胃がん体験

2007年11月に胃4/5切除。今はガンと関係ない記事ばかりですが、検索して来てくれる人のために題名はそのままで。。

入院〜退院

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いよいよ退院!

12月9日<術後12日目 入院14日目><たくさんのお見舞い>

夜は同室のMさんと遅くまで話した。わたしはガンと告知されたとき「大半の人がなんともないなか、自分はもっとも不幸だ」と思ったがここにいる人はみんな病気に差はあれそういう境遇の人ばかりだ。

Mさんも若くして5人兄弟のうち二人を病気で亡くしており自身も糖尿病を持ちながら大手術をするといった経験をし、辛さの度合いがあるとしたら私とは比べ物にならない。

病室に戻り、夕食から取っておいた肉じゃがを食べながらキャメロンディアスのイン・ハー・シューズを観る。キャメロンディアスの唇が好き。アヒル風でかわいい。内容もよかった。シャーリーマクレーンがすごくよかった。

夜中3時に目覚めあと朝6時まで寝る。

朝ご飯はおかゆ、おつゆ、桃の缶詰。おなかが空いている感覚があり楽しみにしていたのに半分も食べられない。その後、ガーゼ交換。E先生だった。胸のキズのところは「もう大丈夫でしょう」とガーゼをはずす。確かに乾いている。「シャワーOK」と聞いたので早速シャワー。シャンプーがなかったので洗顔ソープで頭を洗う。体もパンツもみんな洗顔ソープで・・・
戻って桃の缶詰を食べる。医師である義理の姉が来てくれる。忙しいのにわざわざとんぼ返りで関東から来てくれた。兄、母、父、息子も来てくれる。
みんながお昼ご飯を食べに行ったので私も昼ごはん。お粥、鯛の塩焼き、切干大根。よくしゃべったせいかおなかが空いていてたくさん食べられた。

店番をしてくれている友達も来てくれる。ファッション雑誌を持ってきてくれた!

その後おやつにそうめん。今のところそうめんとは相性がいい。そのあと、伯母二人が京都より来てくれる。元気そうだと安心してもらってよかった。

みんなが帰った後さすがに疲れたのか眠気を感じる。眠気なんてすごく久しぶり。

12月10日<術後13日目 入院15日目><退院>

昨夜はなんと9時に眠れた。そして11時にトイレに起きてまた寝て朝5時まで寝た。すごい。

朝ご飯も8割食べられた。気がかりは便秘なこと。おとといから出ていない。おなかはすぐいっぱいになるけど量を食べていないので押し出さないのかな。
水分も牛乳など努めて飲むけどそうは言っても200mgを一日かけて、、といったぐらい。食事中に水分を取るとたちまちおなかが膨れるので飲まないようにしているし。おなかが張った感じはあるけど便意は全然感じない。

退院後の栄養指導を受けに行く。まあ今まで聞いたようなことで。。。ただ便秘にいいもの=消化の悪いもの なのでますます便秘になりそうで不安。乳酸菌がいいっていうけどいままでもそんなに効かなかったしなあ。

看護師さんが来て「今日退院でもいい?」と聞かれる。全然いいです。正直家にはすごく帰りたいと言うわけではない。だって寒いし、ここみたいにご飯をだしてくれない。一人だと不安もある。ただここにいるのもたいがい退屈だし。。

父母が迎えに来てくれる。店に寄る。第一印象。狭いと感じる。家に着く。ここも狭い。
病院が広かったから。。息子がいて「お帰り〜」とハグ ちょっとうるっとなる

プリンを食べ、パソコンをしていると眠くなった。少し昼寝。娘が学校から帰る。「お母さんが家にいるなんて変な感じ」だって。
夜はおかゆを作って、肉じゃがを少し食べた。その後塾帰りの娘と一緒にすき焼き煮をたべた。便秘薬を1個飲む。11時就寝。家のベッドは心地いい。背中が痛くない。でも3時に目が覚めて眠れなくなりこれを書いている。

12月7日<術後10日目 入院12日目><いろいろ>

昨夜は11時までDVDを見た。そして12時くらいに眠った。3時くらいまで続けて眠れた。そして5時に起きたけどまだ眠たい感じ。
まだ眠たい感じなんてすっごくひさしぶり。調子を取り戻しているのかなとうれしくなる。

