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香川県と近県を旅しときの風景・四季を記録したブログ。 古い讃岐も

四国民家博物館「四国村」

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旧江埼燈台退息所

旧江埼燈台退息所 旧管理者:第五管区海上保安本部

 江埼燈台は瀬戸内海の難所といわれる明石海峡を望む淡路島の北端にある。英国の技師R・Hブライトンの設計により、明治四年(1871)に点燈した。我が国八番目の洋式燈台である。
 退息所は石造りで、壁体は奥行60センチ程の切り石を積み、木造トラスで桟瓦葺の屋根を支えた重厚な建物である。間取りは中廊下式で、多くは畳敷きの部屋になっている。
 平成七年(1995)二月の阪神・淡路大震災により、石造りの壁体に大きな亀裂が入り、屋根瓦が落下するなど大きな被害を蒙った。当四国村はこの建物を移築し、復原保存する措置をとった。
 この退息所は、本格的な石造り建築であり、建築当初の木造トラスを残すなど、洋式燈台の黎明期の貴重な建物である。
 元の所在地:兵庫県津名郡北淡町(現あわじ市)野島箙(えびら)江埼組字小磯17番地
 R.H。ブラントンは明治元年(1868)の来日直後に、瀬戸内海に必要な燈台の位置の決定および調査に従事している。この結果、友ヶ島、天保山、和田岬、江埼、鍋島、釣島、六連島の八ヵ所が提案された。ブラントンは九年間の滞在中、燈台建設や技術習得のために「燈台掛り」の設置等、開国直後の日本の燈台の整備に力を尽くした。
 燈台保守にはスコットランドの熟練した燈台員を一人または二人ずつ配置し、その下に日本人助手がついて業務の習得につとめた。
 上記資料:四国村現地説明版
 文化財:登録有形文化財平成十二年四月二十八日登録
 撮影日:2014年2月21日

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四国村・楮蒸し小屋

楮蒸し小屋 元の所在地 高知県高岡郡梼原町越智面東方2320
 
 土佐は高級和紙の産地である。伝統の和紙づくりのため、楮や三椏を釜の上に積み込んで蒸すのが、この小屋である。
 寄せ棟造茅葺で間口三間奥行二間。かまどのつくりと大桶フタの上げ下ろしの装置が特徴になっている。
 紙作りは、切りそろえた楮や三椏を束にして釜に立て、上から桶をかぶせて蒸す。取り出して皮を剥ぎ、黒皮を取り、水に浸した白皮をモチにして叩解棒でたたく。最後に水を入れて掬い上げ、紙に漉く・・・という手のかかる作業であった。

 この小屋が建てられていたのは、大正末期〜昭和初期(1920〜1930)と推定されている。第一次世界大戦後の恐慌の中、大正十二年(1023)関東大震災に見舞われ、我国の経済は大きな打撃を受けた。この頃、活動写真の会社が次々と設立されるなど大衆娯楽が誕生した。1027年アメリカのリンドバークが大西洋無着陸飛行に成功した。

 登録文化財 平成十二年四月二十八日登録
 撮影日:2014年2月21日

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四国村ひな飾り2014

四国村ひな飾り2014
 県内から寄贈されたひな飾り33組を農村歌舞伎舞台を中心に旧山下家住宅、旧河野家住宅、久米通賢先生宅、旧前田家土蔵、丸亀藩斥候番所、旧吉野家住宅に展示しています。
 また、2月18日(火)からは、屋島中町にあるのぞみ幼稚園の園児が手作りした可愛いひな工作も、旧福井家石蔵で展示されます。3月30日(日)まで
撮影日:2014年2月21日
 
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四国村/砂糖しめ小屋

砂糖しめ小屋
 江戸時代後期、砂糖は讃岐の特産品だった。
薩摩の黒糖に対して、讃岐は白糖の生産で日本一を誇った。讃岐平野にサトウキビ畑が広がり、搾汁のための砂糖〆小屋が点在した時代だった。
 円形の砂糖〆小屋は四国にはここの(四国村)二棟しか現存しない。円錐形の屋根や垂木の組み方、曲面の大壁などが特徴である。
 右側の棟が慶応年間(1865年頃)、左の棟が明治初期の建造とみられる。内部には三個の石臼があり、牛が腕木を引いて回した。牛は一日中間断なく周り、柱にはその腹で擦った跡が見られる。建物が円形なのは、牛の回転に合わせたものであろう。
 方形の一棟は瓦葺き、間口奥行とも四間(約7.2m)、地域の有力者が建てたもので構造も堅固である。
釜屋では絞られた砂糖生汁を煮沸かし、アクをとって純度を高めてゆく、釜屋も現在では希少である。 
砂糖しめとは、サトウキビの汁をしぼるという意味。四国村にある2つの丸いしめ小屋は、香川県内に2棟だけ残っていた大変珍しいものです。
  外壁は曲面にあわせた大壁づくりとし、内部中央には三個の石臼(車石)が置かれていました。それら石臼に取り付けられた腕木をウシが引いてまわし、回転する石臼の間にサトウキビを差し込んで汁をしぼっていたのです。ウシは1日中間断なくまわり、柱にはウシの腹で擦られて摩滅した跡もみられます。
 
