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温泉名:皆生温泉・花風の足湯
主成分:ナトリウム・・・カルシュウム・塩化物泉 泉 温:85°C> 湧出量:分当たり、3800ℓ 効 能:婦人病、胃病、神経痛,リューマチ、皮膚病など 住 所:鳥取県米子市皆生温泉3丁目1 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/35.45633976190807,133.3615511470167,19 マップコード↓↓↓↓ 109 448 351*83 歴 史 明治33年(1900),浜野漁師たちが海中に泡立つ泉源を発見。泉源は浜のすぐ近くであったから、村人が露天風呂を楽しんでいたという。 大正11年、米子の温泉開発の父といわれる有本松太郎氏らが皆生温泉土地株式会社をして創立し、本格的な泉源の発掘と温泉街の開発に尽力した。 大正14年、国鉄米子駅から皆生に至る電車が開通し、温泉街の繁栄ぶりは目をみはるものがあった。米子町から4㎞の静かな漁村に、あちこちと木造の温泉宿が建ち始め、伝え聞く地方の人々や各地から多くの文人湯治客が訪れるようになった。 昭和10年ごろから潮流の変化などによる砂浜の後退が進み、泉源が次々と壊され、旅館の窓下まで渚になった。 戦後、護岸堤が造られ、更に、昭和46年から離岸防潮堤が築かれ、やっと砂浜の後退が止まった。 資料等:現地説明板など、 駐車場:無料 米子市観光センター駐車場 撮影日:2018年12月21日 近隣観光地:大山、境港、大根島、
使用時間:10:00〜21:00 源泉温度が高いため加水している。 |
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神社名:皆生温泉神社
祭 神:大国主命 創 建: 創 基: 社 格: 住 所:鳥取県米子市皆生温泉三丁目16 マピオンマップ↓↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/35.456866300416245,133.3653786592804,19 マップコード↓↓↓↓↓ 109 449 394*11 電 話: 由 緒 天正年間(1573〜1592)に命名された「海池(かいけ)村」の名が、江戸時代の末期(慶応3年)、「皆生村」と改名統一されたことが名の由来とされています。皆生の名の由来には、その昔、出雲の稲佐の浜から泡となって流れた魂たちが海岸に流れ着き、新しい身体と心が蘇生(よみがえる=黄泉の国から帰る)されて皆、生まれ変わった。このことから、当地を「皆生」と呼ぶようになったと言い伝えも残っています。 皆生温泉神社のご祭神の一神である大国主命(通称:大黒さま)は、医療・薬(くすし)、そして縁結びの神様でもあります。 皆生温泉は、長寿にあやかれる有難い温泉なのです。皆生温泉の氏神様「皆生きる」の名前の通り、手を合わせればきっと長寿の御利益があるでしょう。 札所等: 解 説: 御利益:長寿・健康祈願 H P: 文化財等: 駐車場:無し 撮影日:2018年11月22日 資料等:現地説明板など、 近隣施設:米子市観光センター(足湯あり)、
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生田 春月文学碑
【明治25年(1892)3月12日〜昭和5年(1930)5月19日】 業 績:詩人、翻訳家、小説家、評論家、 本 名:清平 出身地:鳥取県西伯郡米子町(現米子市)に生まれる。 住 所:鳥取県米子市皆生温泉4丁目20 場 所:皆生海浜公園 建 立:昭和四十一年十一月吉日 生田春月顕彰会 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/35.45863159939913,133.35880724719482,19 マップコード: 109 448 581*21 解 説 生田春月は、明治末期から昭和初期にかけて詩人・翻訳などとして活躍。詩集『霊魂の秋』『感傷の春』が大好評を博し、ハイネの紹介と研究には多大な業績を残しました。そしてかの萩原朔太郎をして「日本の詩壇の灯台」と称賛させました。顕彰碑は、これも地元が生んだ彫刻家、辻晋堂の作。碑文は、自叙的長編小説『相寄る魂』の冒頭の一説です。「生きとし生ける人の胸に限りも知らぬ寂しさが雲の如くに湧くときは離れ離れし人も相寄る」 ●小説『相寄る魂』 この小説は、当時(大正〜昭和初期)の中央文壇に実在の人間模様や、米子の様子が詳細に描写され、愛の美しさ、はかなさが描かれています。春月自身は、まるでそのラストシーンを想起させるように、瀬戸内海に身を投じ、人生に自らピリオドを打ったのは38歳の初夏でした。 資 料:現地説明板、Wikipediaなど、 撮影日:2018年11月21日 近隣施設:皆生温泉、弓ヶ浜、
弓ヶ浜 |
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興 雲 閣
住 所:島根県松江市殿町1番地59 所在地:松江城内 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/35.47354988724592,133.05057046945527,19 マップコード↓↓↓↓ 163 501 401*04 電 話: 文化財指定:島根県指定有形文化財=昭和44年(1969)2月18日 歴史的風致形成建造物=平成23年(2011)7月20日 建築年:明治36年(1903) 改築等:明治45年、平成27年、 用途区分:迎賓館 公開状況:年中無休・無料公開 解説等 興雲閣は、明治36年(1903)に松江市が松江市工芸品陳列所として建てた。当初、明治天皇の行在所に使用する目的で造られたため、装飾・彫刻を多く用いた華麗な仕上げとなっています。結果的には天皇の巡幸は実現しませんでしたが、明治40年(1907)、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)の山陰道行敬にあたって、同年5月22日から25日まで御旅館となり、迎賓館としての役割を果たしました。 その後、明治45年(1912)に正面の階段を奥に移動するなどの改修が行われ、松江市の公的な歓迎所として、また、各種の展覧会場・会合に使用されました。昭和48年(1973)から「松江郷土館」として活用してきましたが、平成23年(2011)3月に閉館し、建物そのものの持つ歴史と魅力を活かした新たな活用のため平成25年度から平成27年度にかけて保存修理工事を行いました。 駐車場:有料(松江城駐車場) 資料等:現地説明板など、 撮影日:2018年11月22日 |
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神社名:松江神社
主祭神:松平直政 創 建:明治十年(1877) 創 基:松江の有志 社 格:県社 住 所:島根県松江市殿町 マピオンマップ↓↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/35.47389064462263,133.0504095369144,19 マップコード↓↓↓↓↓ 163 501 430*41 電 話: 由 緒 松江神社は、松江の有志により松平直政公を御祭神として明治十年(1977)に西川津村楽山(現松江市西川津町)に楽山神社として創建されました。 明治三十一年(1898)、朝酌村(現松江市西尾町)にあった東照宮の御祭神を合祀し、翌年現在地の松江城山二之丸に遷座して、社名を松江神社と改めました。 現在の社殿は、堀尾忠晴公が朝酌村に祀られた東照宮の社殿です。 昭和六年(1931)には、松江藩中興の明主として仰がれた七代藩主松平治郷公(不昧公)と、松江開府の祖堀尾吉晴公の遺徳を称えて御祭神を配祀し、今日に至っています。 駐車場:有料(松江城駐車場) 撮影日:2018年11月22日 資料等:現地説明板、Wikipediaなど、 近隣施設:松江城、 歓喜山・月照寺(史跡)
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