ネコの餌がなくなったと夫からメール。ネコは私がいなくても絶好調のようだ。というかいないことにも気づいていないのだろう。ご飯と家があればいいのだから。。そう思うと娘もネコ型だし、息子はちょっと犬っぽいけど男だし、私が居なくなっても必要なものさえそろっていれば機嫌よく暮らしているようだ。

そう思うともし死んでもすぐ忘れ去られそうに思う。私が居なければどうしようもないことなんてひとつもない。でもそんなことより自分が生きたいから生きていく。

ちょっと空腹感を感じる。朝ご飯はパン!とポテトサラダ、マーガリン、マーマレード、牛乳、桃の缶詰。やっと一般人のようになってきたと喜び、牛乳はレンジでホットミルクにしてみる。マーガリンなんて油脂なのにいいのかなと思ったけど、出てるんだからいいんでしょとパンにつけて
食べる。パンは口解けがいいので次々食べそうになるのをこらえる。途中ずしっときたので桃の缶詰一切れが心残りだったが食べるのをやめる。

しかしなんかおなかが変。しばらくするとすごい腹痛。ぐるぐる言って下りて行きオナラがでると収まる。でもまたしばらくすると同じ腹痛。6回くらい続いたかな。布団でうんうんとうなっていた。すると便意をもよおし、トイレへ。出ると体調も戻ってきた。ポテトサラダのせいか、ホットミルクか、いやマーガリンが犯人と思う。
トイレに行くとき好きなT先生がガーゼ交換とわかり急いで部屋に戻っておく。でも待っていると入ってきたのはきらいなS医師。落胆していると後ろからT先生が入ってきた。傷口が開いたところを見てなんか長い棒を出してきたのでおびえたが傷口の深さを測っていた。そしてS医師にてきぱきと指示をして「大丈夫ですよ、ごはんをちゃんと食べると治りが早いよ」と言って去っていった。やはりかっこいい。しかしいつも急いでいる。
ちゃんとご飯と言われても・・食べると大変なことになるし。ベッキー先生はいいといったけどT先生は「シャワーはやめとこか」といったのでシャンプーだけする。

父母が来てくれる。昼ごはんは鯛の塩焼きとおかゆ、豆腐のお澄まし、あとなんだっけ?お澄ましは好きなので部屋にキープする。息子が来てくれる。昼食を食べに食堂へ。チャーハンとラーメンのセットを食べていた。よくそんなに入るねえと感心。私の食事の何回分かしら。DVDを借りてきてくれたのでうれしい。そして「これよかった」と「星の王子様」を持ってきてくれる。彼が帰った後2回読んだ。なにがいいといわれると難しいが確かによかった。

夕方の運動に行こうと売店に向かってたらお見舞いに来てくれた友達とあう。もう3回も来てくれている。1時間あまりしゃべったらすごくいい運動になった。そのせいか空腹を感じる。
夕食はハンバーグのスパゲティ添え、おかゆ、きんぴら風煮物、ヨーグルト和え。夜食にハイパードリンクと赤ちゃんせんべい。すごい量。でもおなかが減っていたので急ぎ気味で食べてしまう。あ、まだ時間があまり経っていないと反省し寝転んでみる。そうしてると満腹になってきたのでやっぱり途中でやめてよかった。早く食べるとあとで膨れて苦しくて大変になる。

歯を磨いて戻ってくると夫がいた。今日はこないと思っていたのでうれしい。話していると戎井先生が来て「検査の結果をお話します」という。取った臓器の開いたところの写真を見せてもらう。上のほうにしろいまだらなものがあった。早期がん、ステージ1 mガン リンパ転移ナシ、99%転移は大丈夫でしょう。ということだった。あと1年遅れていたら粘膜の下に進行してちょっと大変だったかもとのことだった。ラッキー。。と思っていいんだよね。とにかくほっとした。

