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砂糖しめ小屋
江戸時代後期、砂糖は讃岐の特産品だった。 薩摩の黒糖に対して、讃岐は白糖の生産で日本一を誇った。讃岐平野にサトウキビ畑が広がり、搾汁のための砂糖〆小屋が点在した時代だった。 円形の砂糖〆小屋は四国にはここの(四国村)二棟しか現存しない。円錐形の屋根や垂木の組み方、曲面の大壁などが特徴である。 右側の棟が慶応年間(1865年頃)、左の棟が明治初期の建造とみられる。内部には三個の石臼があり、牛が腕木を引いて回した。牛は一日中間断なく周り、柱にはその腹で擦った跡が見られる。建物が円形なのは、牛の回転に合わせたものであろう。
方形の一棟は瓦葺き、間口奥行とも四間(約7.2m)、地域の有力者が建てたもので構造も堅固である。 釜屋では絞られた砂糖生汁を煮沸かし、アクをとって純度を高めてゆく、釜屋も現在では希少である。 砂糖しめとは、サトウキビの汁をしぼるという意味。四国村にある2つの丸いしめ小屋は、香川県内に2棟だけ残っていた大変珍しいものです。
外壁は曲面にあわせた大壁づくりとし、内部中央には三個の石臼(車石)が置かれていました。それら石臼に取り付けられた腕木をウシが引いてまわし、回転する石臼の間にサトウキビを差し込んで汁をしぼっていたのです。ウシは1日中間断なくまわり、柱にはウシの腹で擦られて摩滅した跡もみられます。 砂糖つくりは、東讃白鳥町(現東かがわ市白鳥)の医者「向山周慶(さきやましゅうけい)」によって始められた。あるとき行き倒れの遍路をたすけたところ薩摩の「良助」という男だった。この男に頼み、薩摩藩の国禁を犯してサトウキビの苗を持ち出させたという。向山と良助を合わせ祀った向良(こうら)神社が白鳥町にある。
現地説明板などより転載しました。
写真は、2013年3月6日撮影 場所はスポットノート『古建築物map』に投稿します。 砂糖しめ小屋 もとの所在地:香川県坂出市青梅町北山 重要有形民俗文化財 昭和五十八年四月十三日指定
砂糖〆小屋(円形) もとの所在地:香川県坂出市林田町新開 重要有形民俗文化財 昭和五十八年四月十三日指定(宮崎保氏寄贈)
砂糖〆小屋(方形) もとの所在地:香川県東かがわ市湊 重要有形民俗文化財 昭和五十八年四月十三日指定(上原義秋氏寄贈)
釜屋 もとの所在地:香川県東かがわ市白鳥町湊 重要有形民俗文化財 昭和五十八年四月十三日指定 |
四国民家博物館「四国村」
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讃岐の和三盆
うまいのはこれが元なんですね
すごいな
2013/9/12(木) 午前 6:35
はじめまして
四国村には一昔以上前に訪れたことがあります。
琴電の電車に乗って行ったのを覚えています懐かしいです。
もう一度行きたいな・・・。
2013/9/12(木) 午前 11:02
サンチョさん、もう少しすると、サトウキビの収穫時期になります。お米が済んだ後ですけどね。
さぬき三白も過去のものになっています。砂糖は香川の東に数軒作っているようです。
和三盆は手作りが美味しい元なんでしょうね。
2013/9/19(木) 午前 11:43 [ ビュート ]
ARIBABAさん、四国村に東北から古民家が移って来るようです。
高松に来られた折には是非寄ってください。
四国村はまだまだ紹介したいと思っています。
2013/9/19(木) 午前 11:50 [ ビュート ]