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#1 自分自身が取り組むべき自分自身の課題 精神の専門家は、自分自身に何らかの精神的問題を感じて、精神科領域に足を踏み入れる。 ・・・なんてコトが言われるコトがある。確かにそういう専門家もいる。でも僕には全く無縁の話だ。 というのも僕は自分自身のことではなくて、徹頭徹尾、他者のことで、世界のことで、 その不条理に、不幸に、悲しみに、怒りを感じて、この世界に飛び込んだからだ。 その一連のいきさつは『僕の起源』ってゆう書庫に入っている記事のとおりだ。 でも今回の「怒り」シリーズの記事を書くことを通して、とうとう、 僕は僕自身の課題に出会った。僕は典型的な敵対的性格だったし、 それを僕は解決していかなきゃいけないことに気づかされたのだった。 そして僕は僕のために、ちょっとしたイメージ療法を行ってみた。 何かのヒントになるかもしれないので、その内容をここに明らかにしておきます。 #2 ある精神科医が行った、自分のためのイメージ療法 ここがどこなのか。正確な場所も地名も分からない。でも広大に広がる大自然の真ん中。 大昔から連綿と受け継がれてきた、神々が宿ると言われる、霊山の頂上に僕は立っている。 見渡す限りに広がる大草原。地平線が遠い。澄み切った雲ひとつない青空が、心地よくまぶしい。 人々の喜びも悲しみも・・・そして怒りも・・・全てを背負ってきた聖なる頂に僕は立っている。 この大自然が生んだ奇跡の山は、ずっと人々の信仰の対象とされてきた。それだけではない。 人類が生まれる前から・・・それはあった。ここにあった。そのままの姿で。それだけではない。 人類が滅びた後でも・・・それはあるだろう。ここにあるだろう。大自然は人類の歴史を包み込む。 僕は偉大な大自然の歴史の中に、ふっとわいて出てきたちっぽけな人類の歴史の中に・・・ ふっとわいて出てきたちっぽけな存在でしかないけれど僕自身、その偉大な大自然の一部だ。 偉大な大自然の奇跡のかけがえのない一つだ。一瞬で生まれ一瞬で消えるけど確かに・・・奇跡だ。 とはいえこの大自然もまた、偉大な地球の一部に過ぎない。そして地球も太陽系の・・・ 太陽系も宇宙の・・・そうやって僕は偉大な何かの・・・一部として生まれて・・・消えていく。 そんなことに思いを馳せながら今、僕は・・・この神聖なる霊山の山頂に立っている。 ふと気づくと、僕は両手に一枚のちっぽけな紙きれを持っている。そこには何か文字が書いてある。 宿題・・・ 世界中の不幸を全て背負うのです。世界中の不幸を全て救うのです。 世界中の悪を全て発見しなさい。世界中の悪を全て駆逐するのです。 そして世界に厳正なる正義と、完全なる平和をもたらしなさい。 時は待ってはくれませんよ。今すぐ行動に移すのです。 今も血と涙が流されていますよ。休む暇などないのです。・・・そんな言葉が書いてある。僕は思う。「あ・・・そうだった。これが僕の使命だったっけ・・・」 ここは聖なる山の山頂。大自然の大パノラマの中心に僕は立っている。つつまれている。 さわやかな風が吹く。人類が生まれる前からずっと流れ続けている大気。ふわっと流れている。 僕はちっぽけな紙きれを手にして途方に暮れる。「ああ・・・まだまだ僕には力が足りない・・・」 肩に力が入る。ぎゅっと入る。僕は過去を振り返る。そして今の自分の思い、嘆く。 「努力が足りない・・・知識が足りない・・・倫理感が・・・使命感が・・・足りない・・・ 世界に不幸はあふれ、今も世界のそこかしこで血と涙が流されている。僕には何もできない・・・」 大宇宙につつまれた地球の大自然の真ん中で、途方もない歴史の流れの中で、僕は立っている。 ふっと・・・流れる・・・風が・・・あっ・・・ ちっぽけな紙きれが風に飛ばされてしまった。ああっ・・・ 僕は取り返そうと手を伸ばすが、さらっと紙切れは風の流れに乗って遠くへ・・・遠くへ・・・ ・・・もう見えなくなってしまった。大自然の風の流れのどこかにまぎれこみ・・・つつまれて・・・ ・・・もう吸い込まれてしまった。どこかにつつまれてしまった・・・ ああ・・・どうしよう・・・とんとん・・・誰かが僕の肩をたたく・・・誰?・・・とんとん・・・ 振り返るとそこには未来の僕がいた。彼は僕のことをまっすぐにじっと見つめ・・・ 「・・・いいんだ・・・もう・・・いいんだ・・・」 僕は泣きそうになる。「だって・・・だって世界はこんなに今だって・・・」 「・・・いいんだ・・・もう・・・いいんだ・・・」 僕は必死に訴えかける。「ダメだよ!