12月8日<術後11日目 入院13日目><再々ダンピング>

昨夜はヨーグルト和えを食べながら「メゾンドヒミコ」を観た。ゲイの人の老人ホームの話。オダギリジョーがセクシーすぎ。
哀しくておかしいようないい映画だった。ゲイの人はそんなに多いのかな。
11時半に見おわる。すっとは眠れなかったけど3時に目覚め6時に目覚めた。

朝ご飯はおかゆとおつゆと桃の缶詰。おかゆとおつゆで満腹になってしまったが缶詰はあとで食べる為にキープ。その後ガーゼ交換。今日の先生はいいとも悪いとも何も言わずただガーゼを替えて去っていった。。サービス悪い。。
見るとキズは埋まってはいない。早く治って欲しいのに!同室のMさんとお話しする。私より5日後に手術したけどずいぶんラクになってきたみたい。子どもも同じ高校生。

昼ごはんはお粥、お魚の煮付け豆腐添え、野菜のおひたし、みかんの缶詰。おなかが空いたと感じるようになったので急いで食べそうになる。ある程度食べて休み、ある程度食べて休むと言うようにすると満腹具合がわかっていいようだ。今は満腹でもすぐ小腹が減ったようになるので缶詰と野菜はキープ。

兄と母、夫が来てくれる。いろいろしゃべってリフレッシュ。おやつのアイスが来る。みかんの缶詰と食べる。みんなが帰ってエレベーターに乗ろうとしたらなんだかゲップがなんども出てくる。せりあがってくる感じ。またダンピング。。?部屋に戻るとやっぱりダンピング症状が。そういえばデザートを食べたとき話しながらパクパク食べちゃったっけ。もっと間を空けるべきだったのに忘れていた。なんて学習能力がないんだろう。毎日毎日。。
夕食までにおなかをへらそうと階段を上がってみたりしたけど余り空腹にはならなかった。夕食は肉じゃが、ほうれん草のおひたし、おかゆ、玉子焼き。玉子焼きがおいしかった。久しぶり。

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12月4日
<術後7日目 入院9日目><おなかの管を抜く>
朝は6時くらいに起きた。朝ご飯は5分かゆと、豆腐、桃の缶詰、牛乳。
母が来てくれる。話していると院長検診が。先週も火曜だったな。
先生が「おなかの管を抜きましょう」と言う。やったー

でも抜きに来たのは点滴を失敗したドクター。いやだー
今日は週一の院長検診で、院長はじめ、偉い先生がベッドを囲んでいる。
大先生に見られながらなので緊張しているのか手がびびっている。この先生いや・・
それに5人くらいに見落ろされて管抜きショーじゃないんだから。でも管は無事取れた。
抜くときは暑い汁が体に流れたような不快感。
昨日の点滴で腫れているところを院長先生に見せる
「静脈炎ですね、液が漏れるとこうなるんです。すみませんが数日辛抱してください」と院長先生。
点滴失敗ドクターは知らん顔している。
執刀医の先生が「もう点滴もいいでしょう。ご飯も食べられているようですし週末には退院かなあ」という。マジすか?と言う感じ。追い出そうとしてない?
両脇腹の管がなくなると快適度アーップ!今日から寝返りと横向き寝が出来ると思うとうれしい・・
腕の点滴も今ので終わりらしい。しかも今日はシャワーまでできるらしい!体も臭かったのでうれしい!
と、トントン拍子過ぎて怖くなる。。だって「がん」なのに。こんなに簡単にことが済むものだろうか。

看護師さんが「点滴この袋で終わりですよ」と言って「早くしよっか」ねじを回すと
滝のように落ちだす点滴。こ、こんな速度で体に液が入っていいんですか?とびびる。
その落ちる速度を見ていると食欲がなくなる。
昼食はお粥、鮭、スパゲティサラダの小さく切ったもの。点滴のせいで食欲減退しあまり食べられない。
ほんと食事と言うのはえらいもので一日が過ぎるのが早い〜
入院に持ってきたほうがいいもので思いついたものを書いておく。
まず、ショーツのかたち。入院にTバックとかスケスケとか持ってくる人は少ないと思うし私も
深履きのおとなしいショーツを何枚か持参した。

