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戦争の傷跡 この絵を見たとき泣き出してしまった・・・・ 誰だって仲間や家族の死はつらい。 時には自分を責め 時には絶望に打ちひしがれ 生きている自分を憎んだり 取り戻せない時間と命 今の平和な時間はいつまで続くのか。。。。 過去の悲劇から学ばない人間 戦いや憎しみは 不幸を呼ぶだけです。 どうかこれ以上悲しみを増やさないでほしい 戦っている相手にも 家族はいます。大切な人がいます。 みんな立場は同じなんです イラク戦争で亡くなった父親のため国旗を受け取るクリスチャン君、8歳
飼い主の元を離れられない犬
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★伝えたいこと★
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かけがえのない命と暮らしが奪われた東日本大震災から11日で3年を迎えた。
増え続ける震災関連死を合わせ、犠牲者は2万1000人を超えた。
地震・津波や東京電力福島第1原発事故で住まいを奪われた約26万人が、今も避難生活を強いられている。
いとしい人への追慕、帰郷の誓い、支援者への感謝、風化の懸念。さまざまな思いが行き交う中、
復興の道半ばの被災地に3度目の「3月11日」が巡り来る。(毎日新聞)
本当にあれから3年・・・
夢のような一日で、生活が大きく変わった人が大勢います。。。
あれが本当に夢だったらいいのに・・・・
でも現実なんです。現実で苦しんでいる方が大勢います。
3年も経つのに・・・いまだに苦しんでいます。
うちもいまだに傷跡が残ってます。 見るたびに 思いだし涙が出ます。
でも東北の方はもっとひどい状況を目にしています。
ニュースでは報じられない現実があるんです。
どうか本日はお亡くなりになった勇姿の命・無念の命に
黙祷をささげてください。
あの日を忘れないでください。
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下村博文文部科学相は21日の閣議後記者会見で、松江市教育委員会が
広島の原爆被害を描いた漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を市内の小中学校に要請したことについて、 「学校図書館は子どもの発達段階に応じた教育的配慮の必要性がある」と述べ、 要請は市教委の権限に基づく行為で問題ないとする認識を示した。 下村文科相は、「漫画の描写について確認したが、教育上好ましくないのではと考える人が 出てくるのもありうる話だ」と指摘。 「学校図書館以外で、読みたい人が読める環境が社会全体で担保されていれば良いのでは」と話した。 広島県の湯崎英彦知事は20日の記者会見で、松江市教育委員会が市内の小中学校に 広島の原爆被害を描いた漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を要請していたことについて、 「制限は必要ないんじゃないかと思っている」と異論を唱えた。 知事は「はだしのゲンは、広島の原爆の実相を伝える一つの資料として長年、たくさんの方が読み 継いできたものだ」と指摘。一部描写が青少年向けとしてふさわしくないとの意見に関しては、 「理解を助ける指導があるのは望ましいことだが、だからといって(閲覧を)制限するというものでもないし、 大人がいないと読んじゃいけないというものでもない」と述べた。 なんでも間でも規制するのはね。。。あまり好ましくないですよね。 というより正しく説明できる大人がいないって言う事になりますからね。 こいう図書こそ読むべきだと思うんですがね。。。 戦争とは恐ろしく悲劇しかないって事を教えないと ゲームのようにすぐに生き返るとか 絵空物語じゃないんだという事を教育しないといけないと思うんです。 この本に書かれている事より現実は大変もっともっと生々しいわけですからね・・・・ 昔のような教育は今ではできないんでしょうかね・・・ |
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1945年(昭和20年)8月15日以降を“戦後”とし、1945年を「戦後0年」として、現在の年を「戦後n年」と表現し、
2013年は「戦後68年」に当たる。当時の人はこんなに平和な日常が今ある事をどう思うんだろうか・・・ 日常を規制され、お国の為に死ぬことが名誉。こんなバカな考えを植えつけられておかしいと思っても 口にすらできない事に大変悔しい思いをした方々が多かった事でしょう。 食べ物もなく生きるために盗みをしたりした人もいるでしょう。 生きるために自分を犠牲にした人もいるでしょう。 想像すら超える苦痛を毎日強いられてきた事でしょう。 今の当たり前の生活が 当時はできなかったわけですからね。 最近良く思う事。戦後68年、脳天気な親が増えたと。 戦争を間違って解釈している人。そして亡くなった方々を侮辱する人。 そして。。。戦争で亡くなった方々の無縁仏を蹴飛ばしたり、戦争地での無礼な振る舞い。 正直言って TPO が解ってない不謹慎な人々 もし自分の家の葬式にサンバの格好をして現れたら腹が立つと思います。 戦地だった場所で触れいな事をしている人は 同じ行為をしている事を解ってほしいですね。 戦争を知らないことはしょうがない。私だって戦争を知らない。 しかし戦争があった事を知らないというのはおかしい。昔のことというにはまだ歴史は浅い。 絵空物語では語れないまだ当時を生きていた人がいます。まだ今生きていらっしゃる人の中では戦争が続いている人だっている事でしょう。。。今も心に傷を負って生きている人がいらっしゃるんです。 終戦の日を20歳で迎えた方は88歳。戦地で同胞の逝去を目撃した方は、それ以上の年齢を重ねようとしています。焼け野原からの復興も、この世代の方々の奮闘によるものです。 絶対に忘れてはならない事です。 今の平和は当時の方々の苦労のもとにあるんですよ。 明日は 広島原爆の日 です。 当時の悲劇を想像しただけで心が張り裂けそうです。 今も当時の傷で苦しんでいる人がいます。 いつも辛い思いをしているのは 国民なのです。 国が始めた事 国の責任なのに どうして国民が辛い思いをしないといけないのでしょうか。。。 せめて 今を生きている人たち一人ひとりが過去の過ちをたどらないように正しい知識と歴史認識を培ってほしい。戦争は憎しみと苦しみしか残しません。 だからこそ 平和は作っていかないといけないんです。平和は築き上げていくものなのです |
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2011年(平成23年) 3月11日 東日本大震災から2年を迎えた今日・・・
いろんな思いを抱えて今日が終わろうとしています。 忘れてはならない14時46分... 無くなった多くの方々にご冥福をお祈りいたします。 被災地の現場にあった手紙は津波で流されて現在も行方不明になっている恋人(婚約者)への 手紙だった。 「ヒロくんへ あれからもう2年…。早く帰ってきてください。皆、あなたの帰りをずっと待っています」 東日本大震災の津波で町職員ら42人が犠牲になった宮城県南三陸町。 防災対策庁舎の祭壇の花束にくくり付けられた手紙の表紙にこう書かれていた。 「結婚間近で人生で一番幸せだったのに。結婚式を挙げたかった・・・・」 そう語っていた。 胸が張り裂けそうだった・・・・ 多くの人が一瞬で命を失ったこの震災。。。自然災害の怖さを痛感した瞬間だった・・・ 遺体を見ても あきらめはつかないだろうが 遺体を見れてないならなおさらあきらめがつかない・・・ 現実を受け止める事の難しさ 前進していかないといけない現実 でもそう簡単に割り切れません。頑張ってなんて簡単には言えません。 皆さん本当に辛いのに 前進していく姿に心が痛いです。 生きていくって本当に残酷で辛いですね・・・・・ |