まだ世界は・・・ダメだよ・・・こんなんじゃ・・・ゆるせないよ・・・」 「・・・いいんだ・・・もう・・・いいんだ・・・それは解けない宿題だったんだ・・・」 ワケが分からないよ。そんなこと言ったって・・・「イヤだよ・・・こんな世界・・・イヤだ・・・」 「・・・いいんだ・・・もう・・・いいんだ・・・その宿題は・・・解かなくて良かったんだ・・・」 僕は悲しくて泣きだしてしまう。「こんな世界のままで・・・いいのか?・・・」 「・・・いいんだ・・・もう・・・いいんだ・・・」 しばらくすると肩の荷がおりたような不思議な感覚にとらわれる。 何か、安心したような、つつまれているような・・・そんな感覚。「こんな世界でよかったのか・・・」 あれ?未来の自分はもうどこにもいなくなってしまった。かわりに目の前に・・・ 世界の不条理を知り、怒りに燃えている、幼かったころの自分が立っている。手には・・・ 宿題・・・ 世界中の不幸を全て背負うのです。世界中の不幸を全て救うのです。 世界中の悪を全て発見しなさい。世界中の悪を全て駆逐するのです。 そして世界に厳正なる正義と、完全なる平和をもたらしなさい。 時は待ってはくれませんよ。今すぐ行動に移すのです。 今も血と涙が流されていますよ。休む暇などないのです。・・・と書いてある紙きれを大事そうに持って・・・あっ!・・・紙きれが風に飛ばされた・・・ 途方にくれる過去の自分・・・僕は・・・僕は・・・勇気をふるって彼の肩をたたく・・・とんとん・・・ 「・・・いいんだ・・・もう・・・いいんだ・・・その宿題は・・・解けっこない宿題なんだ・・・ もう・・・いいんだ・・・いいんだよ・・・長い歴史の中で、誰一人として、解けなかったんだ・・・ 無理だったんだ。そんなこと・・・不可能だったんだ・・・できない宿題だったんだ・・・」 なあ・・・悲しいよな・・・つらいよな・・・そう・・・これは悲しいことなんだ・・・ 「解かなくていい・・・解かなくていいんだよ・・・僕らは・・・つつまれた存在なんだ・・・ この大宇宙に・・・大自然に・・・つつまれた存在なんだ・・・そして悠久の時の流れのなかの・・・ 一瞬の存在なんだ・・・偉大なる時空の広がりのなかの一つの点なんだ・・・つつまれてるんだ・・・」 彼に理解できるだろうか?・・・ひとつ、ひとつ、かみしめるように僕はゆっくりと語り続ける・・・ 「だからそのまま・・・あるがまま・・・今の世界を・・・受け入れていいんだ・・・ 大変革なんてなくていい・・・無茶なことはしなくていい・・・未来のために今を犠牲にするな・・・」 そう・・・そうなんだ・・・そうなんだよ・・・ 「怒りなんて感じなくていい・・・その手前の・・・その奥の・・・スタート地点の・・・ 人を愛する気持ちを・・・そこを大切にして・・・育てて・・・目の前のことから始めればいい・・・ 怒りにふりまわされるのではなく・・・愛に支えられて進むんだ・・・ そしてそれは人を幸せにするだろう・・・それを繰り返していけば・・・それだけでいい・・・」 消える前に・・・その前に・・・もう1回・・・もう1回だけ言わせてくれ・・・ 「・・・いいんだ・・・もう・・・いいんだ・・・」 再び僕は僕一人になった。大自然につつまれて・・・もう手には何もない。自由だ。 さあ・・・僕はこれから・・・どこに行こうか・・・どこでもいい・・・ 僕は愛に支えられて・・・愛の命ずるままに・・・歩んでいこう・・・ #3 編集後記 僕は今ほど、このブログを匿名にしていて良かったと思ったことはありません。 なぜって・・・実際に行ったこのイメージ療法があまりに恥ずかしい内容だからだ。 うおおおおお〜〜〜!!!こっっっっぱずかし〜〜〜!!! 僕の正体は、探ろうとすればするほど特定できないようなトリックが為されている。 だから今だに僕の正体をつきとめた方はいない。やっててよかった・・・ぜえぜえ・・・ ・・・とまあ、以上で「怒り」シリーズは終了であります。 最後に僕の行ったイメージ療法の紙きれの内容は、人によって様々なものになるでしょう。 たとえば・・・「自分を犠牲にして人に尽くさなきゃいけません」とか、 「100点満点以外は不合格です」とか、 「少しでも欠点のある人間は生きている価値がない」とか、 そういった内容かもしれません。 僕の場合はそうゆう内容はクリアされていたのですが、 どうにもこうにも、紹介した内容に束縛されておったのであります。あ〜はずかし・・・ 実際にコレを行ったのは昨年の夏頃です。 「怒り」ってゆうのが自分自身の問題であることに気づき、愕然とし、 「だったら自分自身で自己治療すりゃあいいじゃん」と開きなおった日曜日。 昼ぐらいまで寝ていて、非番でまだまだ寝てられるから、試しにイメージ療法を自分にしてみた・・・ というワケです。