|
サラトフ(ロシア連邦)の街頭風景。
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
サラトフの町の中心部には、「歩行者天国」があってさまざまなショップやカフェが軒を連ね、多くの人でにぎわっている。
|
|
サラトフはモスクワから南東に約800キロ、ボルガ河の流域に拓けた街だ。
人口は約90万人。 ソビエト時代は航空機産業が発達しており、外国人は入域禁止だった。 ソビエト崩壊後航空機工場も閉鎖され、今は普通の商業都市となっている。 そんなサラトフの街を写真で紹介したい。 |
|
サラトフの中央広場では、レーニン像が健在だ。 ソビエト時代に共産党のラリーが行われたこの広場は、現在ではイベント会場として使われている。 この日は食料品の産地直送市が行われていた。 スイカが1キロ5ルーブル(15円)、ジャガイモが1キロ10ルーブル(30円)など、市価よりも数割安い値段で売られていて、安価な農産物を求める人たちで列が出来ていた。 |
|
5泊6日のボルガ河クルーズで、サラトフからカザンまで行ってきた。
地元の旅行社で募集している、ロシア人向けのクルーズだ。
モスクワやペテルブルグ発の外国人向け高級クルーズとはまったく違うので、その体験を少し記したい。
まず、使っている船が、1959年東ドイツで製造された老朽船。
改装に改装を重ねて、何とか使っている。
船室はポロリュクスという、1等船室に該当する部屋に滞在した。
窓が二つあり、うるさい旧式のエアコンがついている。
テレビと小さな冷蔵庫も。
シャワーとトイレつきで、熱い湯がふんだんに出た。
だがソビエトスタイルのバスルームなので、シャワーを使うと全体が水浸しになる。
備え付けのトイレットペーパーはやはりソビエト式の厚紙でごわごわのやつ。
便座を上げても固定されずすぐに落ちてきてしまう、という、お決まりのパターン。
で、小さな船なのにやけに水や湯がふんだんに出るなあと思って、こわごわ聞いてみると、やはり思ったとおり、蛇口から出る水はボルガ河から直接吸い上げた水だった。
では、排水はどうなっているのか?
怖くて聞けなかったが、たぶん想像通りだろう。
飲料水は廊下に給水機が備え付けてあり、いくらでも無料でもらえる。
ちなみに、1等の上には特等船室もあるが、これは政府のお偉いさんやコネの或る人専用で、一般には販売されない。
2等、3等の船室もあり、3等は一番下層階にあって窓がほとんどなく、空調も扇風機もない、殺風景な部屋。
暑くなると大変だろう。
2,3等船室の乗客は食堂も下層階にあって、眺めが悪い。
1等船室の客は上層階の眺めの良い食堂で食事する。
さて、その食事だが、そんなに悪くない。
昼食がメインで、サラダ、スープ、メイン、果物のデザートにお茶と、一通りそろっていて、味、量ともにまずまずであった。
問題は、そのサービスにある。
まず、乗客の数に比べて食堂の席が少ないので、乗客を二つのグループに分けて時間をずらして食事させる。
第一のグループは午後7時から、第2のグループは午後8時からといった具合。
我々4人は遅いほうのグループに割り当てられたのだが、4人がけくらいの小さなテーブルに他の3人の家族と相席にされてしまい、小さなテーブルに7人も座らされて、大変なことになった。
顔を上げても目の前に他人の顔を見ながら食事するのでは、情緒も何もない。
そして極めつけは、「ソビエトのウェイトレス」のサービスである。
彼らは当然、早く仕事を終わって休みたい。
だからお客が食べるのをそばから監視して、食べ終わった皿を即座に片っ端から片付けていくのである。
いつも早く食べろと無言の、しかしあからさまなプレッシャーをかけられているわけで、こんな環境で落ち着いて食事が出来るはずもない。
食事時間は30分と決められているようで、30分を過ぎると無言のプレッシャーではなく、はっきりと早く出てくれと言われる。
食事が出来たとアナウンスがあったら、即座に食堂に行って食べ始めなければ、食事時間が少なくなってしまうのである。
また、食堂ではソフトドリンクやビールを別に注文することも出来ない。
早く食べて欲しいから、飲み物の注文は一切受け付けないのである。
飲みたい人は、さっさと食べてからバーへ行ってくれというわけだ。
