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No.2271
寒い時は何でもいいからとにかく温かい物を食べたくなります。
かといって熱すぎるのも口が火傷します。鍋物を取ってすぐ口にもっていくのは苦手。
程よいぬくもりの麺類が一番いいです。時節柄新蕎麦の美味いこと。
今年、奇遇にも旧友の蕎麦屋を知ることになった。足しげく通って売り上げに貢献している。
客の混んだ昼時は大抵はカウンターで蕎麦を喰う。ところが右隣のお客が左で箸を使うと
私の右ひじに触れんばかりで気になることがある。
箸と鉛筆は右手でとしつけられたが、、若い人達を見ると箸もペンも左手の者が目につきます。
かくゆうわが息子も左手で食事をする。だから息子の左側には座らない。でもペンは右手だ。
たぶん小さい時、私(父)の向かいに母親と座っていたので、父の右手に合わせて左で箸を持つ
ようになったと本人は言う。鏡を見る感じですかね。
ボールを投げるのは右手、しかしバットは左。これは娘も同じだ。アメリカ球界で大記録を作った
イチローも右投げ左打ち。(一塁へ走る時一歩速くベースに達するらしいから得ですね)
左利きがいけないことは決してないが、役所や銀行などで左で字を書いている人や、
書類などをめくる仕草にも・・よけいなお世話だが気にしだすとやはりぎっちょは気になる(^-^)
「新蕎麦食ふ隣の客は左利き」 さんせい」 季語:新蕎麦(秋)
蕎麦ぜんざい・・ん〜一度食べたらもういいかな(笑)
長年同じことをやっていると両手が自在に使えるようになるようだ。
蕎麦をこねたり切ったりすると右左関係なく器用になるようです。
字も右でも左でも書けると言うからすごい。
同い年の女にしては腕力も強い。
そういえばピアノが弾けるのも左右の手が均等に
使えるからでしょうか。
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人間
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No.1906
車を運転するときは、暖房とかクーラーを付けていても、窓を3cmほど開けて走る。
外の空気が少し顔に当たるのが好きだ。閉じ込められた感じも解消できる。
昨日の夜、義妹の家から帰るとき、ところどころで、窓から金木犀の香りが入ってきた。
どんよりした風の無い夜はことさら香りが強い気がします。
今日は娘の婿殿が来ている。子ども達も大喜び。午前中は公園に連れて行ってもらったようだ。
何もご馳走はないけど、お昼はカミさんが干し蕎麦を湯がいてくれた。いいですね、出汁に氷を
入れて冷やし蕎麦。
それはいいとして、娘は27日の出産予定が過ぎ、もう5日目、見た感じ下腹はプクと出張ってきたようだが、一向に産気付かないようだ。ケタケタと笑ってばかりいる。
ホント産まれるのかね〜、老爺心から心配です。
赤ん坊はいつまでも腹にいればいくらでも大きくなるじゃないですか。
何かで読んだが、原始時代の人の赤ん坊は数年もお腹にいて、生まれたらすぐに
歩いていたとか。
シカや山羊のように、人間の赤ん坊も生まれてすぐ逃げることができなきゃ身の危険が
あったのでしょう。
男は食料集めに出かけ、女が子どもを敵や獣から守る。女の方が闘争的でたくましかった。
やがて火を使うことを知った人間は夜の危険もなくなり、子どもが襲われることも無くなり、
女は出産を楽にするために、次第に子供を小さく早く産むようになったとか・・
ほんとらしい推測ではありますが。どうでしょうか?余談でした。
「手すさびの草引く刀自の十坪畑」 さんせい」
何かと忙しくて、厨の裏畑、たくましい刀自さまのちょっと料理に使いたい便利畑。
先日来の雨に油断したら草だらけ。また暑い日となったが、1馬力で手早いこと。
蕗のとうがよく生えるところで、爺が草取りなどで足を踏み入れたり、よけいなことをすると
叱られます。ハコバンのミラーに映っていました。気付かれずに写したった(・。・)/
どうぞよろしく
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No.1733
「須我の宮あたり最も霞立つ」 さんせい」
「須我」は出雲より南の大東町にある「須我神社」のことです。
あの出雲国のスサノオノミコトの都があった地です。
全国にある「須賀」の地名や神社名はこの「須我」から
きていると言われています。
日本の神社の原点とも言える神社ですね。
昨夜の強風はすごかった。「春疾風」と言われるものでしょう。台風並みの風。
一夜明ければ、風は止んだが、雨雲に覆われまたまた雨天。やがてそれが牡丹雪に。
そしてこの時間は少し日が差して、また風が強くなっている。
春ってこんなに空模様がコロコロ変わるものとは・・やはりどこかおかしいのでは。
この分だと北国はもっと荒れた天気ではないだろうか。
年間の積雪量を調べてみた。一位は青森、次いで北海道、山形、秋田、富山・・
島根県は14位だ。
そのついでに、最高気温も調べた。一位は埼玉で、群馬、岐阜、山梨、京都・・と続く。
島根は34位である。
積雪の多さは、北西の季節風の影響を受ける日本海側の特徴だ。
同じ日本海側でも、山口、島根はそれほど多くは無い。
なぜかと言うと、島根は北西にあたる朝鮮半島との距離が近いため、半島から来る季節風が
島根に来るには風の通る海が短いので水蒸気をさほど蓄えることが出来ない。
たしかに昔からそうだ。島根は細長い県で、西部地方と比べて東に行くほど雪が多い。
だから日本海側に沿って列島を上に行くほど、雪が多いのはそのためだ。
でもね、豪雪や厳寒、また猛暑などの自然環境が良い意味で県民気質を鍛えることに
なるのです。辛抱強い精神が気候によって育まれていく、ということだと思います。
たしかに、青森や東北の方たちの辛抱強い気質には頭が下がります。
島根県内でも、奥出雲は雪の量が半端じゃないところがあります。辛抱強くなるのでしょう。
スサノオノミコトもなぜわざわざ県内でも寒いところを選んだのか・・冬は活動が出来なかった
だろうに。それとも古代と現代では気候が違っていたのかな。
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No.1707
宍道湖畔、平田地内
「農道を歩く鳥をり日脚伸ぶ」 さんせい」
右見て左見て、安全確認で渡る・・交通法規など関係ない、安全と
判断すれば、信号赤でも道路は横切っていいんです。でしょうか?
