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『もともと努力はひとつの習慣である。
慣れてしまえば何の苦しみもないものだが、 慣れないうちは苦しいものだから、 現在の仕事に怠惰な人はたとえ急に得意の位置に置かれる事があっても、 一時は努力するが、たちまち苦しくなって努力が鈍り、 ついにはその位置を失うに至るであろう。 人は境遇に支配されてはならない。 かえってその境遇を支配していく勇気が必要である。 古来大成功者はいずれも貧苦や病苦を乗り越えた人だけである。 志あるところ、道おのずから生ずで、 山の中でも都会でもどこにいても差し支えない。』 「自分を生かす人生」本多静六著(110P) |
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『・成功の秘訣は目的の一定不変なるにあり。(ディズレリー)
・倒れるごとに立つ人は、ついに倒れざる人となるべし。(ウイリアム・モリス) だから一度決めた方針はいかなる困難に遭おうとも、 これを変更する事なく、専心努力する事は成功上極めて重要な事で、 実に努力の前には不可能という事はないのである。 ‥‥実際不成功者の多くは、いずれも成功者と同じように努力しているのだが、 ただそれがもう一歩というところで苦しくなり、迷い心が生じて、 その努力を中止してしまうのである。 したがって私は世人のために最後の五分間の努力を惜しんで九仞の功を 一貫に欠く事の無いように切に祈るものである。』 本田静六著「自分を生かす人生」(98P) |
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ドイツの諺に、
「鷹はひとりで高く舞い、馬鹿カラスは低く群遊する。」 とあるが、カラスってかなり利口みたい。 カラスは、夜中にもみっとまない声で吠えまくってうるさくて、 とても鳥とは思えない。 『「巨匠は制限の中に生まれる。」 とあるが、制限を忍耐した体験のない者は、 決して有効な働きはできないものである。』 「自分を生かす人生」本田静六著 (91P)
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『美衣美食はいわゆる物質享楽で、飽くなき欲望だからいくらあって足りないのみか、
飲みすぎ食いすぎの結果はその身を害し、真の享楽は得られない。 糖尿病、腎臓病、精神病、胃腸病などは、すべて物質的享楽の過ぎた報いだ。』 『とくに肉体的な享楽は、これを満たせばかえって飽満を感じ、 倦怠と不快を覚え、歓楽きわまって哀情が多くなる。 これに対し精神的享楽は、無限であって、 いかに多くても決して飽満、不快を覚えないものであるから、 私はせつに富の精神的享楽を主張する。』 「自分を生かす人生」本田静六著(69P)
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『私は結局、幸福に次のような定義を下す。
つまり、 「幸福とは、自己の努力によってその欲望が満たされ、 心身ともに快感を覚える状態で、 しかもそれが自己の健康と社会国家の希望に反しない場合を言う。 そして幸福そのものは比較的進歩的なものであるから、 日々新たな努力精進を必要とするものである。」と。』 本田静六著「自分を生かす人生」(37頁)
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