|
No.2633
さあ、どこに出かけようかな〜、と思ったら雨ですわ。
朝からどんより空で、目覚めたときには靄の中に満月が浮かんでいた。
しかしすぐに雲の中に消えてしまう。山影と白いぼやけた月をうまく写して
やろうと意気込んで庭に出たとたん月は姿を消してしまい、それっきり。
カメラ友さんのような、冬らしい写真。松江城と松の木、そこで満月のコラボも
いつか写してみたい。
いずれにしても、山陰・出雲の自然は自分の思うようにはいかない。
春先までは毎年のことながら、不順な天気が続くことになります。
こちらのことわざで「弁当忘れても傘を忘れるな」と言うほどです。
冬至で半年の折り返し、これからほんの少しづつ日だけは長くなっていき
ますが、冬はこれからが本番です。早速27〜28日には雪マークが表れて
いますが大雪にならないことを願います。
花鳥風月・雪月花」と日本の四季は風情にあふれていることは重々分かって
はいますが、天が与えてくれる季節に不満を言い出すのは、思うようにはいか
ない自然への不満。人間の傲慢かもと。
暑い寒い、雨や雪の自然に合わせることができなくなった体になって、、。
それは知らぬ間に歳を食ったということだと思います。
そういうことです・・
いい写真がありました。元総理大臣の細川氏の陶芸・美術展に
松江まで出かけた時の写真です。
政界を去ったあとは、心安らぎ風流の世界に浸っておられるようですね。
印象的だったお気に入りの屏風。
書かれているのは・・五七五七七 四季を愛でた短歌ですね。
春は花
夏ほととぎす
秋は月
冬雪冴えて 冷しかりけり
きょうの一句、
クリスマス・そして年の暮れ
街では聖樹・イルミネーションと一年の悪いことを忘れさせてくれる明りに
華やいでいます。
吊られた人工的な明かり、電球同士が風に揺られてぶつかり、からからと
音を出していました。乾いたような音に聞こえたのが、来る年の災いにも
つながるような不安も浮かんでくるのです。
「街に吊る明かりからから十二月」 さんせい」
更新してます、よろしかったらどうぞ
|
世相・社会
[ リスト | 詳細 ]
|
No.1842
「日 記」
上孫の友達のお婆ちゃん、自分と年は同じくらい。
大阪のお土産です、と持ってきてくださった。大阪のお菓子。
聞けば、向こうに住む娘さんと(娘さんだって30代でしょう)二人で
「嵐」というグループのコンサートに行ったとか。
カミさんに「嵐」って何?と聞いたがグループ歌手らしい。よく知らんと言う。
そうだよな、よほどじゃないとコンサートまでは。
* * * * *
ここからは産経新聞の「産経抄」を引用します。
*50年前の今日、あのビートルズが初来日した日だそうだ。
当時は国論を二分するほどの騒動だった。
マッシュルームみたいな髪型でハッピを着て羽田に降りた。
それは私でもテレビニュースで覚えている。
すさまじい人気。一方、中・高校では公演に行かないよう、警告が出た。
竣工したばかりの日本武道館、公演を主催する読売の正力松太郎氏が、
「ペートルって何だ?武道館を使わせるわけにはいかない」と息巻いたそうだ。
しかし後に、それを聞いたP・マッカートニーが「ロンドンの王立劇場で
日本の舞踊を公演しても誰もおかしいとは思わない、日本も英国も伝統や
新しい文化を重んじる国だ」・・と。
見事な答えであった。
その武道館には若者に混じって、三島由紀夫も来ていた。
「ビートルズ見物記」には舞台より客席を見ているほうがよほど面白く、
現代の若者を知ることが出来て良かった」と書いている。
女の子たちは、髪をかきむしり、やがて誰もが泣きだしながら
「レノン!ジョージ、ポール!リンゴ〜」と叫び出した。
公演が終わっても、ホテルの屋上から両足を友達につかまれ、逆さづりに
なってメンバーの泊まる部屋をのぞきこもうとした命知らずの少女たち。
決して笑えないことがあったのですね。
当時田舎の中学生の自分にはよく解らないことだらけでした。
今言えることは・・そんな彼女たちも、いまでは孫たちのアイドルコンサート
に行く姿を微笑んで見てる年代でしょう。
今夜はビートルズのアルバムに耳を傾け、青春の日々を懐かしんだら良い。
あ〜それも青春!すばらしい!、とてもいいことです。
「暁のうつつおぼろの虎が雨」 さんせい」
またよろしくお願いします |
|
No.1829
「新聞を見て」
舛添都知事は旗色が悪くなったようですね。これを「四面楚歌」というのかな?
