記憶のカタスミ

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記録保管場所 第一脳内室 管理課で受付してからお入り下さい。
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主な保管物:遠い昔の記憶
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台風の影響はいかがでしたか。

うちの方では、小学校が休校になりました。
とはいえ、午前中は強い雨と風があったもののそれほどの影響もなく。。。
午後からは晴れ晴れした空になりました。



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おしどり ミルクケーキ。

先日輸入食品のお店で見つけ、
なつかしィ〜〜。と思わず買ってしまった。
まだ売ってるんだ。
それとも田舎だからあまり見かけなかっただけ?


小学生のころだったかな。
東京のイトコの家で初めて食べて感動した。

まず食感がおもしろい。
飴でもないし、キャラメルでもないし。

“ケーキ”なのに固い。歯でガリっと噛んでから味わう。
不思議な食感。
味はミルクの自然な甘さ。


味の記憶ってあるよなぁ。
パッケージもたぶん変わってないから、
商品見た瞬間、子供のころの記憶がよみがえった。

やっぱり贅沢という意味ではなくて、
幼少期にいろんな食に触れさせてあげられるといいなぁと感じた。

大人になったとき、記憶の引き出しから
いろんな味が出てきたらきっと楽しいだろう。



娘もはまり、あっという間にペロっ。
また見つけたら買って来よう〜

思い出すこと

昨夜 たまたま『SONGS』という番組を観たら
ゲストは薬師丸ひろ子さんだった。

薬師丸ひろ子といえば思い出すことがあって
わたし、中学生のころ
学校のみんなから「そっくり」って言われてたんですよね。

映画『セーラー服と機関銃』の中で
「カイカ。。。ン」と言いながら機関銃を撃ちまくるシーン
当時話題になりましたよね。あのころの薬師丸さんに。

髪型もちょうどあんな感じだったせいもあるのかな。
私自身はどっちでもいいというか、他人事みたいな感じでしたっけ。
ちなみに今現在は、まったくもって別人です!!



番組では、主演映画の主題歌を数曲熱唱していました。

どれもなつかしい。その時代にタイムスリップした気分です。
ちゃんと歌詞まで記憶に残っていて、思わず口ずさんでました。

今聴いても名曲ぞろいで
それもそのはず、作曲者が実力派だったんですね。
来生たかおさんとか、大滝詠一さんとか。



80年代がなつかしいって
そんな時代になってしまったのかァ。。。
私も歳を重ねてるって証拠ですね。
うれしいような 切ないような?!

今朝みた夢

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今朝、不思議な夢を見ました。


満開の桜並木の景色。

なんとその上空を、ふわりふわりと飛んでいる私。


そして記憶がとびとびなんですが、

数年前亡くなった友人(実在)が所有していた という倉庫へ行きました。

中に入ると、キャラクターグッズのようなぬいぐるみやら

おもちゃやらが所狭しと保管してあるのです。

それを一つ一つ手にとりながら、やっぱり私は浮遊しているんです。

 注;実際その友人に関連している趣味ではなかったと思うのですが。



それから夜になり、住宅街を浮遊しながら

今度はなぜか

お笑いコンビ“クワバタオハラ”のくわばたりえが始めた

スナック風居酒屋?へ行くことに。

周りは建売住宅が並び、空き区画もある。ここはいったいどこなんだ??

そしてものすごい人数の人が、店の小さな庭に集まって

どうしたことか、夜空の星を眺めだした。

あれはなんの星だとかごちゃごちゃ言ってるんです。



そのあとはよく覚えてないなぁ。

でもとにかく桜満開のイメージが鮮明に残ってる。

それから上から見た光景。

印象的でした。

なぜくわばたりえが出てくるのかは分かりませんが。




以前は毎日のように夢を見ていました。

ものすごくリアルなカラー映像なので、目覚めるとぐったりして。

基本的に眠りが浅いんですよね。

環境が変わると眠れないし・・・デリケートなもんで!f(^ー^;




それにしても、夢って支離滅裂なんだけど 面白いですよねぇ。

夢占いしたら、どんな結果なんだろ〜〜

東北の風習

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父の田舎は東北なんですが、

昔 祖父が他界したとき

お葬式の風習が独特だった記憶があります。


細かいことは忘れましたが

墓地までみんなで行列するんです。

幟(のぼり)やら、いろいろ手に持って一列に並び

私たちは白い布を頭にかけて出発。


なんか昔話か(キツネの嫁入り?)

