陸軍歩兵第18連隊、大場栄大尉(竹野内豊)は、日本から2000キロ余り離れた
北マリアナ諸島サイパン島へ送られる。
当時日本の統治下にあったこの島は軍司拠点としても重要な位置を占めており、島を死守することが
大場たち日本陸軍43師団守備隊に課せられた最大の使命だった。
だが、この時点で既に日本の劣勢は明らかになりつつあり、サイパン島でも圧倒的な兵器・兵力差のもと、
日本軍はアメリカ軍の上陸を簡単に許してしまう。
サイパン守備隊幹部は日本軍玉砕命令の後自決。
アメリカ軍の捕虜となることを恐れた民間人が次々と崖から飛び降り自殺する悲惨な事態へと発展する。
そんな中、玉砕命令を受けた大場隊も突撃、次々と戦死を遂げていく。
しかし、アメリカ軍に囲まれた大場は玉砕を覚悟していたにも拘らず、思わず死体の中にうずくまり隠れ、
戦闘の中で自分の
“生”への執着心を心ならずも知ることになる。
そして、両親を殺され放り出されていた赤ん坊を救い、
“生きる”ということを強く実感、
もともとは地理の教師でもあった彼の人望を慕い、上官を失った兵士や民間人たちが次々と
集ってくるのだった。
その後、軍から離れ戦うやくざ者の一等兵、堀内(唐沢寿明)と共同戦線を張り、サイパン島中部にそびえる
最高峰タッポーチョ山に潜み、アメリカ軍への抵抗を続けていく。
一方、サイパン島占領宣言を行ったアメリカ海兵隊の中で、日本への留学経験のある
ハーマン・ルイス(ショーン・マクゴーウァン)は、一抹の不安を感じていた。
やがて彼らは、粘り強く戦い続けるたった一つの部隊に翻弄されていることを知り、
その神出鬼没の部隊を統率する仕官を畏敬の念を込めて
“フォックス”と呼ぶようになっていく。
大場隊とアメリカ軍の戦いは続き、フォックスの存在に業を煮やした上層部が遂に大掃討作戦を敢行。
アメリカ軍を翻弄し続けるフォックスに対し、ルイスは彼を死なせたくないと焦燥する……。
やっとこの映画を見に行ってきました。去年から待ち遠しかった
皆さんは終戦宣言をした後も戦争が続いていたことは知ってますか?
タッポーチョ山を拠点としていた歩兵第18連隊衛生隊の大場栄陸軍大尉以下47名の部隊は、
ポツダム宣言後も祖国の為家族の為 戦っていたのです。
その後
1945年11月27日(発令は25日)に独立混成第9連隊長の
天羽馬八陸軍少将(陸士第23期卒)の
正式の命令文を受け、12月1日、軍歌(彼らの部隊の隊歌と「歩兵の本領」)を歌って
戦没者の霊に弔意を示しながら山を降り投降したのです。
彼らは、
大本営のサイパン放棄を知らず、必ず友軍がサイパンを奪還に来ると信じていたという。
大規模な投降としてはこれが最後のものとなったのですね
太平洋戦争において激戦が繰り広げられたサイパン島で、わずか47人の兵で
45,000人もの米軍を巧みな戦略で翻弄し、米兵らから畏敬の念を込めて「フォックス」と呼ばれた
実在の大場栄・陸軍大尉。
タッポーチョ山を拠点とした大場とその部隊が、1945年8月のポツダム宣言受諾以降も、その事実を知らずに戦い続けた実話を日米双方から描枯れた作品なんですよ。
ネタばれになりますが、ホントいろんなシーンでいろんな思いがあったことでしょう。
「絶対に投降はしない。しかし帝国軍人は上官の命令は絶対だ。
上官の命令があるならばそれには従う。」
一見やせ我慢のようにも聞こえますし、米兵から観たらつまらない誇りかもしれません。
しかしながらそこからは今では失われてしまった
日本人の侍魂が感じられるではないですか。
私は大場大尉が尊敬され現在に名を残したのは、戦術的に米軍を翻弄したからというより、
この落とし所を認めたからこそではないかと思います。
自分の信念とプライドという、通常どちらも譲りがたい所のどちらかを押し通すのではなく、
あくまで理知的に冷静に判断した点がホントに素晴らしい人だったと思います。
投降の当日、タッポーチョを見事な行進と軍歌
歩兵の本領を歌いながらの行進
まさに威風堂々と米軍の前に現れる大場たち。
キビキビとした動きに、
美しい所作で米軍司令官に軍刀を差し出す大場の姿はサムライそのものです。
最後に生き残った人たちが、
規律正しく並んでアメリカ軍に投降するところで、
涙が止まりませんでした。
あの戦争で戦い抜いた人々の想いが心に深く響きました。
戦争は語らないのではなく語れないのかも知れません。
言葉で言って解る範囲のものであないから・・・それくらい悲惨なことなのです
映画の大半ずっと涙してました。こうやっていまの日本は築かれてきたのだと・・・
ト
尊い犠牲の上に いまの平和が成り立っている事
絶対に戦争は無くなることはないでしょう。これは永遠のテーマでもあると思います。
でも戦っている人にも家族がいて 守るものがあるのだと思います。
昔の日本は
日本人が天皇に絶対的忠誠を誓っている以上、捕まって天皇を敵には出来ない、
だから捕まる位なら即ち天皇に弓を引くぐらいなら自ら死を選ぶ
という教えであり そう教育されてきた時代なのです。
これだって間違っているなんて 当時は思ってなかったわけですからね。
いろんな考えがあり いろんな見方があるかも知れませんが
戦争は終わった今でも大きな傷が残ってるんですよね