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特別名勝「栗林公園」

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栗林公園:梅林橋と箱松・屏風松
 梅林橋(ばいりんきょう)と箱松・屏風松は商工奨励館前を南に行って北湖(ほっこ)沿いに西に進むと松並木に出ます。枝が複雑に絡んだ松が箱松・風除け風に背丈の高いのが屏風松です。もとは『桧御殿』の周りにあった土塀沿いに植えられていた松であるが、長年の手入れで現在のような樹形になった。本園独特の樹形であり、300年以上の手入れの積み重ねによって見事な枝ぶりが見どころです。
 この松並木を出ると左手に赤い橋が見えてくる。この橋が梅林橋(赤橋)で附近は緑一色の湖景に朱色が鮮やかに映えています。この橋は園内唯一の色のついた施設です。この橋の袂では記念写真を撮る方が多いです。
 この記事は公園パンフレット・現地案内板などから転載させて戴きました。
 この橋の袂には茶店がある。
 写真は200年12月14日撮影

 梅林橋:後ろが茶店(皐月亭)
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 梅林橋:後ろの四角い松が箱松
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 箱松の枝
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 南側は四角く見える
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 屏風松
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栗林公園:西湖と石壁

栗林公園:西湖と石壁
 西湖は公園西部の紫雲山の麓にある。新日暮亭(しんひぐらしてい)のまえの池で石壁は紫雲山の山肌の柱状節理の岩肌が露出している所です。
 ここも60分コースには含まれてない景勝地で時間制限のある方たちに見て戴ける事が少ないと思います。
写真は2009年12月14日撮影

  会僊巌(かいせんがん)
 西湖に望む築山“会僊巌”の豪快な石組は、かってはさらに巨大で、神仙の会するごときものであったことが古図からうかがえる。現在はその石の一部が園外へ出るなどしているが、ここからは、対岸の石壁や爛柯石屋などを眺めることのできる景勝地である。 
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  爛柯石屋(らんかせきおく)
 代々の藩主が夏期に涼をとるため、この場所で碁を楽しんだところと伝えられている。
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  石壁“赤壁”(せきへき)
 野趣に富んだ西湖の景を支えている石壁は“赤壁”とも呼ばれ中国の揚子江左岸にある景勝地で、詩人蘇軾が「赤壁賦」を詠んだことで有名な赤壁に因んで名づけられたとも言われたいる。自然の岩盤を巧みに取り込んだスケールの大きい庭景を作りだしている。
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  桶樋滝(おけどいのたき)
 西湖の赤壁を流れるこの滝は、藩主の観賞用としてつくられた。紫雲山の中腹に置いた樋まで人力で水を汲み上げたことから桶樋滝という名前がついたといわれている。
 現在は、西湖の水をポンプアップし流水している。
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栗林公園:小普陀と慈航嶼に架かる二つの橋
  小普陀(しょうふだ)
 小高い築山に、枯山水に石組がなされたもので、栗林公園発祥の地とされる。石組は栗林公園中で最も古く室町時代の手法を取り入れて築造されたものと推考される。この地は中国観音の霊場浙江省舟山列島の普陀山になぞって名付けられた。藩政時代には、西側に観音堂があった。
 記事は栗林公園案内パンフレットから抜粋しました。

  慈航嶼(じこうしょ)=島
 慈航嶼の周りは睡龍潭(すいりゅうたん)と云う池がある。睡龍潭は西湖(さいこ)と南湖(なんこ)の間に在る池で慈航嶼に渡る津筏梁(しんばつりょう)と到岸梁(とうがんりょう)の二つの橋が架かっている。二つとも木の橋で津筏梁は四角い木を斜めに渡し長い木が無くても長い橋が架けられるように工夫された橋です。到岸梁は太鼓型の橋で手すりが無い、この地は栗林公園の1時間コースには含まれてない公園の南西角にある名勝地です。
 記事は栗林公園案内パンフレットなどを参照しました。
 写真は2009年12月14日撮影
 小普陀
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 津筏梁(しんばつりょう)
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 到岸梁(とうがんりょう)
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特別名勝「栗林公園」

特別名勝「栗林公園」
 栗林公園は香川県高松市栗林町にあり昭和28年(1953年)に国指定特別名勝に指定されています。
 栗林公園は南庭と北庭に分かれ南庭は回遊式大名庭園で江戸時代に完成した。北庭は昔は鴨場で在ったのを近代的に整備して大正初期に完成した。
 園内には六つの池(六大水局)と十三の丘(十三大山坡)とで出来ていて名前が付いている橋だけで14ヶ所あります。栗林公園の表紙を飾る場所は飛来峰:ひらいほう(丘)より南湖:なんこ(池)を望み偃月橋:えんげつきょう(橋)が見えるところです。
 栗林公園は当地の豪族・佐藤氏(義経の身代わりになって死亡した子孫だともいわれている。佐藤氏のお墓が在る所は、藤をとって藤塚と呼ばれ現在の藤塚町となったと言われている。)によって小普陀附近に築造されたのが始まりといわれ、生駒高俊公が紫雲山を背景に南湖一帯を造園し、松平頼重公に引き継がれ歴代の藩主により完成し、明治維新に至るまで松平家の下屋敷として使用されていた。1875年に県立公園になり一般に公開された。
 英語表記は「Ritsurin Park」だったが、外国の方の来園が多くなり2009年3月以降は「Ritsurin Garden」公園から庭園とした。
 栗林公園内には高松市立美術館(鴨引堀が在る所)があり栗林動物園(東門脇の駐車場)もありゴリラやナマケモノなどがあり夏場にはプールもあって賑わっていました。
 栗林公園は入園料が必要です。大人¥400円 

  桧御殿跡
 松平初代藩主頼重公が30余年にわたって東讃岐(12万石)を治めた後、引退するにあたって、この地に周囲を土塀で囲み、広大で豪壮華麗な桧御殿を建てて、ここに住み、その後歴代の藩主の別邸として使用された跡地で明治4年頃、その建物は民間に払い下げられ、往時の建物は残ってない。

  常盤橋
 常盤橋は大手門外濠に架けられた橋で三越デパート附近に在ったらしい。今は大手門も外堀も残ってないが常盤橋(石橋)の一部は栗林公園の東門前の濠に架かったいます。高松5街道の起点になった所とも言われています。
 栗林公園は一度には紹介出来ないのでシリーズとして投稿したいと思っています。公園の大きさは特別名勝の中(造園した公園)では最も大きな公園です。(自然公園は除いて)
 記事は公園パンフレット・WEBなどから参照させて戴きました。
写真は2009年12月14日撮影

 国道から公園入り口に架かる常盤橋
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 公園案内図
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 東門(正門・公園事務所などがある)
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 商工奨励館前・奥の山は紫雲山
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 桧御殿が在った所
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