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うちのおとんが色盲というのは先般記事にした通りだが、
伴性遺伝の法則(ハイ、みな生物の授業を思い出しまひょ)により、私は色盲ではない。
が、悲しいかな私ってば鳥目(夜盲症)気味みたい。
つまり、暗いところだと人よりも目が見えにくいようだ。
そんなに重症ではないが、薄暗いバーなどに行くと、
大概他の人には見えるものが見えなくなってしまう。
良いか悪いかワカランが、暗がりでお口説きされる時は、
相手のツラ構えではなく人柄とトークに集中できたりはする。
さて、そんな鳥目のせいかその他の五感は人よりも発達している気がする。
「ふっ、目に見えるもんなんて信じちゃいけねえぜ、ベイベ」と紫煙に目を細めながら
嗄れ声でカッチョええ台詞を吐きたいわけじゃない。
・・・いや、吐きたいかも。朝方の歌舞伎町とかで。人生に疲れた踊り子さんに向けて。
もとい。
私は触感やら聴覚は並だと思うが、やたら鼻が利く。
知人の微かなスカしっペをいち早く嗅ぎ当て弾糾し、キナ臭い事件は誰よりも早く確信に辿り着く。
そして、匂いは記憶に、脳に宿る。
つい先日、街中でとある香水を付けている女性とすれ違った。
大学時代に憧れていた男性がつけていた香水だった。
欧州の老舗宝飾メーカーのその香水は女性用で、
しかもよほどの執念がないと今の日本で入手するのは難しいだろう。
鼻と言うより脳が覚えていた。
彼と会うのは深夜が多かった。一日働いた体温と体臭と混じって、ラストノートが消えかかった頃のあの香り。
その香りを身にまとって待ち合わせ場所に悠然と向ってくる彼の姿。
おそらく下半身に香水をつけているのか、隣り合って話をしている時は香らない。
が、立ち上がる時、私に向かって歩いてくる時、雨が降った時、などにその香りは柔らかく私の鼻を掠めた。
香りよりもまず脳裏にその香りが立った時の情景が浮かび、
次に理由を探すと鼻が教えてくれる、という具合だ。
私より10歳以上年上の彼。今頃格好いい中年になってくれているといい。
そしてもうひとつ私には忘れられない匂いがある。
それは「貧乏の香り」だ。
大学一年生の頃、父が突如リストラに遭い会社をクビになったため、
私は学費・生活費を稼ぐばかりでなく、実家に仕送りまでしなくてはならなくなった。
幸い、高校時代のガリ勉の名残りで奨学生にはすんなり選出され学費は免除されたが、
東京での生活費と実家への仕送りを捻出するのはかなりハードだった。
しかし。
ちょー前向きさんな私はここぞとばかりに高収入バイトに次々と手を出した。
日雇い、人体実験、水商売、キャッチ、旅館モデル、フリー麻雀(あ、これバイトじゃないわ)、借金取立て、
(今では言うのが恥ずかしい)某アイドルグループメンバー、夜逃げ屋、などなど。
誇れる仕事もあれば、世間に顔向けできない仕事もあり、内容は玉石混交だ。
とあるタバコのキャンギャルをしていた時のこと。
あまりに空腹な私はとてもナイスな情報をバイトの先輩ギャルが休憩中に話しているのを聞いた。
「タバコってえー、吸ってると腹減らないからあー、ダイエッターにはやめらんない、って感じいいー」
そうなん!?
頭の中に「ひらめいた!」のランプマークがともった私は早速配るはずのタバコを
大量に失敬して自宅に持ち帰った。
タバコを吸わない私はライターなんて気の利いたグッズもないため、
ガスコンロの火を点し、そろそろとタバコを近づけた。
口でぱくぱく金魚のようにしか吸い込めない私のタバコは火がなかなかともらず、
挙句、前髪が焦げてしまった。
四畳半もないような狭いアパート中にこもったタバコの饐えた匂いと前髪の燻された香り。
楽しかった故郷での日々を思い出し、情けなくなって、ひもじくなって、ついに耐え切れず私は
・・・笑えてきた。
これぞ、私の鼻が認定する「the:貧乏臭」だ。
今でもべろべろに酔っ払って繁華街などを歩いているときに、ふとどこかのゴミタメ辺りからこの臭いは漂う。
すると、数時間前にホストで数万使った私は、匂いを認識する以前に
突如あの窒息しそうなほど狭いアパートにいる私に摩り替わってしまう。
あの時の飢えが、渇望の感覚が生々しく脳裏に蘇る。
仮に、私がこの先ブルネイ王国に嫁いでメイドを500人雇う身分になったとしても、
この匂いは脳細胞が決して忘れてはくれないだろう。
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