道の駅「風の家」は乳製品や地元特産品や工芸品、お土産品などを販売する<SHOP>と、大根やトマト、やまぶどうといった地元特産品を使ったシャーベットや、ジャージー牛乳を使ったソフトクリーム(4月〜11月)、ジャージ肉のチャーシューや大根が乗ったオリジナル「風の家ラーメン」、カレーライス、山菜うどん、そばなど軽食が楽しめる<軽食コーナー>、地元の生産者が採り立ての新鮮野菜や花木を持ち込んで販売を行う<新鮮野菜市>、地元産の蕎麦を、挽きたて・打ち立て・ゆでたての三たてで提供する<蕎麦の館>、からなっています。 この日は市内に出て「蒜山焼きそば」を食べるのと蒜山高原に行く事でしたが、途中の渋滞によってここで断念しました。秋の蒜山高原を見たかった!。 道の駅「風の家」ホームページ↓↓↓↓ http://www.h2.dion.ne.jp/~kazenoie/ 文は道の駅「風の家」ホームページより転載しました。 写真は2010年11月13日撮影 場所はワイワイマップにスポット投稿します。 蒜山焼きそば 一度に焼けるのは15〜16人前だそうです。 500円+缶お茶120円合計620円(もう少し大きい塊の鶏肉が入って欲しかった。) 産直市 ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「道の駅」で検索→《「駅」「道の駅」「商業施設」「温泉施設」などのMAP》を スクロールで選定する。 |
岡山県
[ リスト | 詳細 ]
津山城祉は岡山県津山市山下に残る。城郭の形式は梯郭式平山城。森忠政(森蘭丸の弟)は「鶴山(つるやま)」を「津山(つやま)」と改めた。 天守は破風を持たない4重5階の独立型層塔形式で、小倉城の天守を模して造られたともいわれている。築城当初、天守は5重であったが巨大さゆえに幕府に目をつけられたため、忠政は4重目を破棄し「あれは庇であって4重である」と言い切り難を逃れた。往時は広島城の76棟、姫路城61棟に次ぐ櫓の多さであったが、明治6年(1873)の廃城令により天守・櫓など他の建物も破却され天守台・石垣のみとなっている。 現在は鶴山公園(かくざんこうえん)として桜の名所となっており日本さくら名所100選に平成2年4月6日選定、日本の歴史公園百選に平成18年10月27日選定、国史跡「津山城跡」昭和38年9月28日指定されている。2005年に備中櫓が復元された。 室町時代の美作国の守護大名であった「山名教清」が、一族の山名忠政に現在の津山城のある小高い鶴山に城を築かせたのが最初である。しかし応仁の乱で山名氏衰退ののち廃城となる。 森忠政は信濃川中島の功で美濃の国から美作の国に18万6千5百石で入封し、現在見られる津山城の建設に着手。また、城地の名を「鶴山」から「津山」に改めた。13年の歳月をかけ、5層の天守を戴き櫓や城門などを合わせ80余棟が建ち並ぶ大規模な近世城郭が完成。50年の歳月をかけ賑やかな城下町津山が生まれた。 元禄10年(1697)4代藩主「長成」が跡継ぎを立てられず領地没収となり、森氏断絶。安芸国広島藩主・浅野綱長の預かりとなる。元禄11年(1698)松平宣富(越前家)が越後国高田藩より美作の国10万石で入封。以後、9代続き明治4年(1871)の廃藩置県まで城主となる。文化6年(1809)火災により本丸御殿焼失。明治7年〜明治8年(1874〜1875)天守・櫓などの建物が悉く破却される。 文は、津山城跡パンフ及びWEBなどから参照しました。 写真は2010年11月13日撮影 場所はワイワイマップにスポット投稿します。 冠木門跡(ここでチケット購入後入場)
表中門跡 備中櫓(2005年復元) 表鉄門跡 天守石垣 天守跡から備中櫓 天守跡から天守入り口 粟積櫓跡(小天守)から天守方面 粟積櫓跡(小天守)から本丸方面 長屋櫓跡附近 ワイワイマップの見方 yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→岡山で検索→《岡山県MAP》を スクロールで選定する。 |
