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松坡長谷川翁功徳之碑
香川県仲多度郡まんのう町満濃池堰堤
長谷川佐太郎は松坡と号し、幕末から明治にかけて満濃池の再築に家財を傾けて尽力した人である。 榎井村の豪農の家に生れ勤王の志士日柳燕石と交流し、幕吏に追われた高杉晋作を自宅にかくまうなど幕末には勤王運動にも艇身している。 一方安政元年に決壊した満濃池は、その水掛かりが高松 丸亀 多度津の三藩にまたがり一部に天領も含まれていた。このため復旧には各藩の合意を必要としたが、意見の一致を見ないまま十六年のあいだ放置されていた。この間長谷川佐太郎は満濃池の復旧を訴えて、倉敷代官所や各藩の間を奔走するが目的を果たせないままやがて幕府は崩壊する。 彼は好機到来とばかり勤王の同志を頼って上京し維新政府の百姓たちの苦難を切々と訴え早期復旧の嘆願書を提出した。 この陳情が功を奏し高松藩の執政松崎渋右衛門の強力な支援のもとに、明治二年着工にこぎつけ同三年に竣工した。この間、彼は一万二千両にも及ぶ私財を投入し晩年には家屋敷も失い清食に甘んじている。 この碑はかれの功績を称え。明治の元勲山形有朋が題字。品川弥次郎が千文したものである。扇山書 以上の文は、現地石碑説明石板より転載しました。 写真は、2013年11月16日撮影 場所は、スポットノート『銅像や記念碑等のmap』に投稿します。 |
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