しかし手術後脇腹に穴を開けて液を出す管を入れられるのだがこれがけっこう下のほうにある。
深いショーツだとちゃんとはけない。ので持参するショーツはおとなしいデザインながらもローライズがおすすめ。

あとパソコン。ネットにつなげなくてもあらかじめゲームとか入れていってもいいしDVDも見れるしCDも聞ける。

Ipod。眠れない夜に・・。あとお箸やスプーン、歯ブラシなど立てられるもの。コップ2個でもいい。

おやつのにゅうめんが来たけどシャワーの時間となった。点滴をはずし晴れて自由の身になって防水テープを傷口に貼ってもらい、シャワーへ。おなかのキズを初めて全身鏡で見たけどすっごいグロテスク。へそ上縦に15センチくらい。
へそ下には帝王切開のキズが10センチくらいなので迫力ある裸となってしまった。シャワーはこれ以上気持ちいいものがある?ってほど気持ちよかった。キズには看護師さんが「じゃんじゃんかけて大丈夫よ♪」というので普通にかけてみた。沁みなかった。

戻ってのびたにゅうめんを食べる。おいしい〜。にゅうめんなら簡単だし家に帰っても作れる。

さっぱりしたし点滴台もないのでエレベーターに乗り1階へ行ってみる。20日ほど前に絶望的な思いで初めてここに来たんだなと思う。ちょっとじーん・・

地下の売店に行く。何も買うものはないけど雑誌など見てみる。入り口から外気が入り寒くてびっくり。外はすっかり冬だった。

きのうから一転して便秘なのだけど便意が来る。急いでトイレのあるところまで戻るけど出ない。腹圧が効かない。でもその後無事出た。

夕飯はシチューのイモ部分と肉少し、お粥、ブロッコリーのみじん切りサラダ。夜食にヨーグルト。ゆっくり食べていると「もういいや」と面倒くさくなり途中で飽きてしまう。胃が詰まった感じがするとびびるし。

夫が来てくれる。明日は来れないそう。それにしても点滴や管がないのはこんなに快適なことなんだな。

12月5日<術後8日 入院10日目><ダンピング?>
昨夜は10時ごろ眠る。体になにもついていないから横向きに眠れるし寝返りが打てるしうれしい!
でも1〜2時間起きには目覚める。そして6時に起きる。なんて健康的な生活。早く寝るためには早く起きるしかない。

朝ご飯はお粥、おつゆ、桃の缶詰。牛乳。きのうといっしょかな。食後おなかが痛くなりトイレへ。下痢気味。牛乳の消費が追いつかないので一気に飲みすぎたかな。そしてなんだかだるいので横になる。ダンピング?

ガーゼ交換では「脇腹の傷口きれいですね!」と、とっても小さいガーゼに替えられる。きのうまで穴が開いていたのに?

その後、胃はさらに苦しくなり食べ物が戻ってくる感じ。かといって吐き気はない。
胃が上下する感じで悪寒もする。とにかく横になる。1時間くらいするとましになる。

母が来てくれる。おしゃべりすると元気になれる。でも忙しいのに無理しないで欲しい。
おやつはアイスクリーム。とってもおいしい。さっきの症状の後で怖かったけど固形じゃないからか、すっと入った。
夕食は白身魚のすりもののみぞれがけと豆腐、お粥、好きな白菜のみじん切り。夜食にカップケーキとハイパーサプリメントなるもの。
昼のことがあるので用心してホントに少しづつ食べる。離乳食の世界。胃が通りにくい感じがすると落ち着くまで待って。。。
2/3食べるのに1時間かかった。カップケーキはきらいなので食べない。ハイパーサプリメントは。。後で飲んでみよう。おいしかったら退院後も買って飲もう。夜食に豆腐を置いておいた。

12月6日<術後9日目 入院11日目><抜糸>
昨夜見たDVDが救いようのない内容だったので虚無感に襲われ寝付けない。10時過ぎにトイレに行くと
3時ごろ見かけた人たちがまだ談話室で手術を待っていたのにもショックを受ける。どんなに疲れた気持ちだろう。

