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「ここも教会です」
金正謨
わたしが友人の薦めで、上野公園で行われる貧しい人たちとの礼拝に参加し始めたのは今から8年前のことで、月2回ほど参加して来たが、2年半頃前から毎週参加し讃美の奏楽をしている。貧しい人たちとの礼拝には私を引き寄せる霊的な力のようなものがあるとずっと思ってきた。それはひとごとでは話しにくいが、聖なる神の力だと表現できると思うようなことである。私が参加しはじめた頃は、貧しい人たちとの礼拝に参加することは一種の冒険のようなことであった。そんな遠い過去でもないが、今と比べて見ると想像を越える差があると思う。
最初の頃は、礼拝の後の食事に参加するのが主な目的で来る人がほぼ100%であった。そういうわけですから、約1時間続く礼拝の時間の間、ほとんどの人たちは敬虔な心で神に礼拝を献げる状態ではなく、早く礼拝が終わることをいらいらしながら待つ様子が確かに見えた。その顔には、神から与えられる心の平和はほとんど見ることができなかった。ところが、8年が過ぎた現在の礼拝の様子は、8年前の様子とはまったく違うと言ってもいいほど変わった。礼拝を献げる人々の顔を見れば、神様から与えられた平和を確かに見ることができる。顔の表情が変わったという表現より、心が平安になりその結果が顔に表れているという表現がより正しい表現だと思われる。
今までの間、貧しい人たちとの礼拝に参加することでここも神の教会に違いないと感じさせることがたくさんあった。普通の教会では経験することができないような感動を感じたことも数回かあった。このような礼拝に参加することができたことは神の祝福だと思い、いつまでも忘れられない大事な信仰の財産として残っている。ここで、その中で2つの経験を選んでご紹介したいと思う。
1.ある日、礼拝が終わり食事の配りも終わったときである。多分始めて見る40代くらいの女性が、みなが礼拝を献げた場所のすぐそばに立っている大きい木の下の部分を囲んでいる石の上に座り、長く切にお祈りをしていた。そのようなことは今までほとんどなかった。その方の服装は、到底このような道端の汚い石の上に座るようなものではなく、綺麗な正装の姿であった。そのようなことが私のすぐそばで起きて、私は普通はありえないことだと直感した。割と長いお祈りが終わるとその近くにいた人がまるで私に聞かせようとするようにその女性に向かって不思議な表情で、「礼拝も給食も終わったのに道端で何をしますか」と聞いた。その女性からすぐ答えが返された。「ここは教会ではありませんでしょうか」、と。私は同じ場所で数年前に聞いた説教の一部分を思い出した。「ここは、建物はないけれども神の教会です」という言葉を。先の女性のお祈りの内容はよく分からないが、神様が間違いなくその祈りを聞かれたとおもうようになった。
2.今年の9月21日日曜日のことである。午後5時からの山谷伝道所の野外伝道集会が始まる時間が近づいた頃であった。数時間前から空はずっと曇っていたが雨は降っていなかったし、毎週の野外伝道集会は30分程度で終わるので多分大丈夫だろうと思いボランティアと教会員たちは野外伝道集会のためのマイク、スピーカ、電気コードなどの設置を終えた。ところが始まる10分程度前から雨が降り始めどんどん強くなってきた。設置が終わっていたマイクなどの電気設備をどしゃぶりの中でボランティアと教会員たちが走りながら撤去しなければならなかった。みなの服は濡れてしまった。そのどしゃ降りの中で200人の人は動かずに静かに立っていた。急いでハンドマイクを持ってきて伝道集会は予定より3分ほど遅れて始まった。強い雨の中で集まっていた200名の人たちはじっと傘を手にして短くない説教を聞き、立派な礼拝を献げた。幸いにハンドマイクは性能が良かったので集まったほとんどの人たちは説教などの声を全部よく聞くことができた。神のメッセージが確実に伝えられた礼拝であった。
礼拝が終わって食事を配るときも雨は強く降り続けたが、いつものように何の動揺もなしに傘を持って食事をし、お椀を返してくれた。伝道集会参加者たちがどしゃ降りの中で傘を持ってお椀を返しながら言う「ありがとうございます」、「美味しいでした」という感謝の言葉と彼らの明るい表情の中で、雨の中で行われた礼拝の感謝と神の恵みをかいま見ることができた。ボランティアと教会員たちも伝道集会のあと全身が濡れたにも関わらず楽しく笑って談笑しながら皿洗いや後片づけをした。教会でないとこのようにこの世の常識とは違う喜びと感動を経験することができるだろうか
イエスは言われた。『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』
(マタイ22:37−39)
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