潮の流れが変わるところで、万葉集にも詠まれているように古くから潮待ちの港として、また大陸との交易の場として栄えてきました。 江戸時代には北前船が往来し、商人の町として栄え、今も名所・旧跡・古寺が数多く点在しており、古き良き時代のふるさとを感じさせてくれます。 落ち着いた港町の風情は土塀のつづく路地や情緒ある家並みなどが残り、その雰囲気は京都や奈良に匹敵するほどです。(戦火にあわなかったので道もせまく昔の佇まいが残っている。) <>対潮楼 「対潮楼」は、江戸時代の元禄年間(1690年頃)に創建された福禅寺の客殿で国の史跡に指定されています。座敷からの海の眺めは素晴らしく、1711年、朝鮮通信使の李邦彦は「日東第一形勝」と賞賛。1748年、洪景海は「対潮楼」の書を残しています。 。当時は朝鮮からの使者の宿舎として使われ、座敷からは素晴らしい眺めが一望できます。(弁天島に弁財天が祀られています。)拝観料200円を払えば昔と同じ風景が見れる。 <>福禅寺(ふくぜんじ) 真言宗海岸山・千手院・福禅寺で境内は「朝鮮通信使遺跡鞆福禅寺境内」として国の史跡に指定されている。 創建は平安時代の950年頃、空也による創建と伝えられる。 現在の本堂と隣接する客殿(対潮楼)は江戸時代の元禄年間(1690年頃)に建立された。江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用され、日本の漢学者や書家らとの交流の場となった。正徳元年(1711)に従事官の李邦彦が客殿からの眺望を「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地という意)」と賞賛し、延享5年(1748)に正使の洪啓禧が客殿を「対潮楼」と名づけた書をのこす。 木造千手観音立像 木造地蔵菩薩半跏像 木造役行者像及び二鬼(前鬼・後鬼)像が福山市重要文化財に指定されている。 また、珍しい「マリア観音」もある。厨子の中に観音像が描かれたいる。後ろ側の扉を開けると十字が見える。隠れキリシタンがこのお寺に預けて行った?。本堂の中は撮影禁止となっていますので写真は掲載できません。 文はWEBより転載しました。 写真は、2010年11月 場所はワイワイマップにスポット投稿します。 ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「広島県」検索→《中国地方のMAP》を スクロールで選定する。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年12月02日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