すごく悲しい夢を見て1時に目覚める。後はいつもと同じ。断続的に眠る。手術が終わってから「眠たい」と思ったことがない。

朝ご飯はお粥、いりタマゴ、おつゆ。どんなとき苦しくなるのか、なんとなくわかってきたので「キター」と思ったら中断したり横になったりする。ほんと幼児の食べる量を食べるのに何分かかるんだ。しかも食べきれない。朝体重を計ったら46キロだった。いきなり2キロダウン?“10〜15%減るのは普通です“と書いてあったけど。結婚後48キロを下回ったことは息子を出産後くらい。こんなに簡単に減るんだ。

その後、ガーゼ交換となる。「今日は抜糸」と聞いていたので緊張する。するとまた相性の悪い点滴ドクターが来た。
どうもこのドクターは一人ではまだいろいろ出来ないのか、先輩ドクターが見守っている。まあ抜糸はそう痛くもなく15個くらいの針があっという間に取れた。ちょうどその後、母が来てくれたので談話室で話していた。抜糸後の傷にはなんとなくひりひりするのでタオルをあてていた。

母が花びんとお花を持ってきてくれて水滴がテーブルについたので拭こうと思っておなかからタオルを取り出したらそれが赤く染まっていた。
「わっ」と動揺し、すぐ看護師さんにいった。処置室で横になり、看護師さんが「誰かドクターを呼んで」と言った。すると言われた看護師さんは
「P医師しかいません」(点滴失敗のドクターのこと)と言ったのだ。最初の看護師さんも「Pドクターだけ?」と念押ししてそれなら仕方ないといった感じで来てもらっていた。P医師はおなかのキズを見て押さえて「痛みますか」というから「押さえられた痛みはあります」と言った。
上からガーゼをあてテープで止め「様子を見ましょう」と言った。そのときも汁の出ていないところまでガーゼで覆い看護師さんに「ここだけでいいから」と指摘されていた。P医師への不信感はさらに深まった。
看護師さんに「じっとしていたほうがいいですね?」と聞いたら「普通にしていていいよ」と言われた。

私は自分でもメンタル的に弱いと思うが、汁漏れ事件ですっかり落ち込んだ。普通にしていていいよと言われでも布団をかぶってじっとしていた。なんで8日目に抜糸って決まってるんだろう。ちゃんとくっついてないじゃん!
「汁が出ると言うことは中の臓器がちゃんとくっついてないってこと・・・?」素人の想像だからどんどん恐ろしい話になっていく。週末退院なんてやっぱり無理。と出口のない迷路に入った気分で泣けてくる。
その後昼食となった。メニューはお粥、ツナサラダ、オムレツと言うかタマゴの炒め物。前に時計を置き1時間かけて食べようと思う。食べて圧力で
また汁が出てこないかと言う心配もあり、食べたり、寝転んだり、キズを見たりと、気の休まるときがない。いつも完食は無理で2/3くらい食べると満腹になってしまう。でもあの量だと手術前でも完食できなかったかもしれない。

ご飯を食べると気持ちも落ち着き、うろうろしに行く。夜、夫が来てくれる。なんかしんどそう。母もしんどそうだった。私のせいでみんな疲れがたまってる。申し訳ないと思う。早く元気にならないと。
さっき、ベッキー先生が来てくれる。キズを見て「多分大丈夫ですが、経過見ですね」と言う。腕の後ろの痛みもなにかはわからないけど転移はありえないといってくれる。ベッキー先生は若いけど言葉にすごく安心感がある。今回患者になってわかったけど、自分の体のことながら患者はわからないことばかりで常にハラハラしている。悪いほうばかりに考えてしまう。そんなとき看護師さん、お医者さんの「大丈夫!」って言い切ってくれる言葉は何より希望の光となる。「そうか大丈夫なんだ」って。傷のことがあるから退院は来週になるそう。

<術後6日目 入院8日目><ごはんが始まった>
昨夜も不眠。1日中がんばって起きて昼寝もしなかったのに。10時に自然に眠れたからラッキーと思ったけど12時に目覚め、眠れなくなった。不眠なんて今までなったことがないのに。
3時くらいまでごろごろしていたが傷もしくしく痛いので痛み止めを打ってもらう。するとうそのように眠れる。その後6時まで寝てまた8時まで寝た。
横向き寝が好きなのに、出来なくて上ばかり向くから背中が痛いし、おなかの管がとれたらちょっとは眠れるかな。