横溝正史の小説に出てくるような。。。

不思議な世界でしたね。



これは地方独特のものなのか、宗派の違いなのかはよく分かりませんが、

ならわしというのは興味深いものです。



それと夜は居間に集まって

大勢で「なんまいだーぶー」と言いながら

巨大な数珠!!を回す儀式がありました。


え、なななにこれ〜〜〜???


と目がテン。になりましたが参加しました。


でも、この儀式、他の地域の人も知っていたので

たぶん宗派の違いもあるんでしょうね。




ちなみに白い布は、

あの世に連れて行かれないように隠す意味があるのかな??

と思ったりしましたがよく分かりません。

ヒロコ

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高校時代 ヒロコという親友がいた。

単に男子が苦手。という理由で、わたしは女子校へ通っていた。
当然女子だらけのクラス。
その中でも、いくつかのグループに別れていた。
流行り物系、部活熱中系、オタク系、八方美人系。。。

わたしと彼女は、いつぐらいから親しく話すようになったんだろう。

わたしたちは上のどの部にも属さず
どっちかというと、アウトロー系?一匹狼的な雰囲気だったと思う。
もちろんクラスの他の子とも話はするけど、
とりたてて話が合うわけじゃない。

そんななかで、ヒロコとは夢中になることが同じだった。

交換日記もしたし、学校以外でもよく遊びに出かけたりした。
映画の話や、当時流行っていたマドンナの話や、将来の夢の話。
いつまでたっても、話題に尽きることがなかった気がする。

勉強に関しても 切磋琢磨というか、お互いに刺激し合った。

3年生の最後の期末テスト。
クラスでトップを目指してがんばろう!とふたりで目標をたててがんばっていた。
ところが、わたしは急性虫垂炎(いわゆる盲腸)にかかり、急遽手術入院。
結局テストが受けられず、くやしい思いをした。
(ちなみに、担任のおかげで赤点はまぬがれたのだが。)


ヒロコのお父さんは、ジャズが大好きで
たしかトランペットが趣味だった。
ある晩、彼女のお父さんが、仲間同士の演奏会に参加するというので
私も誘われて観に行ったことがある。
当時の状況はよく覚えていないが、トランペットが演奏できるなんてすごいなぁ。
と感心した記憶がある。

そのおかげで、高校を卒業するとすぐ、ヒロコに連れられて訪れた場所。
それは生まれて初めてのジャズクラブ、銀座の『スウィング』だった。
彼女はお父さんとたまに来ていたんだと思う。
今考えるとそんなマセタ場所へ、よくふたりきりで足を運んだものだ。
コワいもの知らずというやつ。


ちょっと話が脱線するが、
この『スウィング』。夫と初めてのデート(?)の際も訪れたところ。
フンパツしてボトルキープしたようだが、結局その後一度も行ってない。
(これって釣った魚にナントカですか?!)



  ………………………………………


卒業後、ヒロコは就職、わたしは進学の道に別れた。
彼女の就職先は、某老舗百貨店。
デパート店員として順調なスタートを切った。

しかし2年後、彼女は急に方向転換を決意する。
なんと会社を辞めて、突如 劇団の養成所へ入ったのだ。
下北沢にたくさんあるなかの小さな劇団。

たしか2度ほど公演を観に行った。
演劇のことは分からないが、古典的戯曲のようなもの?だった気がする。
むずかしいストーリーだった覚えがあるので、ほかはよく覚えていない。



ところがその頃から、
わたしたちの関係がちょっとぎくしゃくし始めた。
今を必死に生きていると、過去に目を向けなくなる。
交友関係にはよくありがちな話だし、仕方のないことかもしれない。

ある日、待ち合わせ場所に2時間以上待たされた。
でもわたしは責めなかった。
それからしばらくのち、今度はわたしが彼女を待たせてしまった。
すると彼女がわたしを叱責しはじめたのだ。
これにわたしはカチンときてしまった。

待たせたのは悪いのだが、自分を棚にあげて。という思いが
わたしのなかに充満して、逆に怒りが爆発してしまった。

そんな些細なこと。
でもお互いが流動的になれば、それは必然なのかもしれない。
これを境に、ヒロコとわたしとの親友関係はぴたりと息を絶った。


あれからあっという間に年数がたってしまった。
いまふと、現在の彼女が気にかかる。

芝居を志したあとどうなったのか。まだ続けているのか。
それとも子育てをしながら平穏に暮らしているのだろうか。
どういうわけか、会いたいという感情は湧かないが。


ヒロコ、どうしてますか。
元気でいますか。

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