M嬢が贈るそれなりの公開劇場

「二日酔いを病気と認定する世の中に」そんな公約をする政治家はいないものか。

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進むM嬢

先週、ごく近しい知人が死んだ。享年41歳。
少年サッカーのコーチをやっている明るい人で、二人の子供を持つ父親でもあった。

死因は一酸化炭素中毒。自殺だった。

葬儀では彼の残された家族は棺にすがって大声で泣いていた。
私も泣いた。数年分の涙は流した。
葬儀に参列した誰もかれもが泣いていた。

外は冷たい雨。きっと本人も無念で泣いていたのだろう。

理由は借金だった。
彼は家族を救うためには自らの命を換金するしかなかったのだ。

つまり、死亡による保険金で全ての借金を返したらしい。
そのことは彼の家族をはじめ、周囲の誰も知らなかったようだ。


準備は入念だった。
彼は誰にも見つからない場所で、確実に死に至る方法を選んでいた。遺書も残されていた。
それほどの覚悟の死だったのだ。

彼は昔から準備に余念のない人だった。

自分の受験、計画的に購入した自宅、子供の進学・・・。
人生の岐路に立ちはだかる壁を予想し、それらに対してきちんと準備し、乗り越えてきた。

しかし自分の人生の結末だけは、きっと彼も予想しえなかったに違いない。

死。
それは通常、自分では選択できない。
予感や覚悟はあれど、完璧に自分で選択できうる死は「自殺」しか手段はない。

この世に生を受けることは自ら選択できないが、
この世に別れを告げることは自ら選択できるのだ。

確実に訪れる「死」に対して彼は何を考え、どのように準備をしたのか。

手段に対しても、ありとあらゆる方法を検討したことだろう。
「飛び降り」「割腹」「凍死」「水死」「焼死」・・・。

家族に迷惑がかからないように、苦しむ時間が少ないように、躯の損傷が少ないように。
選択に関して彼は何を重視したのだろうか。

そのような大きな選択だけではない。

部屋は片付けたのか。
昔のラブレターやエロ本は捨てたのか。
最後の食事は何だったのか。
最後に身につける洋服は?下着はやはり一生モンの勝負パンツなのか。

瑣末な日常の出来事に対して、彼だけが「これが最後の」ということを知っているのだ。

「死ぬ」という大きな選択を前提とした日常の様々な選択を彼はどんな気持ちで受け入れてきたのか。

そんなことを動かなくなった彼の体に触れた時に、突如問うてみたくなった。
決して答えをくれないその唇に触れながら。


さて、彼の長男は15歳になる。
彼によく似ておりスポーツ万能の長身の少年だ。

葬儀の最中は人目もはばからず床に蹲って大声で泣いていたが、
骨を拾う段階では、少年は母親の背中を支えるほどしっかりしていた。

すでに一家を支えようとする男の顔になっていた。

小さい頃から私は亡くなった彼に淡い憧れの念を抱いていた。
私は彼の面影を残すその少年に一瞬見惚れた。

一方、その少年は思春期らしく
私に話しかける時には頬を染めてモジモジとはにかみながら声をかけた。
私がその少年の年齢の頃に、亡くなった彼と話すのが恥ずかしかったように。


彼の涙のような冷たい雨が止んだ葬儀の日の夕方。

180センチを超える大男の彼は数十センチの白い箱の中に納まった。
その小さな箱を抱えて彼の父親はこういった。

「こんな小さくなったら終わりやね。もう涙も出えへんで」と苦笑しながら言っていた。

本当にそうだ。
彼が生前私によく言っていた。

「おまえはそのままいい女道を突き進め。男なんてどんどん踏みつけたらええ」と。

私は彼の亡骸を踏みつけて、前に進もう。

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