商船などが出入りする大変賑やかな港として、また上方(大坂川口から明石・室津・牛窓・下津井・鞆)から十里港として金毘羅往来の発着港として栄えました。 現在は瀬戸大橋の直下の美味しい魚が水揚げされる漁港で釣り船としての遊漁船も盛んです。 下津井港は、岡山県中南部の児島半島南端に位置し、西は水島港と接しています。 古代・中世から海運・軍事の要衝であり、江戸時代、風待ち潮待ちの港として、また、四国の丸亀と連絡する琴平参詣船の発着港として繁栄してきました。瀬戸内海航路の要港であり、北前船や参勤交代の御座船も寄港し、人や物が集まる港として繁栄は幕末まで続きました。明治期に入ってからは、鉄道等の陸運の発達や汽船の出現によって次第に衰微し、大正以降、漁業を中心とした瀬戸内海有数の漁港としての性格を帯びるようになりました。 現在の下津井地区は、祇園鼻の西が県管理の下津井港、東が県管理の下津井漁港となっています。 下津井漁港(第二種漁港) 下津井漁港は次の3港から成る。江戸時代には北前船の母港でもあった。 下津井港(旧下津井村)・吹上港(旧吹上村)・田之浦港(旧田ノ浦村) 岡山県下最大の漁獲量を誇る漁港である下津井は、タコやイカナゴ、鯛やメバル、岡山県の郷土料理として知られるママカリ(サッパ)などの近海魚を扱う。回遊魚ではサワラやマナガツオなど。戦後はハマチ(ブリ)などの養殖も行っている。江戸時代の下津井は北前船の寄港地として廻船問屋が立ち並び遊廓も置かれ、色町の豪華さは岡山の西中島を凌ぐと謳われたほどであった。 文は岡山県とWikipediaなどより転載しました。 写真は2011年1月3日撮影 ワイワイマップの見方
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金毘羅灯籠のある港
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<>家プロジェクト 本村の無人の古民家を買い上げて保存・再生し現代美術のインスタレーションの恒久展示場とする家プロジェクト(正確には古民家の再生は2件、ほか1件は新築で残る1件は老朽化した神社の再生)などを重ねることで、徐々に活動が町内の理解を得られるようになり、直島でしか見られないプロジェクトや建築には国内外からの注目も集まるようになった。アーティストの宮島達男は家プロジェクト第1弾の「角屋(かどや)」を創るに当たって町民125人を公募し、作品を構成する125個のディジタル・カウンターの明滅速度を一人一人にセッティングしてもらい、地域住民参加という手法を取ることで、現代アートという異質なものが保守的な土地に入って来ることに対する町民の反感、抵抗を払拭した。 <>家プロジェクト展示場:角屋(宮島達男作品を展示)、南寺(ジェームズ・タレル作品を展示。設計:安藤忠雄)、きんざ(内藤礼作品を展示)※事前予約制、護王神社(設計:杉本博司)、石橋(千住博作品を展示)、碁会所(須田悦弘作品を展示)、はいしゃ(大竹伸朗作品を展示) <>直島建築作品(設計 石井和紘) 直島町役場、直島幼児学園、直島小学校、直島中学校、総合福祉センター、直島町体育館、直島町民武道館など。学校・体育施設が島の中央に文教地区を形成している。各施設を一連の建築作品群にするアイデアはかつての町長・三宅親連のもので、1970年代以来一貫して石井和紘が手がけており、風土に合った意匠や、町の将来の飛躍をシンボライズしたデザインが特徴である。特に本村にある直島町役場は、安土桃山時代の名建築「飛雲閣」を参考に設計され集落の中に溶け込んでいる。 文はウィキペディアなどより参照しました。 場所はワイワイマップにスポット投稿します。 写真は2010年8月23日・10月13日撮影 ワイワイマップの見方
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才田大燈籠(才田四つ辻大燈籠)は、香川県高松市庵治町の才田港の西防波堤にある自然石灯籠ですが、村井百貨店の北東隅に明治26年5月に「櫻八幡神社」「象頭山金毘羅宮」への献灯です。その頃はこの十字路は畑で、燈籠の灯りは八幡宮からも海の上からも見えたそうです。 昭和39年、才田港が完成し海岸から小学校北の道が拡張された時、現在地に移転された。参考資料: 香川県立図書館・庵治町史 現地説明板より 地図はワイワイマップにスポット投稿します。 写真は、2010年8月4日撮影 ワイワイマップの見方 yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→香川で検索→《香川県の歴史的縁の地、文化財、資料館他 》を スクロールで選定する。 |




