の物語、出雲の国譲りなど・・
私も神楽は大好きです。あまり上手でない舞いですが里の神楽は素朴で
とても味わい深いと思います。
わが町にも男女の神楽の社中がありましたが、女子は嫁に行ったり、
男は仕事に追われたりで次第に廃れてしまったとのこと。
「神楽」が冬の季語なのは、昔から宮中で12月の吉日に神楽が奉じられ
てきたからです。
大社町の神楽。 スサノオと稲田姫の物語。
舞う人も若い人が多くて驚きます。
普段は銀行員とか若い商店主など、面を取ったら役に似つかない
童顔だったりします。
今までに溜めていた神楽の公演の写真を拾い、拙句を添えておきます
出雲神楽「おろち」。ヤマタノオロチが姫を食べに来るのを退治するスサノオが
この後登場します。おろちとスサノオの戦いの舞。
お囃子の笛や太鼓の節やテンポも急展開します。
「里神楽おろちの首の転げ落つ」 さんせい」
島根西部、「石見神楽」いわみ神楽
おろちの仕掛けや衣装の立派さで知られています。
ドイツ・フランスなどヨーロッパの富裕層を狙ったインバウンド促進が
JTBと提携されている。
普段の練習も仕事を持ちながらですから、大変と思いますが
好きこそ物の上手なれ・・根っから神楽が好きなのです。
汗をかくスポーツと同じかもかも知れません。
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No.2606
今日は旧暦の10月17日。
出雲大社に参集の神々が、大社を出立し、一旦松江の佐太神社へ移ら
れる日。
佐太神社におられる天照大神、須佐之男に挨拶に向かう・・という。
佐太神社では、今日が神迎えの日。
あいにくの霰の降る日のようです。
神々とともにお天気もざわめくということでしょう。
由緒ある神社はどちらも一週間の神在の一大神事のようですな。
さてそこで、面白いことに、どうしても出雲に来られない神さまもいらっしゃるようです。
例えば金毘羅さん。言い伝えでは金毘羅さんの大祭と重なるからだそうだ。
他には火の神として、窯元や家の台所に祭られる竈神、また田の神も。
道や境介を守る道祖神・・家の災難を防ぎ安産や夫婦円満の才の神など・・
これらの神々は、それぞれの守るもののために一時も留守にするわけに
はいかないようです。
天神さまは、ほかの神さまより先に出雲にお出でになり、お帰りも早いとか。
八百万の神々にもいろいろなご事情があるようです。(^^♪
神々が、会議をなされた出雲大社・上の宮。
また来年まで鍵を閉めて・・
「ちぎれ雲迅し神去ぬ気配かな」 「神等去出の前ぶれならん海騒ぐ」
さんせい」
「荒神の帰り給ひし風ならぬ」 「神等去出の荒るる湖岸に捨て鋤簾」
さんせい」
さんせい」 |