食事をしながらゆっくりと冷たいビールを、という、ささやかだが重大な楽しみが認められないのだ。
これだけではない。
食事には、一切選択の余地がない。
たとえば、ある日の朝食はみんながみんなインスタントコーヒー。
次の日はみんながティーバッグの紅茶。
コーヒーにするか、紅茶にするかといった、選択の自由はまったく許されない。
ソビエト崩壊から20年たっても、ソビエト的メンタリティーは健在である。
こんな調子だったが、相席問題に関しては、妻がうまく交渉して、食事時間を第一のグループに変更してもらい、自分たちだけのテーブルを確保することが出来た。
これは本当にラッキーだった。
食事以外で「ソビエト的」と感じたこと。
たとえば、ある日の詳しいスケジュールは前日夜遅くまで発表されない。
次の日のスケジュールは午後10時すぎに船内放送でアナウンスされるのを注意深く聞くしかなく、その前に教えてもらおうと思っても、「アナウンスを聞け」と言われるだけで、教えてもらえない。
船内放送では担当者が朝から晩まで好き勝手なことをしゃべって好き勝手な音楽を流しており、無理やり聞かされている感じだ。
室内のスピーカーは切ることが出来るが、それでも廊下のスピーカーの音が否応なく聞こえてくる。
船上ではさまざまなプログラムが用意されている。
大人向けには映画、ビデオ上映、ディスコ、さらにパフォーマーが乗船しており、ダンスや歌謡ショーなどを日替わりで楽しめる。
子供向けにはビデオゲームや、その他のゲームのプログラムがあって、専任の担当者が面倒を見てくれる。
これらの楽しみが目当てで毎年家族で乗船する人も多いようだ。
だが、プログラムはあらかじめきちんと決められているわけではないようで、その日のプログラムは前日夜のアナウンスで発表される。
このように、さまざまな問題点はあったものの、それも異国体験のうちということで、クルーズ自体はなかなか面白い体験だったと思う。
やはり、河のクルーズというのは、海と違って揺れないのがいい。
風景は比較的単調ではあったが、海のように巨大なダム湖を通ったり、運河を通過したり、丘陵地帯を見ながら走ったり、それなりに変化があった。
河のビーチに直接船を横付けすることもあり、水浴も楽しんだ。
家族連れが多く乗船しており、子供が多く、うちの息子たちもすぐに友達が出来て楽しかったようだ。
特に目立っていたのが、おばあちゃんたちの団体。
アコーデオンを弾きながらみんなでソビエト時代の歌を歌いまくって、大いに盛り上がり、意気軒昂だった。
さて、50年前に作られた老朽船で、ソビエト式サービスのボルガ河クルーズ。
値段のほうもかなり安いのではと思われるかもしれないが、そうでもないのだ。
5泊6日のクルーズに、われわれが支払った金額は邦貨に換算しては約15万円。(1ルーブル=2.9円で計算)
内訳は、大人2人分が13万円、6歳の長男が2万円、2歳の次男は無料。
2人部屋で、長男は小さな子供用補助ベッド(と言っても大変お粗末な代物だが)を入れてもらった。
食事は3人分。
大人1人当たり1日約1万1千円の換算で、確かに通常のクルーズ船よりは安いのだが、カリブ海などクルーズ船の競争が激しい地域では、もっと安いものもある。
しかも、ロシア国外ではまったく通用しないようなレベルの、ソビエト式サービスと施設である。
内容に比べてかなり高いと思わざるを得なかった。
決してぼられたわけではない。
これでも間際の予約と言うことで、1割引にしてもらっているのだ。
それでも、ロシア人乗客たちは大変満足していて、毎年参加する人も多いそうである。
春にチケットを売り出すとすぐに売り切れ続出なんだそうだ。
だが、正直な話、このレベルのサービスにこれだけ高額な料金を支払って満足しているのは、ロシア人くらいじゃないだろうか。
そう思わずにはいられなかった。
もちろん、空調も眺望もなく、シャワートイレ共同の船室なら、料金も安い。 同じ6日間のクルーズで、一番安い船室なら1人3万円以下だった。 涼しくてエアコンが必要ない季節なら、比較的安価にボルガ河クルーズを楽しめるから、逆にお勧めかもしれない。 船室は寝るだけの場所と思えばよいのだから。 クルーズ自体は面白いし、バックパッカーにはお勧めできる。 |