きのう気づいたけど、10月末に検診を受けた勤労会館が病室の窓から見えてる。
あれから1ヵ月後、おなかを切って病院にいることなんて誰が想像できただろう。あの検診に行ってなかったらまだ胃薬を飲みながら普通に生活していたのだ。その場合、いつまで生きられたんだろう。意外と放っておくと治っていった。。なんてことはなかったのかな。
それに今だってほんとはいつまで生きられるのかな。。

今日は朝ご飯がおかゆだと聞いているから8時に起きて朝食を待つ。来たーごはん。
おかゆと白菜のおつゆと桃の缶詰一切れ。で、牛乳。
記念すべき一口目。かなりびびりながら食べる。「・・あら、おいしー」なんにも入っていないおかゆなのにおいしい。。

ゆっくり食べるってどれ位のスピードだろう?と考えながらお米の少ないおかゆを何度も噛んで食べる。
ついぱくぱく食べそうになるけど、だめだめと思いながら。。実際胃か腸かわからないが、ぐるぐる言ってる。

牛乳は冷たいからぐるぐるが増し、「ううー」とうなりながら飲む。すぐ満腹になるとは本当のことで
赤ちゃんの離乳食ぐらいしかないのに半量で「もう、やめとこ。。」気疲れもあり食べる気がしなくなった。
その後食器を戻しトイレに行くとすごい下痢。術後初めてのお通じだった。点滴で水分しか入れてないのにちゃんと便もあるんだなあと感心。朝のトイレを長時間占領し申し訳ない。部屋に戻り歯磨きや体拭きやごみ捨てなどする。

ベッドを起こし、パソコンをつけたら。。また腹痛。水溶便なので間に合わなかったら大変!すぐトイレへ。といってもベッドから起きるのに一苦労、点滴の管も場所を変えたりスリッパを探したり。健康な人のようなわけにはいかない。

それにトイレが病棟で一番、遠っ!ようやく着いてまた下痢。しかもおならもたくさん出て隣のトイレの人ごめんね。コントロール出来ないのよ。
まあお互い様というところもあるけど。一緒にトイレから出て顔を合わせないよう注意。。。

「こんなに下痢するならもうご飯は食べたくありません。」と思うけどそれじゃだめなんだよね。
今看護師さんが来てすっごいわかりやすい説明をしてくれた。忘れる前に書いておこう。食後、もし胃と腸のつなぎ目から食物がもれると、滅菌されていないものが他の臓器に行くことになる。それが感染症の元になるそうだ。だからおなかが痛かったり熱が出たり、むかついたらすぐナースコールで連絡を、と言われた。恐ろしい話だ。。

なんで下痢するかと言うと、点滴で水分を多く摂っているし動かないから汗もかかないし体が水分過多になっているのも一因だそう。
きびきびと判りやすく説明してくれる看護師さん。えらすぎる。娘は看護師になって欲しいな。。息子は医者に。。。

同じ部屋で年も同じくらいの人が金曜から入院している。今日手術室に行った。糖尿病があるみたいで、その上がんが見つかったのかなあ。
お話したいなと思っていたけど、私が金曜ごろはまだへたっていたし、なかなかチャンスに恵まれなかった。
明日あさっては彼女も最悪状態だろうから、もしちょっと治ってきて話せたらいいなと思う。
父と会社の人が来てくれる。1時間ほど話す。執刀医の先生が来てくれて「順調な経過で明日おなかの管もとります」と言ってくれた。「退院もそんな先では。。」だって。退院するよりここのほうが待遇がいいのだがやっぱり帰りたい。
みんなそうなんだろうな。

戻ると昼食が届いていた。おかゆと、なんと麻婆豆腐!
いきなりかよ!って感じ。なんかその油っぽさにびびるが食べるとおいしい。あとみかんの缶詰4切れ。休み休み食べると言うのがなかなか難しい。。途中でメール打ってみたりする。