犬島は岡山県岡山市東区にある約60人が住む離島です。定期連絡船就航しています。 旧製錬所跡と現代アートの島として再生途上中です。 〜犬島海水浴場〜 犬島海水浴場は美しい海水浴場で弓なりに約200m続く海岸線に白い砂浜、遠くには小豆島など瀬戸内の島々を望み、のんびりとしたリゾート気分が楽しめる。清潔なシャワー室やトイレ、管理棟も完備されているので安心だ。(夏期のみ) 釣りも出来るようだ。 〜犬島公園犬島キャンプ場〜 利用期間:4月15日から10月15日まで、約4haの広い敷地に40個のテントサイトを有する。 〜未来に生きるMOAI計画〜 未来に生きるMOAI計画(学生による環境造形の現地制作)1997〜1998年 平成9(1997)年岡山築城400年記念イベントの一つとして芸術系6大学の学生によって作成され海水浴場の浜辺に配置されている。犬島産の石を使ったものが多い。 写真は2010年10月6日撮影 犬島海水浴場
☆名古屋芸術大学「犬島に生きる石」 この作品は、犬島の人々の生活に根ざした「犬石様」の姿を借り、島から望むこの展望に映えるよう形を考え、島々の人々と共に歩み続けて欲しいという思いを表しています。 ☆愛知県立芸術大学「犬島〜風景を望む〜」 野外彫刻か、地域とそこに住む人々と深く根づいたものとなるように、私達は犬島の方々と共同制作をしました。一軒一軒、石を運び実際に割ってもらった部品を私たちが再構成した作品です。 この作品によって犬島の過去と未来をつなぐ一つの道標になればと思っています。 ☆大阪芸術大学「スケッチ」 人、自然、作品が向合うために・・・ ☆京都市立芸術大学「海辺の地図’97―’98」 流れ着いたものたちがいつも必要とするものは、自分がいまいる場所の地図なのかもしれません。 ☆倉敷芸術科学大学「(静かな)犬島の波」 この作品は、瀬戸内海の波の上下運動や強弱と行き来する方向性を、今私達の揺れ動く気持ちと優柔不断な不安定さ、更に犬島にある製錬所跡や採石場跡の危険な雰囲気に興奮と不安定な私達の将来に重ねています。 ☆京都精華大学「(ふた)ラ・イースラ・デ・ペロ」 犬島は石で出来た島です。???? ・・・ここで手を加えた石は総て、犬島の一部です。この大家族の表札なる[フタ]の下には、子供たちがいます。「まるで犬のようだ」 文は、現地説明案内板より転載しました。一部読み取れない個所があります。ご了承ください。(分かる方が居られましたらBLOGのコメント欄に記入くだされると有難いです。) ワイワイマップの見方 yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→岡山で検索→《岡山県》を スクロールで選定する。 |
島名は犬に似た巨岩に由来するといわれるが、その名に似ず、島内には猫が非常に多い(2009年以降は激減)。 「石の島」と知られる犬島は、古くは江戸城、大坂城、岡山城の石垣、明治以降では大阪港礎石の切り出しが行われるなど、全国で犬島の石が珍重されてきた。 1909年、犬島製錬所が開設され、稼働した10年の間、住民は3000人を越えたが、製錬所閉鎖と採石業の衰退により、現在の人口は50分の一以下となっている。 精錬所跡は通商産業省指定近代化産業遺産として指定された。 写真は2010年10月6日撮影 ワイワイマップ「岡山」で検索してください。 |
良質の花崗岩(犬島みかげ)の産地として、約400年前から栄えていました。犬島の採石業者の守り神として信仰を集めていた神社。小高い巨石の上にあり、上からは犬島の集落や瀬戸内海や近代化産業遺産の銅製錬所跡の煙突が一望できます。神社裏には大灯籠(灯台)の跡があるらしい。 参考資料:瀬戸内国際芸術祭2010 アートをめぐる旅・完全ガイド。 写真は2010年10月6日撮影 展示場所は、ワイワイマップ岡山県にスポット投稿します。 |




