地震情報 2019年12月16日 4時17分 気象庁発表
12月16日4時14分ごろ地震がありました。
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赤穂城

【赤穂城】
 赤穂城(あこうじょう)[加里屋城、大鷹城]は、兵庫県赤穂市にある城。国の史跡に昭和46年3月31日(1971)指定され、庭園は平成14年9月20日(2002)に名勝に指定されている。
 城郭構造 変形輪郭式平城 築城年文正元年(1466)〜文明15年(1483) 築城主[岡光広]  主な城主[池田氏、浅野氏、森氏] 再建造物[櫓・門、庭園(復元中)]
 五万石の浅野氏には過度に広壮で、これがために財政難に陥った。5層天守の造営も計画されていたが幕府への遠慮か財政難の為か造営されず、天守台のみが今日に残っている。
 浅野長直の指示によって慶安元年(1648)から13年の歳月をかけて築かれた赤穂城は、近代城郭史上非常に珍しい変形輪郭式の海岸平城です。藩の家老で軍学師範の近藤正純が設計し、そのうち二之丸門虎口の縄張は、当時の著名な軍学者であった山鹿素行の手が加えられたと伝えられています。赤穂城跡は軍学に従って築かれた城であり、徳川幕府が始まって約50年後に築かれたにも関わらず、その構造は戦を強く意識しており、複雑に折れ曲がる石垣、角度を違える諸門に特長があります。城地は三方を山に囲まれ、東に千種川、南は瀬戸内海に面し、清水門の南にある舟入は船が出入りできるようになっています。  文化財の修復・復元はもちろん、都市公園としての整備も進むなど、赤穂市のシンボルにふさわしい城跡として蘇りつつあります。
 赤穂城の重要な門の近くに、家老格の重臣を配置していた。
 文はWikipedia&国指定文化財等データベース&赤穂観光協会HP&現地説明板などより転載しました。
 写真は2012年3月20日撮影
 場所はワイワイマップ『城・城址のMAP』にスポット投稿します。

 大手門(再建)
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 大手門隅櫓(再建)
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 外堀
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 二の丸外堀
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 二の丸門(平成八年三月復元)
木造小戸付高麗門 切妻造 本瓦葺 桁行3.89m 梁間2.49m 軒高4.62m 棟高6.13m
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 内堀
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 本丸門(平成八年三月復元)
木造脇戸付櫓門 入母屋造 本瓦葺 棟高10.98m 上階=桁行13.35m 梁間4.77m 軒高7.70m 下階=桁行8.83m 梁間4.14m 軒高4.78m
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 御殿図
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 本丸御殿跡
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 天守台
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室津町並と室津漁港

【室津町並と室津漁港】
 室津(むろつ)=室の泊(むろのとまり)は、旧播磨国揖保郡(いぼぐん・いいほのこおり・いいぼのこおり・いぼのこおり)室津村、現兵庫県たつの市御津町に属し、播磨灘に面する港町・漁港(第2種漁港)。

 摂播五泊
 奈良時代の高僧、行基は摂津と播磨の両国のなかで海上交通の良港として五つの港を定めたと言われます。いわゆる摂播五泊です。東より、河尻(尼崎)、大輪田(兵庫)、魚住(明石)、韓(的形)、室津の五泊です。これ以後、海の駅として室津は栄えます。
 江戸時代「海の道(金毘羅船航路)」の十里港として潮待ち風待ちの港でした。
 室津は江戸時代に一番の栄華を迎えます。参勤交代で西国からの大名のほとんどが船で室津に到着し、ここから陸路(御津(室津)街道より山陽道)江戸へ向かいました。 室津は海と陸の接点、宿場町として栄えたのです。
 江戸時代は室津の港に多くの外国人も上陸しました。オランダ商館長に同行した医師「シーボルト」は、文政九年(1826)に室津を訪れました。室津の賑わいや賀茂神社について記述した紀行文などを残し、当寺を知る貴重な史料となった。

 室津は数々の文豪がロマン香る地としてとりあげてきました。竹久夢二、井原西鶴、谷崎潤一郎、司馬遼太郎、平岩弓枝。
文豪が描く室津はいつでもあでやかで、せつなくて、そして何かしら懐かしい町です。(遊女発祥の地)

 約2000年前、神武天皇の東征先導役が室津に港を建設したといわれる。藻振ノ鼻(室津半島先端部)と金ヶ崎(たつの市・相生市境)で囲まれた室津湾の、更に東側奥にあることから、「室の如く静かな津」ということで「室の泊(むろのとまり)」と呼ばれたのがその名の始まりと伝えられる。

 文は讃岐の街道「金毘羅参詣道」&Wikipedia&現地説明板などより転載しました。
 写真は2012年3月20日撮影
 場所はワイワイマップ『港(商業港・漁港)のmap』にスポット投稿します。

 町の風景
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 お寺も多い
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 大坂城残石 豊臣秀吉が大阪城を築いた時、西国大名が「室の泊」で海中に落としたものといわれている。
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 港風景
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 明神山 賀茂神社の鎮座している山
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室津・賀茂神社

