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名 称:江埼灯台(えさきとうだい) 3810 M5796
住 所:兵庫県淡路市江崎
塗 色:白色
塔 形:石造丸形
塔 高(地上〜塔頂):8.3m
灯火標高(平均海面〜灯火):49m
灯質・灯色:不動白赤互光 白5秒赤5秒
光達距離:白18海里 赤16海里
明 弧:61°〜266° 赤色(分光)79°〜97.5°(鹿ノ瀬を示す) 非常灯QW16M
初点灯:明治四年(1871)四月二十七日
エピソード:イギリス人のリチャード・ヘンリー・プラトンによって設計され、我国で八番目に建設された石造りの洋式灯台です。
平成七年(1995)一月十七日の阪神・淡路大震災で被災しましたが、修復して建設当時の姿を残しています。
灯台から見る明石海峡の眺めは格別なものがあります。この海峡は昔から好漁場で漁業が盛んに営まれ、船が絶えることなく海峡を行き来しています。これら行き交う船の安全を守るこの灯台の果たす役割は図り知れないものがあります。
周辺施設:北淡震災記念公園、兵庫県立淡路島公園など
資 料:海上保安庁刊行「灯台表」&現地説明板&Wikipediaなどより転載しました。
撮影日:2014年5月28日
灯台の歴史
慶応3年(1867)4月、幕府と英国公使は兵庫開港(同年12月)に備えて大坂約定(別名「大坂条約」)を結んだが、その時に5つの灯台(江埼、六連島、部埼、友ヶ島、和田岬)の建設を約束し、その最初に建設されたのがこの灯台。
明治4年(1871)6月14日(旧暦で4月27日)に初点灯した。「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンの設計による石造で、日本の洋式灯台では8番目のものだった。灯塔には家島産の御影石を使用し、最初の光源は石油ランプだった。
昭和8年(1933)に電化される。
昭和51年(1981)4月 無人化される。
平成7年(1995)1月17日の阪神・淡路大震災で大きな被害を受ける。
平成8年(1996)旧退息所(灯台職員宿舎)が「四国村(四国民家博物館)」に移築復元される。
平成12年(2000)旧退息所が国の登録有形文化財となる。 地震で歪んだ階段(修復した)
明石海峡 対岸が明石の町
退息所があったと思われるところ
高松市の民家村博物館「四国村」に保存している退息所(後日紹介します)
階段との間にあったスロープ部分の中央石板(茶色いところが地震で歪んだ部分)
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