地震情報 2019年12月16日 4時17分 気象庁発表
12月16日4時14分ごろ地震がありました。
[震源地] 千葉県東方沖  [最大震度] 3 今後の情報にご注意ください。詳細
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旧庭瀬港と常夜灯

【旧庭瀬港と常夜灯】
 旧庭瀬港と常夜灯は岡山県岡山市北区庭瀬に存在しています。
 庭瀬は、近世まで足守川とその支流を利用した船運が盛んに行われており、地区内に張り巡らされた堀・水路等に活用し水郷の町として発展してきた歴史を有しています。されに陣屋町を東西に貫く庭瀬往来(鴨方往来)は、近世山陽道とも結ばれていることから、陸路と水路の交わる交通の要地であったといえます。
 1600年代中頃の寛永年間の絵図によれば、絵図の下方に描かれている足守川の河岸には、瀬戸内海を航行する船が出入りし、足守藩の年貢米の積出港としても重要な機能を有していました。この河岸で積荷を海船から小舟に積替えて旧庭瀬港(内港)に入ります。そこには、港町が形成され、庭瀬藩の商業・交通の中心地として栄えました。水路に面しては雁木(階段状の船着き場)が設けられ、入港する船の為木造で大型の常夜灯が1700年代に建てられていました。
 明治24年に山陽鉄道(現JR山陽本線)が開通して以降は、船の往来も減少し、昭和30年代には水路も半分ほどの幅までに埋め立てられ、また常夜灯も昭和29年の暴風により被害をこうむり、すべて取り壊されましたが、その基礎(地伏石)は現位置で保存されていました。
 庭瀬・撫川地区の堀や水路による町割り、城域や家屋の町なみの景観保全を目指す住民運動は、これまで活発に行われており、その盛り上がりを受けて、当時の古写真や地元の方々の記憶をもとに、埋め立てられていた旧庭瀬港(内港)を部分的に再現しました。また当時の常夜灯の石積護岸の一部と約3m四方の基礎(地伏石)を使用して常夜灯を再建し、当時の旧庭瀬港(内港)の景観を平成十九年度に復元しました。
 以上の文は現地説明板より転載しました。
 写真は2012年5月22日撮影
 場所はワイワイマップ『歴史的縁の地、文化財、資料館などのMAP』にスポット投稿します。

 旧庭瀬港
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 商家
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 金毘羅宮
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 妙見宮・正八幡宮献灯
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 観音堂
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 地蔵堂
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