【室津・賀茂神社】
 賀茂神社 兵庫県たつの市室津町の入り江の小高い室津半島に鎮座しています。主祭神 賀茂別雷神・彦火火出見尊
 室津は奈良時代に編纂された『播磨国風土記』に「室原泊(むろうのとまり)」として記され、古代から良港として繁栄してきました。
 その室津の地に、賀茂神社が社殿を構えた起源や当初の姿は定かではありません。しかし、平安時代後期には社殿が五つ、六つ並びたっていた事が史料からわかります。
 本殿と両脇の二棟を合わせた五棟の社殿は、いずれも屋根が流麗な檜皮葺の流造で、古代様式の清楚で荘厳な佇まいを伝えるものです。そして、五棟の社殿と唐門、両脇の回廊を含めた八棟が国の重要文化財(建造物)昭和49年5月21日(1974)に指定されています。《京都賀茂別雷神社の御厨の地に建てられた神社本殿(三間社)摂社三殿(片岡社太田社、貴布祢若宮社は二間社、榲尾社は一間社)、 権殿(一間社)はいずれも正規の流造の形式をもち、材料工作とも優秀である。 賀茂別雷神社の直系としてきわめて貴重な遺構。 唐門、回廊も社殿配置を知る上に重要である。》

 平清盛が治承四年(1190)三月に高倉上皇と厳島詣の途中室津に一泊され海上安全と旅の安泰を願い参拝されております。
 『高倉院厳島御幸記』(隋行の臣 源通親記)岩波新日本古典文学大系に書かれているようです。

 重要文化財=昭和49年5月21日(1974)指定
本殿 - 三間社流造で元禄12年(1699)の建立。他の建物群も同じ頃の建立である。
摂社片岡社太田社本殿
摂社貴布禰社若宮社本殿
摂社榲尾社本殿
権殿 
唐門
東回廊
西回廊

文は現地説明板&WEBより転載しました。byビュート
写真は2012年3月20日撮影
場所はワイワイマップ『源平ゆかりの地map』にスポット投稿します。

 藻振鼻より檝取社(かじとりしゃ)の常夜燈
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 神社への石階段
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 石灯籠
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 石鳥居
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 表門(四脚門)
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 唐門
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 本殿
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 手水舎
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   兵庫県指定文化財(天然記念物)昭和39年3月9日指定
賀茂神社のソテツ - 日本北限の自生のソテツ
《賀茂神社神門(しんもん)と石鳥居の参道に沿って群生し、玉垣で囲まれている。大株20株のうち7割が雄株、3割が雌株である。野生状態の群生林としては、日本列島の北限に位置するといわれる。》
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 檝取社(かじとりしゃ)=住吉社と石灯籠(常夜燈)
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 藻振鼻の燈籠堂跡
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【正玄塚】
 正玄塚(綾部山古墳群第二十八号墳)は兵庫県たつの市御津町綾部山梅林の中にあります。
 綾部山南山頂付近にある。古墳時代後期の古墳です。両袖式の横穴式石室を持ち、全長7.0m 玄室長4.4m幅1.8m高さ2.8m 羨道の長さ3.5m幅1.4mを測ります。

 正玄塚の名称は西讃(香川県)府誌黒崎村條項中に見られ、露出横穴式石室の形状が歪のない四角(正)で奥深く幽かな狀であること(玄)から古来より村人がかく呼んで来たものであろう。古墳時代後期の円墳のこの正玄塚は周囲を円筒埴輪で垣ねを構成し揖保川原より手逓伝(たごし)で運んできた円礫を葺きつめ土砂の流失を防いだ構造が特色である。
 瀬戸内海を見渡せる場所にあって、瀬戸内海の海上交通に深く関与した人物(首長)達が埋葬された場所と考えられている。

 手逓伝(たごし)【手輿/腰輿】の意味は 輿の一。前後二人で轅(ながえ)を手で腰の辺りに持ち添えて運ぶ乗り物。てごし。ようよ。
 
 轅(ながえ)とは[長柄(ながえ)の意〕馬車・牛車(ぎつしや)などの前に長く出した二本の棒。
 文は現地説明板&綾部山梅林パンフレットなどから転載しました。
 写真は2012年3月20日撮影
 場所はワイワイマップ『古墳・経塚など史跡map』にスポット投稿します。

 天井石
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 開口部
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 羨道右
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 羨道左
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 玄室鏡石
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 玄室床
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 玄室から開口部
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 玄室天井石
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【綾部山梅林】
 綾部山梅林《一目二万本海の見える梅林》瀬戸内海国立公園・新舞子
 綾部山梅林は兵庫県たつの市御津町黒崎にある「黒崎梅園組合」が昭和四十三年土地改良付帯事業として国有林23.9ヘクタールを開墾し、玉英(70%)・林州(20%)・小梅類(10%)・その他に「鹿児島紅梅」「鶯宿」「青抽」「花香」などの梅を植え付けたのが始まりで、昭和四十七年農業組合法人「黒崎梅園組合」を結成、国有林を払い下げを受ける。昭和四十九年に観梅事業を始める。綾部山で育った青梅を材料に「梅ジャム」「梅ジュース」「梅ワイン」などの加工食品も特産品として作られています。
 梅林内には、露出した古墳・島津久子様歌碑・塩田紅果、伊丹三樹彦、森田峠、などの句碑もある。観梅期には俳句大会などのイベントがある。当所20日(祝日)までであったが、25日(日曜日)まで延長されています。
 駐車料金500円 入園料500円
 079-322-3551
 文は綾部山梅林パンフレットなどから転載しました。
 写真は2012年3月20日撮影
 場所はワイワイマップ『綺麗な花が咲く所map』にスポット投稿します。

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 歌碑
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 古墳
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