やっぱりね、最初のころの言い分がひどすぎました。
自分でやったこと言ったこと、誰に会ったかぐらいは覚えているだろう。
それをすっとぼけていた。あれじゃ都知事として信頼出来ない。
かつてリクルート疑惑での論評は大変鋭くて人気が急上昇、当時の社会党を論破した舌鋒も
感心したものだが、どうしたのでしょうか・・今となってはいさぎよく、男らしくです。
川柳「頂点を極め退際忘れたり」 さんせい
さて、きょうの一句
「コンビニを出づれば夏の北斗かな」
昨夜は家の回りに来た蛍をひととき見ていた。
網戸を開ければ、蛾が入るので、明りは全部消して。星もきれいでしたね。
「
「
「
「
「
を飲んでるし、お母さんは数え切れないほどの薬だよな〜、参考のために」
「
「
「
「
「
「
「
ヌード写真が氾濫しています、チトどうにか出来ませんか週刊誌さん。
参加してます
い子 👈ブログはこちらから
|
|
No.1811
アメリカ大統領が初めて、いやついに被爆地を訪問し犠牲者へ献花しました。
良かったな、という感想です。
新聞やネットで見たオバマ大統領が被爆者代表の方を抱きしめた写真。
歴史的な写真です。
ひょっとするとピューリツァー賞にもなるほどの写真ですね。
私の感想は、それほどインパクトある写真だと思いました。
涙を流しながらの被爆者の方、、きっと「過去のことはもういい、うんざりだ。
未来の人類の子孫が同じ苦しみを味わってはいけない・・」
涙の顔が物言わずとも語っていたように思えます。
湯川秀樹博士の言葉「核保有国の既得権益によりかかった平和構想など、
まったく説得性など持ち得ない」 その通りだと思う。
戦争への過ちと平和への誓い、オバマ氏には大統領任期を終えたあとも、
核の無い世界に向けて頑張って欲しい。
先進7か国の伊勢志摩サミット、各国首脳が伊勢神宮を訪問した。
いつか「出雲サミット」が開かれ、神在月に八百万(やおよろず)の神々が集う
出雲大社にも7か国首脳が集まっていただきたい。
いま世界の紛争には少なからず民族の「宗教」がからんでいる。
宗教紛争が絶えない歴史を辿っている世界人類です。
出雲大社を訪問すれば、神々が仲良く集っている日本の文化を見ることも
出来るでしょう。
そんな夢をみているところです、。
昨日のブログに書いた神話の川「斐伊川」です。
出雲市内では大きな川幅になり「宍道湖」へ水がそそがれます。
この自然の砂に濾過された水が市民の水道水となっています。
写真は「神立橋」から、奥出雲方面を。
「大斐伊の蛇行大きく風薫る」 さんせい」
ご面倒でしょうが・・
|
|
No.1582
「曲がり来て萩に隠るる小流れ」 さんせい》
流れを覆い隠すように萩の花が咲いている。
流れは山を下ると町の神戸川にそそぎ、そして最後は日本海へと出る。
どんな小さな流れも最後は大海へと・・
「ジョコビッチ選手」 スポーツ欄を読んで。
お隣りの松江市出身の、錦織選手が準優勝した昨年の全米オープンテニス。
あれを契機に、世界でも指折りのテニス選手となった。
今年はノバク・ジョコビッチが優勝した。 と今朝のニュース。
スポーツ欄が一番いい。プロ野球中日の、谷繁選手、生まれは広島の山の中だが、
出身校は島根の江の川高校。
彼がキャッチャー四番で、甲子園へも導いている。高卒でプロの横浜ホエールズへ。
当時は古葉監督だったと思う。いい指導者にも出会ったと思う。
怪我の多いキャッチャーで最多出場記録は、大したものだ。
衣笠選手、金本選手に並ぶ鉄人だ。
横綱白鳳は、初日に島根は隠岐の島出身の「隠岐の海」に完敗、二日目も負け。
負けたことが大見出しになることも驚きだ。勝って当たり前の力士ということか。
そのジョコビッチのこと。何年か前、ドキュメンタリーで見たことを思い出した。
セルビアで生まれたのは29年前のこと。
小さい時からラケットを持ちボールを打っていた。
ところが、12歳の時、悲劇が起きた。旧ユーゴスラビアのコソボ内戦だ。
アルバニア人を虐殺したセルビアは国際社会から非難をあび、NATO軍の空爆をあびた。
両親は大借金をして、子の安全と好きなテニスのため、ドイツに留学させた。
やがてプロになっても鳴かず飛ばず、実力がやっと芽生えたときも、フェデラーやナダル
の前に手も足も出なかったようだ。
「成長のためのレッスン」・・前向きさを失わず、ついに世界ランク一位の座に駆け上がった。
試合で窮地になっても笑顔を見せる・・その裏には少年時代の苦難と運命を受け入れた
強い心があるのだろう。それを力の源とするたくましさ。
ジョコビッチ選手に限らず、一流と言われるスポーツ選手には、新聞の見出しでは決して
解らない忍耐と努力があるのだと・・日本人ってこういう人物語が好きなんですよね。
|
またよろしくお願いします 