その後不覚にも少し眠ってしまった。夜の不眠のために寝ないようにしていたのに。。疲れて横になると昼は寝てしまうのだ。
そしておやつ。ピーチゼリーだけど凍っていてシャーベットのよう。おいしい・・。でも途中でおなかがぐるぐる言い出したので底のほうはあきらめ、トイレに。またまた下痢ピー。それにしても食事が入ってくると時間のたつのが早い。

いっぱい歩かなきゃ。と用事が2個あっても2回に分けて行ったり、うろうろしてみる。

夕食はお粥、卵豆腐、白菜の和え物、白身魚の団子。夜食用にビスケット5枚と乳酸菌飲料と牛乳。
がんばって夕食部分はほぼ完食。

でもあとでベッキー先生に聞くと、完食はいいことではないそうだ。今は胃と小腸のつなぎ目がまだむくんでいる状態でそこを食べ物が通りにくい。なのでどんどん食物を入れないほうがいいそうだ。いっぱい食べてさっさと点滴をはずして。。と思ったけど素人判断だった。

で、寝るまでの時間つぶしに談話室に行くと日本対台湾のアジア予選の野球をやっていたので見る。
おととい変えた点滴の場所がどうしても痛むので看護師さんに見せると「液が漏れてる」と場所を変えてもらう。そのとき来たドクターが前にも点滴をしてくれた人。あまり信用できなくていやな汗をかく。でも今回は痛くない。

野球は圧勝で途中どうでもよくなったが、疲れるために最後まで見る。そして11時に就寝してみる。
すんなり眠れて1時に目覚める。トイレに行きまた3時まで眠る。順調。で4時半に目覚めてトイレに行き眠れなくなった。ベッドが硬いせいもあると思う。初日も手術前でも眠れなかったし。

11月29日
<術後2日目 入院4日目><痛すぎ不快すぎ気力ゼロ>
主治医のベッキー先生が来て鼻のチューブを抜いてくれた。チューブを取るのは基本的に好きで
うれしいけど、取るときの苦痛は。。。ダメージ5000。痛くて気持ち悪く、最悪。やっと抜けたあと鼻を押さえて痛さの余韻に浸る。そして部屋に戻る。部屋に戻ってもイイコトがないけど、取り合えずベッドが低くなり人間ぽくなれた。

相変わらずうとうとしたり起きたりを繰り返していると看護師さんが「立ってみましょうかねえ」という。

きた−−−みんなが言うアレ!という感じで本心は「いやです」だけどそうは言えず「傷が痛い」とか言い訳をする。するとそんないいわけは聞き飽きているのか「じゃあ痛み止めを打ってそれからしばらくしてたちましょうね♪」と立ち去る。

痛み止めの点滴をしてもキズが痛いから看護師さんを呼ばない。するとやってきて「立てそう?やってみよ」といってベッドに起こされる。気乗りしないせいもあるのか立ってみるとすごい貧血になり目の前が真っ暗に。
「顔色悪いからやめよう」といわれまたベッドに横になる。でもそれから1時間くらいして目覚めると
なんだか体が快調に感じる。(立てるかも)と思った。ベッドに身を起こし立ってみる。立てた。歩いてみた。

ナースコールをし看護師さんにきてもらい夫も来て付き添ってもらって詰め所付近まで歩く。

でもその夜はだるさを感じ、子どもたちも来てくれたけどあまり話が出来ない。またうとうとして痛み止めの点滴をしてもらったのか1時くらいに眠りについて朝5時まで起きなかった。

11月30日
<術後3日目 入院5日目><寝たり起きたり>
朝まで眠れたのがうれしく、体も爽快な感じ。
「おしっこの管取ろうか」と看護士さん。これを取る不快感も覚悟していたがとても楽なものだった。
最初のトイレはびびったが普通にオシッコが出た。ほっ。あとも尿意は頻繁にあるのでトイレに何度も行く。
でもだんだんキズが痛くなってくる。看護士さんに言うと動き出したことで体が活発になり痛みも伴うとのこと。
でも痛み止めを打ってでも動くほうがいいので、そうしてくださいと言われる。昨夜痛み止めを打った後長時間眠れたので
今夜もそうしようと就寝時まで痛み止めを我慢する。(痛み止めは4時間くらいあけないといけないので)
で10時くらいに痛み止めをして寝る体制に入るがまったく眠れない。体は床ずれみたいに痛いし眠くないし。
睡眠剤も点滴から入れてもらったがやっぱり駄目。ベッキー先生が言うには
「普通手術後はねむれないですよ。体が危機を感じるとアドレナリンが出て目を覚まそうとするんですよ」
なるほど。でも1時くらいには眠ったようで、その後も何度も目覚めたがまた眠りに落ちて朝を迎えた。

