瀬戸内海を航行する公・私船舶の航行が頻繁となった延宝年間(1673〜1681)に、夜間通航の標識として備前藩主池田綱政の命によって建設されたものである。 出崎の突端の岩盤上に割石積みの基壇を築き、その上に木造の燈籠堂を建ててあったが、明治維新後取り壊された。基壇は上端で東西4.3m、南北4.3m、下部で東西4.9m、南北4.9m、高さ2.2m、南北面に石段を造りつけている。 備前藩が相前後して建設した四か所の燈籠堂の内、完全に残っているのは「牛窓」と「大漂(大多府)」の二か所だけである。昭和63年(1988)、現在の燈籠堂が復元された。瀬戸内市教育委員会 文は現地説明板より転載しました。 写真は2011年2月21日撮影 基壇は史跡指定 牛窓八景:唐琴の瀬戸 牛窓伝説の御神石 神功皇后御縁 纜石(ともづないし) |
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