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いんやー。この二ヶ月ばかりはヨダレも出ないほどドタバタやった。
新しい組織の立ち上げと、津波のドキュメント本の出版に向けて汗かきベソかきお祭り騒ぎだ。
もちろん世界を股にかけるクールビューチーなビジネスウーマンである私は
港区界隈のタクシーワンメーター範囲程度の距離をせかせか行き来しているわけもなく、
自家用ジェットで数カ国を訪問しフォーブス誌の富豪ランキングに名を連ねる人々と
レミーVSOP片手に対談をしているわけだ。
さて、こんなワタクシのような一流のビジネスパーソンであれば、様々な敵がいるものだ。
出世街道を驀進する私の足を引っ張ろうとする数々のトラップ。
それらを優雅にヒラリとかわしているからこそ、今のデンジャラスビューチーな私がある。
そんな私のところには、ヒヨッコ社会人どもがぴよぴよと指南を受けに訪れる。
自己啓発の方法、効果的なプレゼンの行い方、顧客とのリレーションシップの築き方・・・、
諸々私は教えを矜持するのだが、今日は出世街道で最も足を引っ張る強大な敵の撃退方法について触れよう。
それは「眠気」だ。
・・・これまた視点がシャープかつ高度すぎて庶民の読者には御理解いただけないかもしれないが、
案ずることはない。誰もが一度は通る道だ。
眠気。しかも麗らかなこの季節はどんな大物ボスであっても頭を悩ます敵だろう。
例えばとある会議。
部長がクドクドと切れの悪い説明を行う。
内容の稚拙さもさることながら、痰が絡むのか話が聞き取りにくい上に、口調はロートーンだ。
時間は午後13:30。
お昼の鰻丼を大盛りにしたせいで、私のお腹の皮は十代のお肌のようにピッチピチだ。
挙句、昨日も深夜まで呑んでいたせいで、睡眠時間は3時間ほど。
背後の窓からはスプリング光線が私の背中をロックオンしている。
いつしか私は天井にいた。
天井からその会議の様子を見守ると、白目を剥きかけている私がいる。
「こら!起きろM嬢」と天井から叱咤激励を飛ばすものの、
会議中のM嬢は目の閉じと反比例して口が開き始めているではないか。
いや、会議室M嬢を心配している場合じゃない。これって幽体離脱ってやつ?
嗚呼、太く短い人生がこんな終わり方をするとは・・・。
まだまだこの世にはしゃぶりつくしたい男も食べ物も酒もあるっていうのに。
戻れ、戻るんだわたしいいいーー!!立て、立つんだMジョーーー!!!
はい、会議しゅーりょー!
その終了の合図とともに天井の私は元に戻っていた。
ふうー、危ないところやった。
このように、眠気という敵は出世どころか生命の危機すらもたらすのである。
まあ私も企業人歴がそろそろ二桁に達しようという玄人はだしだ。
こんな敵に悩まされる若者にはこんなアドバイスをしている。
それは眠気さんという敵が襲ってきた時に、
手元のノートに信じられない位恥ずかしい走り書きをすることだ。
例えばこうだ。
「腰が抜けるほどヤりてえ」とハッキリと書きなぐるのだ。
時は緊迫した商談の場面。向かいで滔々と話すのは超キーマンの役員だ。
はっ、数秒意識が飛んだ。手元のノートの字がヨレヨレだ。視界に霞がかかる。ここは桃源郷!?
だめだ、この商談が居眠りごときでボツったら、自分の企業人人生はお先真っ暗だ。
入社式に「これからの貴方の社会人人生に幸あれ」と電報を送ってくれた田舎の両親に顔向けできない。
思いとは裏腹に華やかな人生の幕をとじるがごとく、ゆっくりと垂れ下がる我が瞼。
毎晩の目元引き締め美容液もまったく無意味だ。
そんな時!
手元のノートにこの場で最も違和感がある「腰が抜けるほどヤリてえ」が登場。
この走り書きが見つかったらどうなるか。
社会人人生どころか、マットーな人間としての人生の幕が降りてしまう。
周囲からは変質者扱い。廊下ですれ違う人は皆私を避けて通る。電車では私の左右の席は必ず一つ空く。
そーれーはーマズいっしょおおお。
・・・覚醒!!
私はすぐさまその恥ずかしい走り書きを消すのとともに、眠気もきれいさっぱり吹き飛んでいるのである。
かのマーク・トウェインもこう言っている。
「赤面する唯一の動物――それが人間である」と。
人間のみが持つ特性にアプローチした、いかに本質的な解決方法かおわかりいただけるであろう。
しかもシンプルかつイージーだ。
ちなみにこの方式に不慣れな弱輩どもには「走り書き添削コース」もオプションで用意している。
つまりは敵が襲来した時にどんなダイイングメッセージをノートに記したかを
M先生自らが赤ペンチェックするのである。
「最近アレがご無沙汰」
あっかーーん。ノンノン、まだ照れがある。
しかも逃げ腰だ。仮にこの走り書きを見られても何とでも言い訳ができるやないか。
こんなへっぴり腰では敵さんは去ってくれへんな。ハイ、やりなおしい。
「昨晩、一人であえぎ声の練習をした」
「御社の受付嬢を夜のオカズにした」
うんうん、ええんちゃうの。正直になってきたでー。うむ、これはリアルで激恥ずかしいな。
しかし一人で練習ってホンマかいな!?
「ブルマに吸いつきたい」
う、・・・ウンU・・ん。ええん・・・ちゃうか?
つーか、君の嗜好はソッチ方面やったんやね。いや、まあエエけどやね。
このように日々の弛まぬ訓練のおかげで、M道場の卒業生は「会議中に居眠り」という烙印とは無縁になった。
さて、余談になるが実は私は彼/彼女らの走り書きを
こっそり「M嬢のヒ♡ミ♡ツの閻魔帳」に保存してある。うーん、ロマンティック。
あいつらが私を飛び越えて出世しそうになったら一発脅しをかける格好の材料になるでえ。ひっ、ひっ。
どこまでも心優しき自分がコワい♡
ささ、社会という大海原に飛び出したフレッシュマン達に最後にこんな言葉を贈ろう。
「世の中は海に似ている。泳げないものは溺れる。」
このスペインの古い格言を肝に銘じるのとともに
最後は自力で泳いで出世街道の切符を勝ち取るがよい。
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