このときに、今日書いた残りの記事の構想も一気に見えたのでした。 ・・・それにしても・・・今回のシリーズものは過去最高に疲れました。 テーマがテーマだったので僕の全存在を傾けて考え抜いた結果と言ってもいいくらいです。 でも・・・今、読み返してみると・・・見つかる、見つかる、誤字脱字。 展開も「ああ・・・もうちょっとここをどうにかしておけばよかった・・・」なんてことも多々・・・ うう〜ん・・・ぽりぽり・・・せめて誤字脱字はちょくちょく訂正するかあ・・・ あの・・・もしもできましたら・・・ですが、 そうゆう不完全さも含めて、受け入れていただけると幸いであります。 ではでは最後に、こんなに長く、そして途中で長期休業に入りつつも、 ずっと長文につきあってくださったみなさま、途中であきたみなさま、チラ見してるみなさまも含め、 みなさまのおかげで何とか完成させることができました。 どうもありがとうございました。ブログより愛を込めて・・・ ・・・ってキショい!!自分でかいててオシリがかゆくなる!! ・・・ダメだ・・・誰か「愛」に代わるキショくない日本語を作ってくれ〜〜!! Fin.
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同感!^^
2009/4/26(日) 午後 8:12
midoriです。先生、長いことお疲れ様でした。深かった〜。いろいろ考えてしまいました。
読んでいて思い出したのですが、女優の樹木希林さんはかなり激しい性格で、よくダンナさん(内田さん)と死ぬか生きるかという派手なケンカをするらしく、「おなかの中に何か激しい生き物がいて暴れるの。仕方ないのよ」と言っていました。あんな達観していそうな(ように見える)人でもそうなんですね。
私も、昔から「許せない!」「受け入れられない!」「独りでも闘う!」とすぐカッとなるタイプです。狭量なんですよね、親に似て(苦笑)。
許したり、包み込んだりなんて、私にも出来るようになる日が来るのかなあ…。そーか、出来ない自分をまず許す、んですよね。で、完成しない宿題かもしれないから、気長に構えて、と。はー、でもなんか不安ですね。あっ、この不安も受け入れるんだっけ。…キャ〜怖すぎです先生!
2009/4/26(日) 午後 10:53 [ sam*dar**midori*5 ]
メロディさん。サンクス♪♪
2009/4/27(月) 午前 0:20
sam*dar**midori*5さん。うん。怒りってゆうのは本当に奥が深くてムズかしいテーマであります。そして・・・うほほ。お見事!!バッチリ理解いただいて光栄であります。そうそう。まさにコレこそが「つつみこむ」ということなのであります!完璧です♪
2009/4/27(月) 午前 0:22
「n」のナイショさん。いえいえ、読んでいただきアンガトです。そして・・・うほほ。そうなのですね。光栄であります。これからもシンクロ・・・ないしはそれを超えるような記事をかけるように精進するであります!
2009/4/27(月) 午前 0:24
「t」のナイショさん。そんなふうに僕のブログを見ていてくれたのですね。それはとてもとてもうれしいことです。心があたたかくなりました。僕のほうこそ、そんな気持ちにさせてくれたことを、ありがとうございます。
そして・・・うん。怖いです。怖いものです。だから見たくない。気づきたくない。別のことに集中したりして、目をそらしたくなる。それも無理もないことです。
でも怖いけれども、今、少しずつ、怖いけれど、怖いのに、怖いにもかかわらず、少しずつ、見れるようになりつつある。そしていずれ、受け入れられるようになり、乗り越えられるようになり・・・そんなふうに物語は確実にページがめくられている・・・そんなふうに感じました。
2009/4/27(月) 午後 8:45
これからも僕のブログはあくまで僕のためのブログというマイペースで気まぐれな方針でやっていくつもりではありますが、もしも僕のブログが、何らかの支えになるのだとしたら、こんなうれしいことはありません。ありがとうございます♪
2009/4/27(月) 午後 8:47
はじめまして。ワトソン先生の五年間のブログを、数日かけて一気に読ませて頂きました。ハマッてしまいました
笑い有り、涙有りのとても学ぶ所の多いブログで、先生には感謝しています。私が抱えていた「母親に対する怒り」も先生が書いた「怒り」シリーズを読み、自分の思考を点検中です。「怒り」について記事を書いて下さり本当にありがとうございました。
今頃は激務に次ぐ激務でしょうが、どうぞ御自愛下さいませ。
2010/12/20(月) 午後 4:20 [ あやめ ]