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久米通賢旧宅 登録文化財 平成12年4月28日登録
もとの所在地:香川県東かがわ市引田町馬宿
江戸時代から、讃岐は塩どころとして知られたいた。全国の塩の生産量の半分近くを占めていたのが坂出塩田だった。その基盤をつくったのが、久米通賢である。
彼は、通称「栄左衛門」、安栄三年(1774)、東讃岐の引田町馬宿で生まれた。測量術に優れ、軍船、大砲、撃発式鉄砲ピストルから扇風機まで発明した。藩に登用されたのち、坂出塩田を大規模なものに開発した功績は大きい。 この主屋は通賢が建てたもので、寄棟造茅葺下屋桟瓦葺二十四坪(移築前)。主屋を解体に当たって天井裏から、測量器具、大砲の鋳型などが発見された。土蔵、細工場などは全壊していたが、通賢の名を残すため関係者の了承をいただき、休憩所として新しく改造再建した。(開村当時には売店などとして利用されたいたが、現在は閉まっている。) 平賀源内とともに、讃岐の代表する江戸時代の科学者の住宅が残っているのは興味深い。 文は、現地説明鈑より転載しました。 江戸時代、香川県の塩の生産量は全国の半分近くを占めていました。その製塩の基盤をつくったのが久米通賢です。安永9年(1780年)、東讃岐の引田町馬宿に生まれた久米通賢は平賀源内とともに、讃岐を代表する江戸時代の科学者です。
測量術にすぐれ、軍船、大砲、撃発式鉄砲、ピストルから、扇風機までをも発明しました。 この主屋は、平屋建て寄棟造り茅葺。解体に当たって天井裏から、測量器具、大砲の鋳型の原形などが発見されました。 以上の文は、四国村HPより転載しました。 住宅内は土間・座敷・中庭などは見学が自由にできます。(座敷は土足禁止。) 別棟に便所も併設されている。 写真は2013年5月22日撮影
場所はスポットノート『古建築物map』に投稿します。 地神社と地神井戸
http://blogs.yahoo.co.jp/takamaturocky/37777972.html 西光寺支坊の通賢の墓 http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31559810.html 坂出市郷土資料館と久米通賢 http://blogs.yahoo.co.jp/takamaturocky/31384511.html 久米 通賢碑と墓 http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31517048.html . 阪出墾田之碑 http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31602098.html 坂出の地名の語源は「宇多津の田尾坂を上って出た場所」と言う事。 明治23年(1890)2月15日 町村制施行に伴い、阿野郡坂出村(さかいでむら)が町制施行し、坂出町(さかいでちょう)が発足。 坂出市の昭和の写真↓↓↓↓ http://www.city.sakaide.lg.jp/soshiki/tosyokan/lib-eizou-syowa1.html. |
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2013年05月30日
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