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和歌の浦【三段橋・海禅院】
住 所:和歌山県和歌山市和歌浦中3丁目4
マピオンマップ↓↓↓↓
電 話:0895-32-3344
運営会社:南レク株式会社
開 園:昭和六〇年(1985)
文化財等:史跡・名勝 平成22年(2010)8月5日指定 平成26年(2014)10月6日追加指定
駐車場:無し
資料等:現地説明板、Wikipedia、和歌山市HP、など
撮影日:2017年11月15日
三断橋
妹背山は、周囲250m程の小島で、西側に砂岩製高欄付の三断橋が架けられている。
この橋は、和歌山県内最古の石橋で、紀州藩初代藩主徳川頼宜が妹背山を整備した慶安4年(1651)頃までに建設された。中国の景勝地である杭州西湖の六橋の面影があるといわれ、独特の意匠・構造を持つ。欄干、敷石、橋桁、橋脚は何度か補修されているが、橋の原形は、崩れることなく今日まで継承されている。 經王堂
観海閣
観海閣は、妹背山の東端に位置し、水辺に張り出すように建てられている。三断橋と同じく慶安4年(1651)頃までに紀州藩初代藩主徳川頼宜により建造された。四季を通じて、遥かな干潟の水面から、対岸の紀三井寺や名草山の山並みへと続く絶妙な山水の景色を楽しむことができる水閣として、参拝人や庶民にも開放されていた。
元は木造瓦葺で、台風、高波の被害により再建と改修が繰り返され、昭和36年(1961)の第二室戸台風で全壊したため、現在の建物、鉄筋コンクリート造で再建されている。 海禅院 多宝塔=和歌山市指定有形文化財(建造物) 昭和42年2月14日指定 慶安二年(1649)、紀州家初代藩主徳川頼宣の生母養珠院(お万の方)が亡夫徳川家康の三十三回忌追善供養のため、多数の小石に書写した法華経題目を妹背山に埋納した。その上に建てた小堂に始まる。
承応二年(1653)に養寿院が亡くなると頼宜は母を弔うために多宝塔を改建し、その創建年代が、肘木に書かれた墨書銘から明暦元年(1655)と考えられる。頼宜はさらに唐門・拝殿等も設け、名草山・紀三井寺を遠望する位置に水閣(観海閣)を建て、島に渡橋するために三断橋を架けた。
多宝塔は高さ約13mの本瓦葺欅造り。宝塔内には巨大な題目碑を安置し、その背面には建立の由来が書かれている。
【和歌山市教育委員会説明板より転載】 |
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