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軒原 庄蔵銅像 治水の功労者 香川県さぬき市大川町みろく自然公園内
富田中村の庄屋「軒原庄蔵」は、水不足に困る弥勒池の貯水増のため、三ツ石山の岩盤を掘り抜き、砕石谷からの導水に成功し多くの農民を救った。 隧道工事は、田面村の工事監督「多田信蔵(霞岳)」、富田中村の数学者「萩原栄次郎」等の協力を得て、安政二年(1855)から安政四年にかけて、長さ105間(191m)の石穴を貫通させる難工事であった。 この画期的な工事を完成させた功績により、高松藩から郷侍格にとりあげられた。 後、明寺二年(1869)満濃池のゆる石穴工事を命じられ、明治三年30間余り(約56m)の石穴を完成させ、讃岐の治水に貢献した。このため、満濃池の恩人とあがめられ、満濃池畔の松崎神社に合祀されている。 明治二十三年六十三歳でふる里に没した。 大川町歴史民俗資料館の落成を記念し、その遺徳を顕彰してこれを建立する。 平成二年三月吉日 大川町(現さぬき市大川町) 石穴は登録有形文化財(建造物)に2000年2月15日登録されている。 以上の文は、銅像の後ろ側のキャプソンより転載しました。 弥勒池 写真は、2013年11月21日撮影
場所は、スポットノート『銅像や記念碑等のmap』に投稿します。 大川民俗資料館内の『軒原庄蔵』コーナーの図解とジオラマ(入館無料)
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香川の賢人像
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平和の群像 香川県小豆郡土庄町
小説「二十四の瞳」は、小豆島出身の作家壷井栄の作品で、昭和初期の小豆島田ノ浦岬の分教場を舞台にした、若い女性教師大石先生とその教え子十二人の物語である。 「平和の群像」は、昭和二十九年の木下恵介監督・高峰秀子主演による映画化を祈念し、昭和三十一年十一月十日に除幕された。 この群像には、平和と幸せを求める永遠の願いが込められている。 群像は、香川県丸亀市出身の彫刻家矢野秀徳氏の作品。題字の「平和の群像」は当時の内閣総理大臣鳩山一郎氏、碑文は、当時の文部大臣大達茂雄氏によるもの。 二十四の瞳あらまし
昭和三年頃、島の南にある田ノ浦岬の分教場に若い女性教師の大石先生が赴任してきた。 若い「おなご(女性)先生」は当時は珍しく、自転車で通勤し、周囲の目をひく。教え子達に深い愛情を注ぎ、教え 子達も大石先生を慕うようになる。小学校の卒業後の教え子のそれぞれの人生、結婚後の大石先生の生活が描かれる中、日本は満州事変、太平洋戦争へ突入していく。戦争に翻弄される大石先生や教え子達。戦争の犠牲になり、戦死したかっての教え子。時は過ぎ、終戦後の同窓会では、先生や残った教え子たちが、与えられた逆境の中で、母として、女性として力強く新しい時代を生きていくであろうことが暗示されている。
以上の文は、現地説明石板より転載しました。 写真は、2013年6月18日撮影 場所は、スポットノートに『銅像や記念碑map』投稿します。 |




