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備後・唐尾山国分寺 広島県福山市神辺町下御領 084-966-2384
備後の国は、七世紀後半に、吉備国を備前国(後に美作国も再分割)=岡山県、備中国=岡山県、備後国=広島県に三分して設けられた。
天平十三年(741)、聖武天皇の発した国分寺建立詔(みことのり)によって、この地に備後国分寺(僧寺)が建立されました。寺の正式名称を「金光明四天王護国之寺」と称し、律令国家体制の完成期に鎮護国家の経義に基づいて造営されたものです。
昭和四十七年度から四次にわたる発掘調査によって、東西六百尺(180m)の寺域が判明し、また、塔・金堂・講堂ならびに南門跡の検出により、いわゆる法起寺式伽藍配置をなすことが明らかになりました。 南門は古代山陽道に面して開き、立地として重要な位置を占めると同時に、広大な寺域内に残る堂塔等などから官寺である国分僧寺の雄大な伽藍の規模が想定されます。 以上は現地説明板より転載しました。 写真は2013年7月11日撮影 場所はスポットノートに『寺院・お堂map』投稿します。 国分寺は6ヶ寺目です。(讃岐・土佐・伊予・阿波・備中) |
広島県
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