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倉敷美観地区
住 所:岡山県倉敷市中央1丁目 観光案内所電話:086-422-0542 マピオンマップ↓↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/34.59565052173731,133.77163408324654,19 マップコード:19 632 087*36 文化財:国の重要伝統的建造物群保存地区 文化財保存時期:昭和54年(1979)5月21日 選定 時代背景:備中松山藩の玄関口として上方への物資の輸送中継地となり、寛永19年(1642)には、幕府直轄の天領になり代官所が設けられ活気が帯びてゆく。 当時の倉敷川は、潮の干満を利用して多くの舟が航行した。川沿いには、町家や蔵を中心に町並み形成されてきた。 主施設:大原美術館、旧倉敷紡績工場、今橋、 資料等:Wikipedia、 関連記事:倉敷アイビースクエア、 撮影日:2018年11月22日 近隣観光施設:鷲羽山、蓮台寺、
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岡山県
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倉敷アイビースクエア(外観)
運 営:株式会社倉敷アイビースクエア 住 所:岡山県倉敷市本町7-2 所在地 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/34.595182437265194,133.77306370065122,19 マップコード:19 633 032*75 電 話:086-422-0011 文化財指定:近代化産業遺産=平成19年(2007)11月30日認定 建築年:明治22年(1889) 改築等:昭和48年(1973) 用途区分:総合観光施設 公開状況:無料公開【お土産販売・カフェ・ホテル併設】 解説等 綿花や米の集散地として栄えた天領の町倉敷でしたが、明治になると紡績業で再興が図られ、代官所跡に倉敷紡績所が建設されました。国内紡績が衰退していく中、本社工場を再開発し、複合文化施設として再生したのがアイビースクエア。 館内にレストラン・ホテルなどがある商業施設になっている。赤煉瓦の壁面にはツタが絡まる景観も見ごたえがある。 代官所跡なども復元されている。美観地区の中核をなしている。 資料等:倉敷観光WEB、Wikipediaなど、 H P:https://www.ivysquare.co.jp/ 撮影日:2018年11月22日 近隣施設:倉敷美観地区、大原美術館、
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寺 名:瑜伽山・蓮台寺・権現堂奥の院
本 尊:瑜伽大権現 開 基: 創 建:
宗 派:真言宗御室派 札 所: 住 所:岡山県倉敷市児島由加 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/34.50599077746747,133.8505768589619,19 マップコード: 19 312 281*42 電 話: 由 緒 明治政府の神仏分離政策にも負けず、権現様を護り続けるため、明治初期に建てられた。昭和六十三年より権現堂奥の院としてお祀りしている。 観音堂・御影堂(大師堂)・多宝塔・権現堂奥の院を文化財保存ゾーンと呼ぶ。(観音堂・御影堂(大師堂)・多宝塔の間に神社によって分離されています。とはいっても人々の往来は目を瞑っているようです。) 文化財:下記HP頁参照 資 料:下記HP、現地説明板など、 参照HP:http://yugasan.jp/top.html 駐車場:無料 関連記事:蓮台寺、 撮影日:2018年11月13日 近隣施設: 「お助けの鐘」県下一の大鐘
明治四十年奉納 重さ千二百貫(約4トン) 第七十世貫主「佐伯 僧行代」 戦時中は鉄不足の折、供出されましたがこの鐘だけは人々を苦しめる武器に使うのでなく、お助けするためにと残された縁起の良いご利益のある鐘である。 【鐘はお参りの前に一人一回心をこめ、優しく大切に撞くのが作法です。】 |
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寺 名:由加山・蓮台寺
本 尊:十一面観音菩薩、瑜伽大権現、 開 基:伝 行基 創 建:伝 天平10年(738)
宗 派:真言宗御室派 札 所:中国三十三観音霊場第6番札所、百八観音霊場第八番札所 住 所:岡山県倉敷市児島由加2855番地 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/34.504938658586745,133.8502120785359,19 電 話:086-477-6222
由 緒: 解 説 由加山の瑜伽大権現と讃岐国にあった金毘羅大権現(現金刀比羅宮)を参る両参りと呼ばれる慣習が、江戸時代にはあったという。 明治初年の神仏分離に伴い蓮台寺境内から由加神社(由加神社本宮)がつくられ、分けられた。 文化財: 資 料:Wikipedia、下記HPなど 参照HP:http://yugasan.jp/ 駐車場:無料 関連記事: 撮影日:2018年11月13日 近隣施設:旧野崎家住宅(有料)、鷲羽山、 |
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寺 名:恵日山・高顕寺
(旧八塔寺宝寿院明王院) 本 尊:不動明王 開 基:伝)弓削道鏡法印 創 建:伝)神亀5年(728)
宗 派:高野山真言宗 札 所: 住 所:岡山県備前市吉永町加賀美1221 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/34.91856215442407,134.25364045420068,19 電 話:
由 緒: 聖武天皇の御代に僧道鏡の開基と伝えられる古刹で、住時は山岳仏教の中心地として名を成した土地である。盛時には八院六四僧坊や十三重塔など仏塔が建てられたとされる聖地であった。ところが永正14年(1517)、浦上村宗の兵火にかかり堂塔伽藍はほどんど焼失し、さらに天正19年(1591)には寺領が召し上げられるなど、寺は荒廃することになった。寛文3年(1663)池田綱政が、本堂・三重塔・鐘樓・山王社・本社拝殿等がととのえられた。 解 説 寛政年間にまたも灰土に化したが、幸いにも本尊の十一面観世音菩薩の霊像は在し続けられた。 文化13年(1816)国司の提唱により、当山中興の祖、妙道上人により再創され、天保3年(1832)、真言宗と天台宗は別山精舎を経営するに至り、定朝作十一面観世音菩薩の霊像を祀る 天台宗「照鏡山八塔寺」と、定朝作の不動明王の霊像を祀る 真言宗「恵日山高顕寺」とに改号し、現在に至る 中世には、多くの出家修行者が集り西の高野山と称された。十三重塔、三重の塔、8院、64僧房計72の院坊があったという。 (明王院・宝寿院・三宝院・弘法院・常照院・寂院・徳院・善院)(浄徳房・法潤房・賢房・大善房・万代房・妙賢房・了得房・東南房など)。 八塔寺の僧侶が作る薬草は有名であった。 資 料:下記HPなど 参考HP:https://ja.wikipedia.org/wiki/高顕寺 駐車場:無料 撮影日:2018年8月9日 近隣施設:八塔寺、八塔寺川ダム、 |




