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寺 名:照鏡山・八塔寺
本 尊:十一面観音 開 基:伝)弓削道鏡法印 創 建:伝)神亀5年(728)
宗 派:天台宗 札 所: 住 所:岡山県備前市吉永町加賀美 マピオンマップ↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/34.91890524785614,134.2539247683562,19 電 話:
由 緒: 聖武天皇の御代に僧道鏡の開基と伝えられる古刹で、住時は山岳仏教の中心地として名を成した土地である。盛時には八院六四僧坊や十三重塔など仏塔が建てられたとされる聖地であった。ところが永正14年(1517)、浦上村宗の兵火にかかり堂塔伽藍はほどんど焼失し、さらに天正19年(1591)には寺領が召し上げられるなど、寺は荒廃することになった。寛文3年(1663)池田綱政が、本堂・三重塔・鐘樓・山王社・本社拝殿等がととのえられた。 解 説 撮影当日は、本堂前の階段頂部にネットで遮断されていたので境内には入らず、境内外だけからの写真になっている。 文化財:銅鐘(備前市指定文化財) 資 料:下記HPなど 参考HP:https://ja.wikipedia.org/wiki/八塔寺 駐車場:無料 撮影日:2018年8月9日 近隣施設:八塔寺川ダム、 |
岡山県
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神社名:吉川八幡宮
主祭神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后 創 建:伝・永長元年(1096) 旧社格:県社 住 所:岡山県加賀郡吉備中央町吉川 マピオンマップ↓↓↓↓↓ https://www.mapion.co.jp/m2/34.81962552554416,133.75180451200222,19 電 話: 由 緒: 札所等: 解 説 五間三間入母屋造の本殿の屋根は厚板を葺いた栩葺(とちふき)で、室町時代の応永二年(1395)に建てられと言い伝わる。 正面の向拝と呼ばれる部分は、江戸末期元治元年(1864)に一新されている。地元で代々大切にされてきたため何百年たった今日でもその雄姿を目にすることができる。 平成八年から三ヶ年かけて、建物の部材をひとつひとつ丁寧に取り外し、建物のもつ長い歴史を尊重しながら傷んだところを直して再び組み立てる全解体修理が行われ、建立当初の姿に近い形でよみがえった。修理中一建築部材に、木材に鑿(のみ)を打ち、楔で引き裂いて製材する古代以来使われてきた「打ち割り」技法の詳細がわかる痕跡がはじめて発見された。本殿を建てるときには、縦挽きのの鋸が一切使われていない。 この本殿には、中世の建築の特徴が色濃く残されている。【吉備中央町教育委員会説明板より転載】 伝 説: H P:https://ja.wikipedia.org/wiki/吉川八幡宮 文化財等:本殿=重要文化財 大正14年(1925)4月24日指定。 資料等:Wikipedia、現地説明板など 撮影日:2018年8月9日 近隣施設:重森三玲記念館
出雲構え獅子型狛犬?
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名 称:深谷(みたに)の滝
住 所:岡山県備前市三石 場 所:マピオンマップ↓↓↓↓ http://www.mapion.co.jp/m2/34.819566072350355,134.2779385856632,19 河 川:吉井川水系金剛川支流 山 名:石塔山 標 高: 落 差:雄滝=高さ15m、幅2m 滝つぼから流れ落ちているのが、雌滝です。高さ7m 幅3m 見どころ:もみじの名所としても有名で、園児により植栽されたもみじは、今ではその数500本を数えるまでにもなっています。 秋にはもみじ祭りを開催し、紅葉を愛でる多くの人々に毎年にぎわっています。 文化財:岡山県備前市指定名勝、備前市十景、 資料等:おかやまの自然百選HP、おかやま旅ネットHP、現地説明板、 撮影日:2016年7月20日 周辺施設: 駐車場:龍神社 雄滝
雌滝
龍神社
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名 称:絹掛の滝(不動の滝)
住 所:岡山県新見市草間
マピオンマップ↓↓↓↓
河 川:高梁川支流
山 名:
標 高:
落 差:第1の滝=約50m 中の滝=約12m 奥之院=約28m
文化財:新見市指定名勝 昭和六十三年三月十一日指定
周辺施設:井倉洞
撮影日:2016年7月6日
資料等:現地説明板
高梁川の浸食による下刻作用は著しく、阿哲台の石灰岩をV字状に深く刻んでいる。しかし、草間を流れる高梁川の支流の水量が少なく、本流との間に浸食の差を生じ三段の懸谷(けんこく)を形成した。
【懸谷(けんこく)= 滝か急崖で本流と合流している支谷。本流の下刻力が大きいとその河床低下に支流の河床低下が追いつかず,合流点で河床高度に大きな差が生じ急崖を形成する。河川が平衡に達していない急峻な山地にみられる。】
「絹掛の滝」は、白絹をかけたような気品にあふれる姿からその名が付けらている。
なお、絹掛の滝の岸壁の裾に岩屋があり、石仏の不動尊が安置されていることから、「不動の滝」とも呼ばれている。
【新見市教育委員会】設置
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山寺院号:井山・宝福寺
宗 派:臨済宗東福寺派
本 尊:虚空蔵菩薩
開 基:日輪
創 建:不明
住 所:岡山県総社市井尻野
マピオンマップ↓↓↓↓
電 話:0866-92-0024
由 緒
天台宗の僧・日輪によって開かれた。
鎌倉時代の貞永元年(1232)に備中国真壁(現在の総社市真壁)出身の禅僧・鈍庵慧總によって禅寺に改められた。
当時の天皇であった四条天皇は病気となっていた。鈍庵が天皇の病気平癒のために祈祷を行ったところ、壇前に客星が落ち、天皇の病気は平癒したという。星が落ちた場所に井戸を掘り「千尺井」と名付けた。これが山号「井山」の由来となった。その後、寺院は天皇の勅願寺となり発展した。一時は塔頭・学院55、末寺300寺を数えるほどの巨刹(きょさつ)となり隆盛を誇った。
戦国時代に起こった備中兵乱のため、天正3年(1575)には三重塔を残し伽藍のことごとくを戦火により失った。その後、江戸時代に至るまでの間は荒廃していたが、江戸時代初期に復興され、再び山門・仏殿・方丈・庫裏・禅堂・鐘楼・経蔵の禅宗様式七堂伽藍を備える本格的な禅寺となった。本堂にあたる仏殿は享保20年(1735)に再建されている。
伝 説
雪舟は、幼少より絵が上手であった雪舟のエピソードとして鼠の絵の話が残されている。
文化財:三重塔=重要文化財 昭和2年(1927)4月25日指定
撮影日:2016年5月18日
資 料:Wikipedia&現地説明板
近隣施設:鬼ノ城、最上稲荷、高松城趾
雪舟碑「三絶の碑」
雪舟等楊禅師は応永27年(1420)備中赤浜に生まれる。十二歳の時当山に入門し小僧となりました。天性画をを好み経巻を事せず、遂に師僧の怒りに触れて方丈の柱に縛られ、呉落つる涙を足の親指につけて板敷に鼠の絵を描いたということは有名な伝説です。
上段の円相内は雪舟の自画像、中段は雪舟筆宋の育王山の全景、下段は藤井高尚の撰文、頼山陽の筆になる。
昭和三年の建立、材料=仙台石 |