12月1日
<術後4日目 入院6日目><不眠 お茶を飲んでもいいって>
朝が眠くてだらだらと寝てしまう。考えてみればこれが私の生活習慣。1時に寝て7時半に一応起きるけど
子どもが出て行ったら二度寝してたっけ。9時や10時に寝られないのは仕方のないことなのだ。
ここでも朝ご飯が来るわけじゃなく誰にも怒られないからだらだら寝てしまうが早寝の為には早く起きるべきだろう。

今日からお茶の許可が出た。病院のお茶ははっきりいって薄くてまずい。
久々の飲料、こわごわ飲んでみたら胃に入っていく感じがよくわかった。

今日もキズはしくしくと痛く、談話室で座ってみたり、部屋で寝転んだりを繰り返す。夫が来てくれる。
今日はシャンプーをしてもらえることになりとてもうれしい。看護士さんが髪を洗ってくれてすごくさっぱりする。

その後、うろうろ動いたり談話室でテレビを見る。長時間座っていたら体調がよくなってきたので
部屋に戻って夫が借りてきたDVDをつけてもらう。コメディだけどとってもおもしろかった。
2時間近くもDVDを見る体力があるのに自分でも驚いた。

夫はこまめに世話してくれ、家事も子どものこともやってくれる。いい人だなと素直に感謝。ただ無理しないで欲しい。

12月2日
<術後5日目 入院7日目><回復の糸口>
昨夜は最悪と言えるほど眠れなかった。1時くらいまで本を読んでいたら看護師さんが睡眠剤を点滴してくれたが
まったく眠くならない。頭だけが重くなる。3時までは起きていた。座ってみたりトイレに行ったり。背中が妙に暑くて。。
で、3〜5時の間に断続的に眠ったようだ。その後また断続的に3時間ほど眠る。

今日は左脇腹がとても痛い。押さえながら絶望的な気分でウンウンうなっている。
ガーゼ交換にかっこいいT先生が来てくれた。うれしいけど傷跡やパンツが見えて恥ずかしい。。まあ体内も見られているんだし今さらなにをはずかしがることがあるのか。。

緊張していたら背中の点滴を抜くのをお願いするのを忘れてしまった。

9時くらいに我慢できず痛み止めをしてもらう。それからもぐだぐだと寝ているが夫が来てくれて
起き上がる。談話室でテレビを見ていると両親が来る。店のこと、友だちのこと、話しまくっていたら痛みを忘れた。

この、感じが大切なのかもしれない。回復の糸口なのかも。息子も加わり話に花を咲かせる。看護師さんがきて
「明日から3分粥ですよ」という。びっくりした。きのうお茶を飲みだしたばかりなのに。それにその翌日から「5分粥」になるという。
これで退屈がしのげる。そして胃切除患者への小冊子をもらい、目を通す。
前から聞いていた「ダンピング症候群」というのが最も注意しないといけないみたい。
胃で受け止めていたものがさっさと小腸に行き、血糖が上がったり下がったりする。退院して自分でちゃんと管理が出来るのだろうか。
もともとものぐさで、すぐ、食べないでも平気と食事を抜いたりしていたのに。

夜、「クイーン」というエリザベス女王のことを描いたDVDをみた。消灯後のDVDタイムはお楽しみ&不眠対策。ブレア首相が実際のほうが大分男前だった。
ブレア首相の奥さんは俗っぽく書かれていて、実在の人なのにいいの?って思った。ダイアナ元王妃が死んだときもう王室の人ではないからと声明をださずバカンスに行ったままの王室家への国民の反感と、首相になったばかりで対応に追われるブレア首相。そんな地味な映画だったけど面白かった。夫>ナイスチョイス!

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