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10月14日から1泊2日でハーシーパークへ行ってきました。
フィラデルフィアからハーシーまで車で約1時間ほどのところにあるのですが、途中、紅葉がとてもきれいで感動。高速道路を降りてからは牧場やサトウキビ畑など、とってものどかな田舎町。
ハーシーパークは4時からの開園だったので、ちょっと早めについた私達は宿泊ホテルでちょっと休憩。
チョコレートアベニュー沿のモーテルに泊まったのですが、安くて1泊90ドルぐらいでした。ハーシーホテルはかなり高くて200ドル以上だったかな。
他にもチョコレートアベニュー沿いに小さなモーテルが沢山並んでいました。
ホテルからは5分ぐらいでハーシーパーク到着。
ハーシーパーク内は50以上の乗り物や動物園などがあります。動物園は思っていた以上に狭かったのですが、見たことがなかった白い狼やボブキャットなども見れて感動。
ボブキャット、家に連れて帰りたいぐらい可愛かったです♪
遊園地内も、ジェットコースターは7つ以上?もあり、かなり大人も楽しめるようになっています。
次の日は、ハーシーパークのお隣にあるハーシーワールドへ。こちらは、チョコレートが出来るまでの工程を乗り物に乗って楽しめるツアーや3Dシアター、フードコートやお土産売り場などがあります。
ハーシーワールドの入場は無料。駐車場も2時間以内であれば無料。
3Dシアターは有料でしたが、3Dのハーシーチョコのキャラクターとともに振動や水しぶきなどもあって楽しかったです。
HERSEY'S chocolateの創設者、ハーシー・S・ミルトンの歴史なども学べ充実した1泊2日を過ごせました。
【ハーシー・S・ミルトンの歴史をすごく省略して書いておきました。関心のある方は↓もね♪】
創設者ミルトン・S・ハーシーは1857年9月13日にペンシルバニア州のデリーチャーチという小さな村で生まれる。1945年88歳、生涯を終えた。
4年間、Lancaster candy maker で働いた後、フィラデルフィアにて独自のCandy会社を設立しものの成功にはいたらず、シカゴやニューヨークでも試みたが失敗に終わってしまったハーシーはペンシルベニア州のランカスターへ戻り1883年にキャラメル会社を設立した。たちまちキャラメル会社は成功への道をたどっていった。このキャラメル会社の成功が、今のハーシーチョコレートを作り上げるステージとなっていく。
1893年博覧会で見たドイツ製のチョコレート製造機に魅せられた、ハーシーは早速それを購入し、即チョコレート作りのための土地を買うなどし、チョコレート作りに夢中になっていく。1900年には順調だったキャラメル会社を100万ドルで売り渡し、ミルクチョコレートの味を追求していくハーシーは、3年後に新たに工場を建設するために故郷のデリーチャーチに戻り、ミルクチョコレートに欠かせない新鮮なミルクを現地にて生産した。
当時、スイスの贅沢な製品だったチョコレートを一般に普及するために試行錯誤しながらも、彼独自の製法によってミルクチョコレートを作りあげていった。1903年には世界最大のチョコレート工場の建設を初め、1905年に完成し、最新の大量生産技術にてHersey's ミルクチョコレートは全国の市場に出回った。
ハーシーは、この成功とともにチョコレートビジネスだけではなく、従業員達のために、工場の周辺に快適に住める家や、学校、教会、病院などなど、次々と建設しよりよい環境づくりにも力をいれた。1906年には、ハーシーズ・チョコレートの拡大によって増えた人口の街、デリーチャーチをハーシー・S・ミルトンの名を取ってハーシーとなる。チョコレートタウンとも呼ばれている。1907年4月24日には遊園地を作り、数年に渡って、乗り物やプール、ダンスホールなどを建設。その後、一般にも入場できて楽しめるようにとホテルや映画館、スポーツアリーナなどの建設もしている。
妻との間に子供が恵まれなかったハーシーは、自分の死後も財産が有効に使われることを願い、ハーシー工業学校を創設した。この学校は今ではミルトン・ハーシー・スクールと呼ばれ、生徒は全員が貧しい家庭の子供で学費は無料となっている。
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