サンサントヨのブログ

主に小説などを載せているブログです。ショートが多数。 読みやすいように「サンサントヨの書架」にまとめています

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これは小説ではなく、小説の感想文のような物です。
 
青空文庫で夢野久作の「瓶詰地獄」を読みました。
 読み始めた時は、孤島に流された兄と妹の倒錯的なストーリーと思っていたのですが、最後の手紙で、私が思っていた設定がひっくり返されてしまいました。
 この作品には謎があり、ネットで探すと考察しているブログがたくさんありました。それらは私としては、すっきりとしない考察だったので、私なりに考えた物を書いてみます。
 
 手紙を書いた順番
 これは、 3−>2−>1 の順番です。
 3番目の手紙は島に漂流した当時、まだ平仮名や漢字を書くことができなかった弟がカタカナで書いた手紙です。
 その後、兄から教育してもらい、弟は普通の文章を書くことができるようになった。それで書いた手紙が1番の手紙です。
 3つのビンは同時に開けられた。ということは、3番目の手紙を見て両親が救助に来たのではない。
 しかし、別に手紙があってもなくても親族は行方不明になった子供たちを必死で探すので矛盾はない。
 そして、2番目の手紙に「鉛筆がなくなりかけていますから」と書いているのに、1番目の手紙を書いているのは変だという問題があります。鉛筆は1本しかないので、2番目を書いた後に1番目の手紙を書けるはずがない。
 これは鉛筆の損耗の程度問題と考えられます。
 なくなりかけている、というのは太郎の主観であり、他人が見れば、まだまだ書けるじゃないかという程度なのかもしれません。
 または、1本の鉛筆をナイフで2本に分けて、2人で1本ずつ使っていたのかもしれません。兄は弟に読み書きなどの教育をしていたのですから、兄が手本を書いて、それを弟が真似る、この時に鉛筆が一本では効率が良くない。これは2本だったと考えた方が合理的です。そして、兄が持っていた鉛筆がなくなりかけていたが、弟の持っていたものは、まだまだ使えたということです。
 
 イチカワアヤコは男か女か?(妹か弟か?)
 私は男(弟)だと思います。
 理由としては、3番目の手紙でアヤコが「ボクタチ兄ダイハ」と言っていることです。
作者は1番と2番の手紙でアヤコは女だと思わせておいて、3番目の手紙で男だったという意外性を演出したのです。もし、それが女だったら、意外性がなくなってしまう。最初は女だと思わせて、最後の手紙で男だったと意外性を出し、さらに本当は女だったとひっくり返す……ということまでは作者は考えていないだろうと思うのです。
 ここで問題となるのは名前です。
 アヤコという名前は、どうしても女としか思えない。カオルとかだったら男でも構わないのだが、男にアヤコという名前を付けるのは不自然です。
 これは洗礼名だと思います。太郎もアヤコも、多分、両親もキリスト教に傾倒していることが聖書を携帯しているということによって分かります。アヤコという名前は宗教的な洗礼名であり、幼い弟はいつもその名前を使っていたのです。本当の名前は次郎とかいうものだったかもしれません。
 もう一つの問題は、2番目の手紙です。
 太郎は、弟の事をアヤ子と書いている。それに、「夕日を受けて血のように輝いている処女(おとめ)」と表現している。これだと女だとしか思えない。
 太郎は11歳のとき島に流れ着き、10年くらい過ごしたとなっている。彼は成長するにつれて女性を求めるようになる。太郎はそれを弟に投影したのでしょう。弟も生来、ホモセクシャルの性質を持っていて、兄の思いは増長することになる。
 つまり、太郎は弟を女だと思いこもうとしていたのです。それで、アヤコをアヤ子と呼び変え、弟を女性的に表現した手紙を書いたのだと思います。
 
 作者は亡くなっているので、この作品の真実は分からない。でも、小説というものは、そんなに深読みする必要はないと思います。
 作者だって、そんなにひねった演出は考えないだろう。読者が勝手に深く解釈しようとしているだけでしょう。
 でも、戦前に書かれた作品を現在でも考察しているということは、その作品に魅力があるということでしょう。それとも、人間は、謎を見つけると、それを考察し解答しないと気が済まない性質を持っているのでしょうか。
 
 
追記
 
 この作品の解釈に、もう一つの考察案があります。
 書いた手紙の順番は、最初が3で、次が1、そして、最後が2です。すべては太郎の妄想で、島に流れ着いたのは彼一人だったのです。
 太郎は寂しくて、頭の中に架空の弟を作りました。その時に書いたのが3番目の手紙です。
 時は流れ、太郎が成長するにしたがって女性を求めるようになる。そのため、今まで弟だった架空人物を妹に変えたのです。その妄想状態で書いたのが1番目の手紙。救助の船が来たことも妄想でした。
 島に一人きりの太郎の妄想は激しくなり、2番目の手紙を書いた。そして、それらを瓶に詰めて流したのです。
 
 このように「瓶詰地獄」の解釈はいくらでもできるでしょう。しかし、作者が描きたかったことは、島に二人で残された兄弟の情念だったのだと思います。それならば、全てが太郎の妄想だという案は意味のないことになります。
 題名から分かるように、孤島というビンに詰められた二人の心の地獄なのですから、孤独な太郎の妄想ということはない。
 小説というものは、あまり深読みしてはいけないのでしょう。
  

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考察拝読させていただきました。

「兄ダイ」という表記からアヤコが男ではないかと考えられているようですが、それだけではアヤコ=弟と決めつけるのは無理があるのではないでしょうか。
「兄妹」と書いても「きょうだい」と読みます(「けいまい」とも読みますが)。手紙内の描写からも、アヤコは女だと読み取るのが自然だと思います。

突然偉そうにすみません。解釈自体は私では思いつかないようなものでとても参考になったのですが、その根拠がどうしても気になったもので。
手紙の順番については、私も最初に書かれている解釈(3→2→1)と同感です。 削除

2013/2/2(土) 午後 4:44 [ 通りすがり ] 返信する

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コメントありがとうございます。
確かに、手紙内の描写はどう読んでもアヤコは女だとしか思えません。ネットで探しても、アヤコは女だという意見も多いです。
ただ、作者は何を考えて、この小説を書いたのかを洞察すると、アヤコは男だったという意外性を強調したかったのではないかと私個人は思ったのです。
私もこれくらい、時間がたっても話題になるような小説を書きたいなと考えます。

2013/2/2(土) 午後 6:08 [ サンサントヨ ] 返信する

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面白い解釈と思います。
たしかに本考察の弟説に最初「??」となったのですが、
3の手紙の一人称が「ボク」なんですね。
署名のカタカナ表記から考えて3の手紙の記述者はアヤコでしょうし。
女性名なのが引っかかりますが、父母兄を漢字表記で「ダイ」だけカタカナなのも
そういう解釈の余地を残すためのように思えます。
近親相姦に加えて同性愛となると、新約聖書=キリスト教的価値観からみると
かなり大きな罪の意識になってくるでしょうね。

2014/4/25(金) 午後 3:05 [ cas**emani*11*1 ] 返信する

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コメントありがとうございます。
私の解釈では、アヤコという名前だけが気にかかります。
今でも釈然としません。

2014/4/25(金) 午後 6:47 [ サンサントヨ ] 返信する

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