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寺 名:万年山・慈尊院
本 尊:木造弥勒仏坐像=重文
開 基:伝 空海
創 建:伝 弘仁七年(816)
宗 派:高野山真言宗
札 所:仏塔古寺十八尊第六番
住 所:和歌山県伊都郡九度山町慈尊院832
マピオンマップ↓↓↓↓
電 話:0736-54-2214
由 緒:空海(弘法大師)が嵯峨天皇から高野山の地を賜った際に、高野山参詣の要所に当たるこの九度山の雨引山麓に、高野山への表玄関として伽藍を創建し、高野山一山の庶務を司る政所(寺務所)を置き、高野山への宿所ならびに冬期避寒修行の場とした。
解 説:宗派、御本尊、女人高野、案内犬ゴン、結縁寺、世界遺産等、下記HPで確認してください。
九度山の由来
空海はひと月に9度(正確に9度というわけではなく、それだけ頻繁にということの例えだと言われている)は必ず20数kmに及ぶ山道(高野山町石道)を下って政所の母を訪ねてきたので、この辺りに「九度山」という地名が付けられた。
文化財:多数あり、下記HP参照
資 料:Wikipedia、現地説明板、慈尊院冊子、
撮影日:2017年11月16日
近隣施設:丹生都比売神社、丹生官省符神社
下乗石:九度山町指定有形文化財(歴史資料)=平成三年二月二十二日指定
この下乗石は、天文九年(1540)紀の川の大洪水によって流出した旧慈尊院南門に建立されていた。その上部である。
紀伊名所図会に「慈尊院村の北路傍にあり。法務権僧正定海と記せり。長者補任によるに保延二年の建立なり。」とあり保延二年(1136)の建立となれば、県下最古の下乗石といえる。 築地塀・北門:和歌山県指定有形文化財(建造物)=平成五年四月十三日指定
この築地塀・北門は、紀伊続風土記や高野春秋などの古記録によれば、天文九年(1540)の紀の川洪水による旧慈尊院境内流失時には既に建てられていたようである。
築地塀は現在、三方延長約116m、棟高2.9mと非常に大規模なもので、築地は砂味入りの粘土を5〜7㎝程につき固め、何度も積み上げて屋根を葺くという特殊な技法で造られている。
北門は、切妻造・本瓦葺の四脚門で、親柱は円柱、控柱は面取角柱からなり頭貫木鼻、蟇股の形状から築地塀と同時期の建立とみられる。
これらの遺構は様式や技法からみて16世紀の建立になり、築地塀は、全国的にみても非常に珍しいものであり、また、高野政所としての歴史を知る貴重な遺構である。 高野町石
空海が、高野山へお参りになる人のたまに山頂の根本大塔から慈尊院まで一町(109m)ごとに木製の卒塔婆が建てられて、真言宗のお教をあらわす仏さまの姿を塔婆をもって象徴され、高野山の本街道の道標とされた。後、鎌倉時代に現在のような御影石の五輪型卒塔婆にに建て替えられた。
町石は大塔まで百八十本。大塔から奥の院まで三十六本、しのた里石が四本。慈尊院は出発点で一町登って行くごとにカウントダウンしていく、第一番目の百八十町の町石がある。 |
和歌山県
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