十三塚は、旧山内村と旧畑田村との村境にあり、築造当時は街道裏の荒れ地か山林の端だったかもしれない。 エピソード 1)源平合戦で敗れた平家の落人の大将と十二人の家来の塚だとの話 2)お姫様と侍女の墓だとする話 3)災いや病気が隣村から入って来るのを防ぐために祈禱した所だとの話 このような伝説や史実の二通りの話が伝わっている。近くの吉盛神社にも平家伝説が残っている。 郷土研究家の故原村忠一氏は、伝説としての十三塚を「屋島の戦に 落ちのびし 平家の公達 ここかしこ 逃れ逃れて 埋もれる あゝ十三の 塚哀れ」と記している。 挿頭山の十三塚東の坂は、勾配が急で路面には石がそこそこに露出していて、ことに荷車を引き上げるのも下げるのも大苦労した。牛や馬に引かせても容易ではなかった。車引きの家族が車のあと押しや牛の鼻ごをとって誘導していたが、それでもよく事故が起こっていた。坂を上がると茶堂やすし屋・うどん屋・酒屋・菓子屋・風呂屋・宿屋などがあった。街道を利用する人や近在の人の買い物や遊興したりで活気のある所でした。 藩主参詣の時には、籠・挟み箱・供周りなどで行列が何百メートルのもなって大変な事になっていた。人足(970人)・馬(213匹)など膨大の数が徴用された。(嘉永3年11月11日の記録) 上記文は、香川県立図書館蔵綾歌町誌(現綾川町)より転載しました。 写真は2011年6月28日・7月5日撮影 場所は、ワイワイマップにスポット投稿します。 挿頭山南腹の坂道 街道沿いの地蔵など 若宮さん 塚:民家の中にもある。 ワイワイマップの見方
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金毘羅参詣道
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平家の落人の大将と十二人の家来の塚という解釈に賛成するところです。
このような十三塚は珍しいですね。
2011/7/12(火) 午後 8:35 [ pok**hino*324 ]
挿頭の土地の名前からお姫様の説も面白いかなとも思います。
平家の大将が少人数で此処まで逃げて来て力尽きたのでしょうか。
2011/7/12(火) 午後 11:23 [ ビュート ]