九蟠港は吉井川河口という地の利を得て岡山藩の商港として江戸や大坂方面との往来も盛んに行われ繁栄を極めた。町の面影はないが、唯一の面影が石積みの燈籠です。 石積みの燈籠(九蟠港燈籠=石灯明台)日本の近代化土木遺産現存する重要な土木構造物2800選 この灯篭と幸島外波の灯篭(未確認)と小串の灯篭(未確認)の3つが相対して、瀬戸内海から児島湾・吉井川への航路を示し航行の安全を守り続けた。 往時の面影残す石積みの灯明台が平成2年(1990)3月、500万円の県費をもって修理復元された。火袋(木桟組)も潮風に当り腐食も激しいので、修復時にステンレス製で作られその周りを木枠で覆っています。黒鯛養殖場(廃業)の中には「金毘羅宮」「瑜伽宮」の石灯籠が移転保存されている。この石燈籠も破損が著しく小石などで補強されているが何時倒れてもおかしくない状態で建っています。紀元二千○○世とある。基壇の石組には刻まれた石は無い。 此の地は元禄五年岡山藩主「池田綱政」が時の郡代「津田永忠」に命じて干拓した沖新田の一部であり地名は干拓工事の番号を以て当初沖新田九番と呼ばれ今日の九蟠に至っている。 文は、現地最上稲荷神社石碑&聞き取り&岡山県立図書館蔵『わたしたちのふるさと九蟠』などより参照しました。(岡山県立図書館郷土資料班協力) 写真は2012年5月22日撮影 場所はワイワイマップ『旧海の道の燈篭台、海の常夜燈と岬の灯台map』にスポット投稿します。 西大寺港(九蟠漁港)
石灯明台(九蟠港燈籠)全高約8.5m 金毘羅宮・瑜伽宮献灯石灯籠 |
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2012年06月14日
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