 砂糖つくりは、東讃白鳥町(現東かがわ市白鳥)の医者「向山周慶(さきやましゅうけい)」によって始められた。あるとき行き倒れの遍路をたすけたところ薩摩の「良助」という男だった。この男に頼み、薩摩藩の国禁を犯してサトウキビの苗を持ち出させたという。向山と良助を合わせ祀った向良(こうら)神社が白鳥町にある。
現地説明板などより転載しました。
写真は、2013年3月6日撮影
場所はスポットノート『古建築物map』に投稿します。
 
砂糖しめ小屋 もとの所在地:香川県坂出市青梅町北山 重要有形民俗文化財 昭和五十八年四月十三日指定
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砂糖〆小屋(円形) もとの所在地:香川県坂出市林田町新開 重要有形民俗文化財 昭和五十八年四月十三日指定(宮崎保氏寄贈)
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砂糖〆小屋(方形) もとの所在地:香川県東かがわ市湊 重要有形民俗文化財 昭和五十八年四月十三日指定(上原義秋氏寄贈)
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釜屋 もとの所在地:香川県東かがわ市白鳥町湊 重要有形民俗文化財 昭和五十八年四月十三日指定
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久米通賢旧宅

 久米通賢旧宅 登録文化財 平成12年4月28日登録 
 もとの所在地:香川県東かがわ市引田町馬宿
 江戸時代から、讃岐は塩どころとして知られたいた。全国の塩の生産量の半分近くを占めていたのが坂出塩田だった。その基盤をつくったのが、久米通賢である。
 彼は、通称「栄左衛門」、安栄三年(1774)、東讃岐の引田町馬宿で生まれた。測量術に優れ、軍船、大砲、撃発式鉄砲ピストルから扇風機まで発明した。藩に登用されたのち、坂出塩田を大規模なものに開発した功績は大きい。
 この主屋は通賢が建てたもので、寄棟造茅葺下屋桟瓦葺二十四坪(移築前)。主屋を解体に当たって天井裏から、測量器具、大砲の鋳型などが発見された。土蔵、細工場などは全壊していたが、通賢の名を残すため関係者の了承をいただき、休憩所として新しく改造再建した。(開村当時には売店などとして利用されたいたが、現在は閉まっている。)
 平賀源内とともに、讃岐の代表する江戸時代の科学者の住宅が残っているのは興味深い。
 文は、現地説明鈑より転載しました。
 
 江戸時代、香川県の塩の生産量は全国の半分近くを占めていました。その製塩の基盤をつくったのが久米通賢です。安永9年(1780年)、東讃岐の引田町馬宿に生まれた久米通賢は平賀源内とともに、讃岐を代表する江戸時代の科学者です。
 測量術にすぐれ、軍船、大砲、撃発式鉄砲、ピストルから、扇風機までをも発明しました。
 この主屋は、平屋建て寄棟造り茅葺。解体に当たって天井裏から、測量器具、大砲の鋳型の原形などが発見されました。 以上の文は、四国村HPより転載しました。
 住宅内は土間・座敷・中庭などは見学が自由にできます。(座敷は土足禁止。) 別棟に便所も併設されている。
写真は2013年5月22日撮影
場所はスポットノート『古建築物map』に投稿します。
 
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地神社と地神井戸
 http://blogs.yahoo.co.jp/takamaturocky/37777972.html
 
西光寺支坊の通賢の墓
http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31559810.html
 
坂出市郷土資料館と久米通賢
http://blogs.yahoo.co.jp/takamaturocky/31384511.html
 
久米 通賢碑と墓
http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31517048.html .
 
阪出墾田之碑
http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31602098.html
 
坂出の地名の語源は「宇多津の田尾坂を上って出た場所」と言う事。
明治23年(1890)2月15日 町村制施行に伴い、阿野郡坂出村(さかいでむら)が町制施行し、坂出町(さかいでちょう)が発足。
坂出市の昭和の写真↓↓↓↓
http://www.city.sakaide.lg.jp/soshiki/tosyokan/lib-eizou-syowa1.html.

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