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「或る日、或る時、或る人の変身」
滝 栄子(山谷伝道所・牧師)
一信徒兄よりデンワが入った。
”今、仕事をしていて、つくづく思うんですけど(な〜んで、あん時、ホラ、俺プー太郎やっていた時あったでしょ。今、横浜に居て。・・・・そっちに居るとついつい先生(牧師)に対して『ちょっと俺、仕事に行きたいんだけど、10円玉2〜3枚しか無いんで』って電車賃貰って横浜とかどっかへ行っていたけど、今は、東京の方で働くと又自分のわがままとか、甘えが出ちゃって、厄介になって・・・・・・今、横浜まで来て距離を置いて。そこから脱皮して。・・・・・・今横浜からの電話です。近場に居るとゼッタイ甘えちゃうでしょ。でも、遠くへ来てとことん自分も苦労して・・・。前のように三十円位で『横浜へ行って仕事をしたいから』と言っては面倒を見てもらって御迷惑をかけたりしていたけど。・・・・・・明日は日曜、教会へ行こうと思っていたけど仕事が来ちゃって・・・・先生、お祈りをして下さい。俺も仕事があるように祈ってみます。” という訳で、いつものように祈り合ってから電話は切れた。
”あの頃は、NさんとWさんと先生には、この三人にはよくお世話になったので”
と、この兄は実に恩を忘れない。常にその事を口にされていた。N兄とW兄は全くふさわしいのだけれど、私はそんなお礼的な言葉は該当しないのに、と恥ずかしくなる。
──兎に角、── 「な─んであの時」と同じ自分自身の過去の、ある日、ある時の、苦境にあった自分が他人のように思われる思い出に感無量なのであろう。
こう言った言葉に、口を合わせて「これからもずっと、神様どうかこのように仕事を与え続けてください」と主イエスの聖名に依り頼んでお祈りをした。──困った時の神頼み。しかし、私たちの神は生きて働いて下さる愛の神。
兄にも、私にも、祈りの確信と喜びが残った。
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