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山 名:江甫草山、江甫山、九十九山、有明富士、
標 高:153.06m
住 所:香川県観音寺市大字室本字江甫470-4
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解 説:サヌカイト(安山岩の一種)の山で、侵食により取り残された山が円錐形の山。
登山道入り口は伽藍寺駐車場より境内を横切り、ミニ四国八十八箇所の石仏巡りながら途中まで登って行きます。
資 料:Wikipedia、県立図書館蔵書など、
撮影日:2018年1月31日
========================================================================================= 城 名:九十九(つくも)山城跡
城 郭:
天 守:
築城主:久保又三郎
築城年:天応元年
主な改修者:細川伊予守頼信
主な城主:久保又三郎、細川伊予守頼信、
廃 城:天正7年(1579)長宗我部氏によって落城
縄張り:城跡は山頂部から東側へ緩く南にカーブしながら八合目近辺まで階段状に連続する。山頂部は城跡中最も広い41m×21mの矩形平場に造られており、その東・西縁辺には幅1m〜1.5m、高さ0.5m〜1mの土塁跡が認められる。本丸跡ち称されるに相応しい様相である。この主郭を一段下がって、西側から左回りに取り囲む帯郭がある。東・西側で幅8m〜9m、主郭との段差2.5m〜3.5m、南・北側は幅4.5m〜6m、段差2m〜3m、東南隅丸部がやや出張って幅10m〜13m、段差4.5mほどを測る。そして北側からしだいに下降して西側に回り込む。そのあたりで幅5m前後、起点となった所とは2mほど段差が付く。ここに主郭を防備する帯郭の周到な構えを見ることが出来る。さらに西側には、やや下がって南北に細長い削平地の前部を、石塁状に割石を積んで固めた箇所があり、それに2mほどの段差をもって突端部の11m×8mの半円形削平地が付く。これより少し下ると中小の露石が黒々とし、下方は切り立った崖面となる。主郭から突端部まで五段の構えで、背後に海を控え、急崖をもっていてもなお、主郭に備える慎重さがある。対して主郭前面の構はどうなのか。帯郭東側から尾根筋状の地形を段下りに削平した三日月形ないしは細長い大小十二郭が存在して充分な備えである。まず、直下に三段の小郭があって、50m×12m〜13m大の郭が配されている。掘削壁面や前面の岸を割石積で固めたものである。ついで三段の郭下ると、やはり三日月形で33m×7mほどの郭がある。さらに一段小郭をおいて32m×6m、10m×3mの細長い大小の郭が並ぶ。これより少し下ると三腹の平坦状部に出7、北東麓に蓮光院境内の墓地から登っていく小径に通ずる。その小径は南方からの視野に隠れるもので、敵の目を逃れて事を行うのに好都合であり、旧来の登攀路としてのあり様も伺える。その意味では、北麓室本港の近傍から山腹斜面を横切って西側突端部に至る登攀路も、旧来のものと考えられる。【日本城郭大系】
伽藍寺
土塁
伊吹島
有明浜
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2018年06月27日
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【夏艸やつはものどもの夢の跡】
作 者:松尾 芭蕉
〔寛永21年(1644)〜元禄7年10月12日(1694)〕
建 立:
背 景:
解説等:
場 所:屋島寺中門前
住 所:香川県高松市屋島東町
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資 料:WEBより、
撮影日:2017年10月18日
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