|
ではさっそくお答えさせていただきます。最初に質問をコピーしました。 【主治医に穏やかな陽性転移している自分が嫌です。 どうすれば、頭の中から主治医を追い出すことが出来るでしょうか?】 次に回答ですが・・・まずは前置きです。 僕は自称ユング派です。 ユングは精神分析関連の人で、 (陽性)転移という専門用語もその系列の人たちの用語です。 だからユング派であれば、ユング派としての回答を出せるはずです。 ところがこの手の流派は、 誰かの弟子についてしっかりと修行をしないとちゃんとした治療技術は身につきません。 僕は本を読んだだけなので、 ユング派の治療者と呼ぶに値せず「自称」ユング派に過ぎません。 もちろん評論家としてクソ難しい話をするのも可能ですが、 精神科医と宣言している以上、机上の空論を書くのは好ましくない・・・というかダメです。 したがって「僕は精神科医ではあるけれども(陽性)転移の診断・治療・対応については素人である」 という観点から、僕の現段階での回答を書いていきたいと思います。 まず・・・ 「陽性転移とは過去の人間関係の再現がナントカカントカ」 ・・・そんなウソくさくてアヤしい説を唱えるまでもなく、 【精神科医−患者】という組み合わせは【「すごい」と言われている人−弱い立場の人】 という組み合わせなのだから、 患者さんが精神科医に恋心を抱くことがあるとしても、それはごくごく自然な流れです。 不適切なたとえと思うのですが、【師匠−弟子】【アイドル−ファン】【社長−秘書】 だって同じことです。 もちろん精神科特有の問題もあります。 そのため、患者さんのごくごく自然な感情を、 「恋心」とか「あこがれ」とは呼ばずに、 わざわざ「陽性転移」なんていうワケ分からん用語を使うのです。 しかし露骨に言ってしまえば、本格的な精神分析を行う場合を除けば、 「陽性転移」なんて言葉はほとんど意味はないと思います。 (しかしながらあなたの「陽性転移」が「恋心」か「あこがれ」か「熱愛」か、 あるいはそのほかの何なのか分からないので、引き続き陽性転移という言葉を使用します)。 補足ですが、「陽性転移」という言葉の使用に対して、僕が慎重になっている理由についても一言。 (前述のとおり)「転移」は精神分析関係の言葉です。 この用語の裏には、転移をもつということは、過去の人間関係のどこかに問題があって、 その満たされない想いが反映されていて・・・なんていう精神分析理論が潜んでいます。 つまり、転移をしているのなら、転移をしている側に、 何らかの欠点・問題・治療を要する部分があると考えられてしまう危険があるのです。 「これは転移だから云々・・・」 僕はそういう攻撃や主張をみると 「なぜ単純に恋心を抱いたぐらいで責められなきゃいけないんだ。 なぜ恋心を抱いたぐらいで過去の傷を引っ張り出さなきゃいけなくなるんだ? 引っ張り出したところで、テメエにそれを治療できるだけの能力はあるのか?バカじゃねえの?」 と思うわけです。 あなたが陽性転移をもっていても、だからと言って、 あなたの過去に何らかの問題があるとかなんとか・・・そんなことは誰にも分からないのです。 そんなくだらない話は、数ある精神療法のなかのほんの一部の連中しか信じちゃいません。 だからご安心ください。あなた自身に、何らかの問題があっても無くても、 陽性転移は起こりうるものなのです。ごく自然に・・・ ってことを言いたいので、僕は「陽性転移」って言葉の使用に慎重にならざるをえないのです。 これで外堀が埋め終わりました。次に核心に迫ります。 陽性転移を起こしたからには何らかの理由があるはずです。 「ハンサムだから」かも分かりません。「優しいから」かも分かりません。 でも一方で「精神科医だからこそ・・・」という理由も混じっているのだろうと予想されます。 そもそも、その理由が含まれていないのであれば何も特別に悩む必要はないのです。 それは通常の片思いと何も違いはないということになりますから。 それは片思いとして淡く切ない思いを大切にしていただければよいのです。 