出雲地方で「だんさん」という言葉は、「旦那さん」。
明治・大正、昭和初期生まれの方たちは、「だんさん」をよく使っていた。
「・・さま」ではなく必ず「・・さん」だ。
たぶん親しみを込めて妻が夫をよぶときにも使われていたかも知れないが、
大抵は町医者や政治家、また老舗の豪商など地方の名士を指す呼び方だ。
なぜか普通の警察官までもそう呼ばれていた。学校の先生もそうだ。
これらの職業人に特別な思いを込めて「だんさん」と敬っていた昔の人たち。
ところが、近年というか・・毎日のように「だんさん」による不祥事が後を絶たない。
そんなバカだんさんの事件が目立ちすぎるのです。全国年間通せば、何千もあるだろう。
当地でも覚えてるものをあげれば、病院研修棟に放火した医者、
パチンコに行きコインを盗んだ教師。女児誘拐未遂の巡査。
・・・書いたらキリがないからその他エトセトラだ。
今日の新聞の大阪府警はいったい何?。犯人捜査なんかやってないじゃないか。
一部の不心得者の所業かと思ったら組織ぐるみで常態化してるともとれる。そうなら最低だ。
こうした報道に接するたびにいわゆる「聖職」と尊敬される職業のイメージを損ねるのです。
島根県内に14歳になると「立志式」なるものを行う中学校を知っている。
生徒たちは人生の目標を語り、大人への自覚を深めます。
昔の「元服」ですな。将来「だんさん」を目指す子もいるだろう。
人生のスタートの春は間もなくやって来る。
それぞれの「だんさん」職に合格するのはたしかに難関だ。
四月から全国には多くの新しい「だんさん」達が働くことになるけれど・・
その名に恥じない仕事ぶりを期待してますよ。人生の誘惑や荒波を乗り越えてください。
怒濤の冬の日本海
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No.1696
日本語について考えました(^-^)
大層な言い方になりますが、俳句をかじっていますと、、ちょっとした
ちいさな言葉でもその意味が全く違ってくることを実感することがあります。
短い言葉(十七文字)に省略し奥深い世界を凝縮させるのが俳句なのですが、
以心伝心の心遣いなども俳句には求められます。それでいて、作者は本当の気持ちを
句の中に隠しているのです。俳句の良し悪しは読者が決めると言われるのは、読者に
感銘を与えることが出来てるかどうか、読者の想像力が省略された言葉を補ってくれるのか
どうかということです。
美しい言葉というものは、重い内容を軽く表現するところから生まれます。
読者に何の苦労もなく作られたと感じさせる俳句は、それは苦心の跡が完全に消し去られて
いるから。
その人の気持ちを隠すというのは普段の会話にも見られます。
日本文化の特徴に「察し」の文化があります。短い言葉にその人の心を察し理解する。
「お茶が入りました」恩を着せない言い方。お茶がさも自然に入ったように話す。
お茶を入れるのに失敗したら「茶碗を割りました」などと言う。
自分の手柄を表さず、しかし落ち度ははっきり認めようとします。
人の家を訪ねたときは「すみませんーごめんくださいー失礼しますお邪魔しました」と
謝り続けるのです。その上にお辞儀の習慣もあるのですね。
この挨拶も「察し」の文化のひとつだと思います。
今日はかつての父親の同僚であった方が90歳でお亡くなりになり葬儀に行ってきました。
父が亡くなった時に、友人代表でお言葉をいただいた方。長いご病気だったそうだ。
きょうの奥様のしっかりした挨拶がとても上品で洗練された言葉に聞こえました。
確か短歌に精通されていたと思います。美しい言葉は心に響くものですね。
今日も寒いです。明日はもっと気温が下がるとか・・
「冬木立風しょうじょうと哭きにけり」 さんせい
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