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太宰治『駆込み訴え』
これはよくできている話。主人公はイスカリオテのユダ。ユダがイエスのことを後から述懐するという形式。
ユダが、イエスに惚れ抜いているにもかかわらず、また他の弟子たちをまったくバカにしており、実際にイエスの周りのことを切り回しているのはユダであるにもかかわらず、イエスが自分をほめてくれない、自分に振り向いてくれないことへの複雑な感情を連綿とつづっている。裏側からのラブレター。
結局ユダの恋は成就せず、ユダは銀30枚でイエスを売ることになるのだが、それも最後までぐずぐず言っている。この銀30枚も、ある意味イエスへのラブレターのようなもの。ラブレターといっても、イエスに直接出しているのではなく、ユダがイエスに振られたことへの腹いせのようなものだが、この恨み言もいいと思う。
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本
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猪瀬直樹『ピカレスク 太宰治伝』小学館、2018
電子版になったものを買ったが、これは傑作。表題は、太宰治その人が悪人であり、彼の生涯そのものがピカレスク・ロマンだったということ。
弱い人間で、だから3度心中し、5度自殺を企て、最後に死んでしまった人というのが太宰治の描かれ方だが、それを完全に否定しているのがこの本。
心中も自殺も、ある種の狂言であり、自分を売り出すための話題作り。それに手を貸して結局死んでしまったのが心中相手の女。太宰はもともと死ぬつもりなどなかったのだという。これを言うだけなら簡単だが、それを裏付けるのは相手方に関する丁寧な調査と、太宰の作品や周辺の人々の証言の細かい読み。これには、単に太宰作品を読んでいるだけの人ではとうてい追いつかない。「伝記作家」というものが、プロの仕事でしかできないことをよく考えさせてくれる。
ついでに、井伏鱒二は徹底的にやっつけられている。これは、井伏の多くの作品が、「資料をリライトしただけのパクリ」であると言っている。原資料の執筆者が許諾している場合もあるので、「剽窃」とまでは言い切れないが、「黒い雨」をはじめとする井伏の代表作が、資料を再構成しただけであり、井伏の手は、多少書き換えただけということを実証している。これが文化勲章受章者だというのだから、おどろく。こんな人が日本文学界の偉い人ということになっているのだから、それはどうなのか。太宰治が、自分を偽っていたというのとは違うレベル。ほんとうにおどろいた。
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カレー沢薫『非リア王』講談社文庫、2019
カレー沢薫の新刊。これはコラムをまとめて本にしたもの。しかし一つのコラムではなく、「非リア王」「IT用語」「時流漂流」の三つのコラムを無理やり押し込んでいる。まあ、なんでもいいけど。
コラムそのものは、『ブスの本懐』ほどにはおもしろくはなく、ちょっと笑えるくらい。ソシャゲと違って、自分がはまり込めないネタだと、それほど情熱は湧いてこないようす。
しかし、この本の巻末に、なぜ著者が会社を辞めたのかが書いてあった。仕事が激増し(この2年間で著者は4冊くらい本を出している)、昼は会社で、夜は執筆というやり方では回せなくなり、とうとう会社で仕事時間に執筆をしなければならないはめになり、上司に注意されて、そのまま退職したということだ。このくらい執筆をしていれば、それも当然。9年間会社員生活を続けていたことには、本当におつかれさま。
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村上篤直『評伝 小室直樹』(上)、ミネルヴァ書房、2018
大冊。上下2巻で、1500ページくらいある。辞書みたい。
中身は最高におもしろい。小室直樹、著作は読んでいたが、「変人」ということくらいしか知らなかった。ただの変人ではなく、破天荒な人。
若い時から自信家で、野心満々。これくらいは珍しくはないが、このやりたいほうだいで、その後の人生をずっと乗り切っていったところがすごい。京大理学部、阪大経済学研究科、留学渡米(ミシガン大、MIT、ハーバード大)、東大法学政治学研究科という華麗な学歴だが、頭はよくても、先生とぶつかっているので、どこに行っても大変だった。
数学、経済学、社会学、法社会学、政治学などを修め、その内容をきちんと人に講義できたし、道具として使って分析もできた。教職にはつけなかったので、「自主ゼミ」という形で、授業料を受けずに学生を教えており、それも片手間ではなく、朝から晩まできちんとした講義の形で行っていた。これを40代半ばまで続けていたのだから、やはり大変なこと。
天才だから、人の目は気にしなかったということだろうが、将来の心配などなかったのだろうか。学問が好きなので、ただやり続けたという人。
著者の資料博捜も驚くべきもの。小室直樹が出版を始めてからは本があるが、それ以前のことは、人に聞くしかない。とにかく、あらゆる関係者に聞きまくった結果が、この伝記。弁護士のしごとをしながら、この本を書いたということだが、並大抵のことではない。
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太宰治『東京八景』
これは太宰のダメ人間っぷりが(またまた)露骨に出た作品。というか、この小説に出てくる「H」は、最初の妻、小山初代だろう。
原稿のことといい、失敗した新聞社への就職といい、大学を卒業できないことといい、ダメダメだらけ。そして、えんえんと続くその言い訳。これですら、「小説」として書いているのだから、本当のことではなく、人に見せるためのもの。
ちゃんとした伝記を読めば、この小説の内容と、実際の生活の落差が書かれているのだろう。しかし、これはこれでちゃんと成立している。読んでいる自分もつらいけど。
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