ビュートのブログ

香川県と近県を旅しときの風景・四季を記録したブログ。 古い讃岐も

金毘羅参詣道

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十三塚群

【十三塚群】
 金毘羅参詣道・高松街道も福家村を過ぎ挿頭山の南腹にさし掛かると旧国道32号(現県道282号)とに挟まれた道路に平行に十三基の塚が残っている。中央に他の塚と比べてやや大きめの直径4m、高さ2mの円墳状の塚があり、塚の頂部に石の祠が置かれています。土地の人は、「若宮さん」と呼んでいます。この若宮さんを中心に、東側六基、西側に六基、約100mにわたって若宮さんに従うように一列に並んでいる。どの塚も高さ1m足らず、幅も1.2m位のこんもりとした円墳状の原形をとどめている。どの塚にも花が供えられている。塚によっては、頂部に石の祠が置かれている。
 十三塚は、旧山内村と旧畑田村との村境にあり、築造当時は街道裏の荒れ地か山林の端だったかもしれない。

 エピソード
1)源平合戦で敗れた平家の落人の大将と十二人の家来の塚だとの話
2)お姫様と侍女の墓だとする話
3)災いや病気が隣村から入って来るのを防ぐために祈禱した所だとの話
 このような伝説や史実の二通りの話が伝わっている。近くの吉盛神社にも平家伝説が残っている。
郷土研究家の故原村忠一氏は、伝説としての十三塚を「屋島の戦に 落ちのびし 平家の公達 ここかしこ 逃れ逃れて 埋もれる あゝ十三の 塚哀れ」と記している。

 挿頭山の十三塚東の坂は、勾配が急で路面には石がそこそこに露出していて、ことに荷車を引き上げるのも下げるのも大苦労した。牛や馬に引かせても容易ではなかった。車引きの家族が車のあと押しや牛の鼻ごをとって誘導していたが、それでもよく事故が起こっていた。坂を上がると茶堂やすし屋・うどん屋・酒屋・菓子屋・風呂屋・宿屋などがあった。街道を利用する人や近在の人の買い物や遊興したりで活気のある所でした。
 藩主参詣の時には、籠・挟み箱・供周りなどで行列が何百メートルのもなって大変な事になっていた。人足(970人)・馬(213匹)など膨大の数が徴用された。(嘉永3年11月11日の記録)
 上記文は、香川県立図書館蔵綾歌町誌(現綾川町)より転載しました。
 写真は2011年6月28日・7月5日撮影
 場所は、ワイワイマップにスポット投稿します。

 挿頭山南腹の坂道
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 街道沿いの地蔵など
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 若宮さん
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 塚:民家の中にもある。
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ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「高松街道」検索→《金毘羅街道・金毘羅灯籠map》を スクロールで選定する。

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平家の落人の大将と十二人の家来の塚という解釈に賛成するところです。
このような十三塚は珍しいですね。

2011/7/12(火) 午後 8:35 [ pok**hino*324 ]

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挿頭の土地の名前からお姫様の説も面白いかなとも思います。

平家の大将が少人数で此処まで逃げて来て力尽きたのでしょうか。

2011/7/12(火) 午後 11:23 [ ビュート ]


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