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玄海原発の再稼動が二転三転している。
現在は玄海町長によって再稼動了承撤回が宣言され、再稼動できない状況だ。
一度許可すると言ったが、ストレステスト問題と九電やらせメール事件で白紙撤回された。
原発の再稼動には、原発がある市町村の長と都道府県の首長の許可がいるらしい。
もし、今回の再稼動了承撤回に至ってなかったならば、
おそらく佐賀県知事の了承をもって再稼動が決まっていただろう。
不幸中の幸いということか。
こういうことがあると、大きな黒い力が裏で動いていると感じてしまう。
電力会社の黒い金、政治権力、役人、マスコミ、
それから背後にアメリカまで想像してしまうのは勘ぐり過ぎか?
そもそも今回の原発再稼動の問題について根本的な部分からおかしなことになっている。
まず、再稼動を決めるのが原発を誘致した地方自治体と都道府県知事の了承のみで、
手続き的には可能となってしまうという事がある。
これは、今回の地震とその後の原発事故を目の当たりにした国民としては、
どう考えても改正しなければならないだろう。
一度事故を起こしてしまうと、それがある市町村にとどまらず、県全体、
いや国を超えてそれ以上の広域に被害が広がってしまったことは小学生でも知っている。
このことが分かっていながら、知事と町長の了承だけで良しとする神経が理解不能だ。
この民族は学習能力がないのかもう事故は絶対起こらないと楽天的なのか?
こんなことも分からない政治家は幼稚園児並の知能しかないのか?
2つ目には、原発事故は必ず再び起こることは自明という事だ。
起こるか起こらないかではなく、それがいつ起こるかという問題なのだ。
理由は簡単、壊れない機械は絶対にないということ。
付け加えるなら、人間のすることには必ずミスが起こるということ。
証明終わり。
こんな自明なことはない。
ほんとアホでも分かる。
絶対に原発事故は起きる。
そのときの被害が今回の福島以下に収まってくれるという保証はない。
それはいつなのか?
明日かもしれないし、10年後かも分からないし、100年後かも…。
それは確率の問題だ。
たとえば自動車事故を挙げる。
統計によると2009年度の運転免許保有者数が約8000万人で、交通事故発生件数は約73万6千件。
1990年の約6000万人で64万3千件だから、
1990年には保有者93人に1件であったものが、2009年には108人に1件になっており、
割合的には少し改善してきている。
これは、日本の道路事情、免許保有者数、自動車の製造技術、免許制度等々によって、
確率的に決まるものだ。
ここ20年で少し改善傾向にあるのは自動車の安全技術が向上しているためだろう。
だが免許保有者100人に1人が1年に1回事故に遭うという大雑把な傾向を変えるまでには至っていない。
安全技術の向上だけではこんなものなのだろう。
例え、車の運転がすべて自動になったところで事故件数は0にはならない。
機械である以上壊れるし、予測不可能な災害は必ず起こるからだ。
またそもそもその機械を作っているのは人間であり、人間である以上必ずミスをするものだから。
根本的に交通事故件数を0にするには、自動車の数を0にするしかない。
それと同じで原発事故をなくすためには原発を0にする以外方法はない。
そのためには稼動している原発を0にすることが出発点だ。
事故は必ず起こる。
原発が存在する限り、確率的に発生する。
1基よりも2基、2基よりも10基、10基よりも54基。
数が増えるほど、事故の確率は増える。
数が0であれば、確立は0だ。
それは揺るがない事実だ。
1度事故が起きてしまえば何十兆円かそれ以上の金銭的損害と、
生命、健康、生活その他の人的被害を必ず起こすと分かっている原発を、
このまま使い続けるという選択肢はない。
それも世界有数の地震国で。
こんな自明なことが分からない無能な政治家は全員やめさせなければならない。
電力不足、節電キャンペーンなどという電力会社と政治家、
マスコミの洗脳にだまされて暢気に節電グッズを買って喜んでいる場合ではない。
今、日本国民の本当の民度が試されている。
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