|
http://jp.reuters.com/article/2015/07/21/column-japan-pacifism-fading-idJPKCN0PV0RU20150721
コラム:日本の平和主義後退の「暗い影」
1945年に米国が初めて原爆の実験を成功させたのと同じ7月16日、安倍晋三首相は、戦後70年で初めて自衛隊に海外での武力行使の権限を与える安全保障関連法案の衆院採決を強行した。
この出来事の潜在的影響は軽視し難い。
国内的には、安倍首相は自身の立場を危険にさらしている。有権者はほぼ2対1の割合で新安保法案に反対しており、野党は採決前に議場を退席、安倍政権の支持率は40%前後に落ち込んだ。法案の衆院特別委員会での可決を受け、日本国内では福島第1原発事故以来で最大規模となる抗議デモが行われ、「安倍は辞めろ」と書かれたプラカードなどを手にした約10万人が集まったとも言われている------------
/////////////////////////
詳細は、ロイターでどうぞ。
客観視した論説であろう。
私としてはお花を愛するから、殺傷は野蛮なことと批判するが、、、それが人間の本能・姿であることは否定しない。二値論理で稼動するしかないPCのデバイスの競合と同様で、競合と選択が遺伝子の仕組みなのではなかろうかと思う?
それは世界は、悲惨な行為に絶望し、ただ佇むしかない個人から始まるという背景なのである。即ち二値論からそれ以上に視界が開くとき世界認識は始まるのである。^^;
換言して、女は生死をとして母になり人間となる。家族や親と成る事はみなそうだとと思う。だから自然は生死するように見える。−−−だんだんと新興宗教になりそうだ。私は怠惰なBuddhistであり、ただ安心してお花を愛でたいだけなのである、小休止〜〜〜^^;
|