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生田 春月文学碑
【明治25年(1892)3月12日〜昭和5年(1930)5月19日】 業 績:詩人、翻訳家、小説家、評論家、 本 名:清平 出身地:鳥取県西伯郡米子町(現米子市)に生まれる。 住 所:鳥取県米子市皆生温泉4丁目20 場 所:皆生海浜公園 建 立:昭和四十一年十一月吉日 生田春月顕彰会 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/35.45863159939913,133.35880724719482,19 マップコード: 109 448 581*21 解 説 生田春月は、明治末期から昭和初期にかけて詩人・翻訳などとして活躍。詩集『霊魂の秋』『感傷の春』が大好評を博し、ハイネの紹介と研究には多大な業績を残しました。そしてかの萩原朔太郎をして「日本の詩壇の灯台」と称賛させました。顕彰碑は、これも地元が生んだ彫刻家、辻晋堂の作。碑文は、自叙的長編小説『相寄る魂』の冒頭の一説です。「生きとし生ける人の胸に限りも知らぬ寂しさが雲の如くに湧くときは離れ離れし人も相寄る」 ●小説『相寄る魂』 この小説は、当時(大正〜昭和初期)の中央文壇に実在の人間模様や、米子の様子が詳細に描写され、愛の美しさ、はかなさが描かれています。春月自身は、まるでそのラストシーンを想起させるように、瀬戸内海に身を投じ、人生に自らピリオドを打ったのは38歳の初夏でした。 資 料:現地説明板、Wikipediaなど、 撮影日:2018年11月21日 近隣施設:皆生温泉、弓ヶ浜、
弓ヶ浜 |
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2019年02月16日
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