何も考察も反省も必要ありません。 で、「相手が精神科医であるからこそ魅力を感じてしまう」というところ「も」 あることを前提として話を進めますと・・・ そのとき患者さんは「万能で健全で無限の愛情に満ちた治療者」 を思い描いていることが多いのではないかと思われます。いわば神のような存在です。 しかし残念ながら、そんなヤツは想定はできても実在はしません。 現人神なんぞどこにもいないのです。勘違いです。錯覚です。大間違いです。 話をガラッと変えますが医者の側も、熱心に治そうとする医者ほど、 完璧な治療者を目指すものです・・・から、それは神を目指しているようなものです。 しかし、やはり神になんて誰もなれません。 完璧なんて無理で、常にどこかが不十分で不完全で、ミスもおかすものです。 患者さんは治療者に神になってほしいと期待し、治療者は神になろうとする・・・ そんな構図ができあがってきます。でもそんなことは不可能なのは明らかです。 では全能なる神としてすがりつく対象はどこにもないのか??? というと、そんなことはありません。別の話題になるので詳細は省きますが、 精神科の治療の多くは、自然治癒力の促進によってなされるものです。 実は医者がやっているのは治療・治癒そのものではありません。 促進に過ぎないのです。 患者さんは自然治癒力を根本として、それが促進されて、治るのです。 つまり、全能なる神が宿るとすれば、それは精神科医のなかではなく・・・ あなたのなかにこそ、それは宿っているのです。 もしあなたが治療者に対して、 全能なる治療者・神のようなものに抱くような想いを抱いているのであれば、 どうぞ、それを自らのなかに潜む神、自然治癒力に向けなおしてください。 あなた自身が気づいていない、あるいは奥底に隠れている、 でも確実に存在している【自然治癒力】 (↑言い換えれば、自らを慈しみ愛情を注ぎ育て、そして癒す力、神のような自分) が必ず存在しているはずです。 そこに向かって、愛情を憧れを感謝を、 精一杯、注いでいただければと思います。 とはいえ、精神科医が自然治癒力を促進する役割を担っているのも確かです。 「促進するもの」としてあこがれることだってあるでしょう。 そこで僕の恩師の先生の言葉を紹介します。 僕がある患者さんを好きで好きでたまらなくなって、 その患者さんも僕に惚れまくっており、 治療関係をどのように維持していったらいいのか分からなくなって、相談したときのセリフです。 S先生「ワトソン君、ワトソン君が熱心であるがゆえにそーゆー風に思うのはいいことだけど、 恋人ってのはいかんねえ。それに話を聞く分には、 ワトソン君がその患者さんに抱いている気持ちは恋心とは違うと思うぞ。 そうじゃなくて、それは父親が娘を思う気持ちの方が近いぞ。 ワトソン君はまだそんな年じゃないからピンと来ないんだろうけどサ。 患者さんも勘違いしているんだよ。 患者さんのその思いも、父親とか部活のコーチに抱く感情なんだと思うぞ」 精神科医はあくまで促進するだけ。 それは親が子を育てるようであり、コーチが部員を、監督が選手を育てるようなものなんです。 僕はそれが分かってずいぶん楽になりました。 患者さんに恋人ができると喜んで、そして寂しくなります。 でもその寂しさは、父親のそれであり、基本的にはうれしくてたまらないんだ・・・ そう自然と思えるようになりました。 あなたも自分の想いを「これは理想の父親への想いなんだ」と考えてはどうでしょうか。 ちなみに相思相愛になった患者さん、後日、恋人もできて結婚もしています。 結婚の話をされたとき、僕はさみしくなって・・・でもとっても嬉しかったことを覚えています。 S先生の話なんてこれっぽっちもしていないのに、 その患者さんは別れ際に 「今まで御世話になりました。私、幸せになります」 と言ってくれました。 二人とも目がうるんでいたことは言うまでもありません。 以上。超超超長文にて失礼しました。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用









